日本の企業がグローバルに事業を展開し持続的な成長を実現するためには何が必要なのか。「BtoBのグローバルマーケティング」をテーマに収録されたウェビナーに続き、サトーホールディングス株式会社の執行役員、コーポレートコミュニケーション統括の武井美樹氏をゲストに迎え、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)のアドバイザーで合同会社アルファコンパス 代表CEOである福本 勲氏との対談が行われました。テーマは「グローバル企業が進める働き方」。武井氏が社内で牽引してきた女性が活躍できる職場づくり、幹部社員たちの意識改革、そして取り組みを通じて感じた変化などについて、話しを伺いました。
執行役員 コーポレートコミュニケーション統括
オーストラリアにて約4年アパレル企業で多国籍マネジメントを経験後、香港に渡り約7年日系商社で経営企画兼営業マネージャーに従事。帰国後、総合商社から経営再建の為、大手アパレル企業に出向、経営改革を推進。経営戦略室及び企業広報を兼任しながら飲食子会社にて社長室長兼企画ユニット部長として幅広く従事。
青山ビジネススクール(ABS)在学中にサトーへ転職、グローバルマーケティング統括として本社主導でゼロからグローバルマーケティング組織を立ち上げ「売れる仕組み」を構築。
2024年度から総務・広報・IR・サステナビリティ推進と管掌範囲が広がり執行役員コーポレートコミュニケーション統括に就任。DE&I活動として女性フォーラムなども実行推進。
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
目次
それぞれの働き方、家族の在り方……海外での子育て経験を通じて感じたこととは
福本氏(以下、敬称略) 対談では、「グローバル企業が進める働き方」をテーマにお話を伺いたいと思います。武井さんご自身、海外で働く経験を多く積んでいらっしゃいますが、これまでのキャリアの中で、日本と海外との違いやグローバルな働き方について改めて感じたことなどはありますか?
武井氏(以下、敬称略) グローバル企業に求められる働き方について私自身が深く考えるようになったきっかけの一つが、香港で働いていたときの経験です。香港で私は第1子を出産したのですが、香港では出産の前後8週間くらいしか休みがないんです。
福本 欧米では、ベビーシッターやお手伝いさんなどが家庭にいて、子どもをみてくれることが多いですよね。
武井 そうなんです。私の場合も、住み込みのフィリピン人のお手伝いさんがいて、その方に娘を預けて出産後1ヵ月ちょっとで仕事に復帰しました。すると、それを知った日本にいる知人などから、「どうしてそんなに小さな子どもを置いて働くの」「子どもがかわいそう」と口々に言われたんです。
福本 日本の子育て文化を中心に考えると、「普通じゃない」となってしまうのでしょうね。
武井 自分はダメな母親なのかと感じ、辛くて泣いていることもありました。でも、ある時そのお手伝いさんから、私の家で働いて貯めたお金で、フィリピンに家を建てることができたとすごく感謝されたんです。その方は故郷に3人の子どもを預けて、フィリピンから出稼ぎに来て私の家で働いていたんですね。
時折、彼女が故郷に残した幼い子ども達の写真を見ながら、静かに涙を流していた姿が、今でも心に残っています。
私は子どもを彼女に預けて働き、彼女は子どもを故郷に預けて働いている。この関係の中で、世界には様々な事情を抱えた女性たちがいて、それぞれが異なる形で家族を支えていることを改めて知りました。そして、彼女が新しい家を背景に、笑顔で映る子供たちの写真を見せてくれたとき、、私は大変感動し、子どものお世話をしてくれている彼女に感謝しました。そして、離れていてもお互い子どもを愛する母親であることに変わりはないという深い絆のようなものが生まれました。
日本人からすると、子どもと一緒にいる時間が短いのは愛情が足りないのではと感じるかもしれませんが、私は香港で働き子育てをして、そうではないと思っています。香港の人たちはお伝えしたように子どもが小さくても預けて働きに出て、お手伝いさんなどに子どもを見てもらうのが一般的です。一方で、毎週のように家族や兄弟、親戚が集まって、一緒に食事をするんです。ファミリーの絆がとても強いんですね。日本だと、両親ならいざ知らず、叔父や叔母など親戚と毎週のように顔を合わせるという人はまれなのではないでしょうか。
それぞれの文化があり、自分の国の子育てや家族の在り方と異なるからといって、おかしいことはありません。ましてや、正しいとか正しくないということはないのだと、改めて感じました。
ハードとソフト、両面の改革を目指し女性フォーラムを企画
福本 ご自身の体験から、グローバルに仕事をする上で必要な理解、ダイバーシティとは何かを肌で感じてきたのですね。会社としては、グローバル企業としての働き方を進める上で、どのような取り組みをされているのでしょうか。
武井 サトーホールディングスにはもともと、以前の社長が綴った「サトーのこころ」という行動指針をまとめた冊子があるんです。全従業員に配布されていて、何かに困ったとき、つまずいたときに開いて、あるべき方向に進むためのものです。
その中の一部に、「女性も男性も高齢者も全員が活躍するサトーへ」という記述があり、女性の活躍を推進するための考え方が説かれているんですね。そこに書かれているのがこんな文章です。
「女性自身の考え方や意欲に問題を感じたとしても、そうなった環境、すなわち男性中心の価値基準に原因があるのではないでしょうか。女性の活躍とそれを正しく評価する社内環境を整備する姿勢は強く大きく持っていなくてはいけません。繰り返し期待しているうちに必ず答えてくれる女性幹部が出てくるでしょう」
20年以上前に書かれたものとは思えないですよね。現在のようにダイバーシティとか女性の活躍推進が注目されるようになるずっと以前から、会社として女性が活躍できる環境整備を大切に考えてきたことが伝わってきます。
福本 現在に通じる指針ですね。さらに2011年には、サトーホールディングスとして「ダイバーシティ宣言」を発信したと伺っています。
武井 はい。宣言を出した2011年、私はまだ入社していなかったのですが、それ以降、ダイバーシティー&インクルージョンという考えを打ち出し、それを通じたいろいろな活動を会社として行ってきました。しかし、例えば当社の女性管理職比率は7.9%、2030年に向けて政府が掲げている30%という目標を考えると、胸を張ってグローバル企業とはまだ言えない状態です。
そんな中で始まったのが、執行役員が毎月1回集まる「人財開発委員会」です。テーマは社員の育成、障がい者雇用、女性の活躍推進など多岐にわたります。この人財開発委員会で、各役員に対して企画を考えるという宿題が出たんです。
私はかねてから女性の活躍推進に寄与する活動をしたいと考えていたのですが、担当する業務も異なっているためそれまで直接携わる機会がありませんでした。良いチャンスだと思い「女性フォーラム」に関する企画書を作り、思い切って提案することにしたんです。
福本 具体的には、どのような取り組みをされたのでしょうか。
武井 私が考えた女性フォーラムは、女性管理職比率を30%にするためにという会社側の都合に合わせたものではなく、女性が生き生きと十分に力が発揮できる環境、組織にすることを目指したものです。
具体的には二つあって、一つは人財を活用するための制度、ハード面での改革を目指す取り組みです。それから二つ目が意識やマインド、ソフト面での改革を目指すものです。特に男性役員の意識改革を促し、行動変容を起こすことを目的に設定しました。
「平等」と「公平」は違う……同じ景色を見るために環境整備が必要
福本 最初に企画したとき、ネガティブな反応や批判的な意見などはなかったのでしょうか。
武井 もちろん、ありました。最初の第一回は、男性役員と本社勤務の女性スタッフ職社員を対象にしたのですが、対象外となった男性社員からは「偉い人と女性社員だけコソコソと……」という反応もありましたし、女性からも「ジェンダー平等の時代に女性とわざわざつける理由がわからない」という意見がありました。
福本 女性だけを特別視しようとか、数合わせをしようということではなく、グローバル企業になっていくために、そのグローバルの視点において、男性中心の考え方を変えていこうという取り組みだと思うんですよね。先ほどの女性管理職の比率も29%ではダメで31%なら良いという目先の数字だけを見るのではなく、極端に男性側に寄っている日本の視点を変えていくために、一つの指標として見るべきもののはずです。
武井 おっしゃる通りです。なぜ「女性」フォーラムなのかと質問を受けた際、私がいつもお見せする、部署のデザイナーに作ってもらった絵があるんです。この絵を通じてお伝えしたいのは「平等」と「公平」は違うということです。
これは、男性や女性や障害のある方が音楽コンサートを鑑賞していて、そこに塀があると想定した図です。平等に一人二つずつの足場を与えたとしても、子どもや車いすの方、身長の低い方は見ることができません。公平に舞台が見られるようにするためには、必要となる足場の数が違うんですね。まず、誰もが同じ景色を見ることができるように環境整備をする必要があります。30%という数字も、福本さんがおっしゃったように数字だけを見るのではなく、その環境整備としての必要な目安という背景を理解し、達成に向けて取り組むことが大切です。まず公平なスタートラインにするための環境整備の必要性を認識していない、まだまだ誤解があるのが現状だと思います。それでも、この絵を見せながら説明すると、皆さんなるほどと納得してくれることが多いですね。
福本 確かに、わかりやすいですね。今おっしゃったような考え方を社内に浸透させて理解者を増やすために、何か工夫したことや気をつけたことはありますか。
武井 当社には「三行提報」という制度があります。全社員が毎日三行(100~150文字)でトップに対して、会社を良くする創意・くふう・気付いたことの提案や考えとその対策を報告するシステムなのですが、それを活用しました。
例えば女性フォーラムというハッシュタグで探すと、三行提報の中にあるフォーラムに対する社員のいろいろな意見を一度に見ることができます。誰が書いたものかはわかりませんが、それに対する返信は実名で送ることができるので、一つ一つ地道に自分の考えを返していきました。
それから、第1回目の女性フォーラムの様子を動画にして、全社員が見られる場所にアップしました。フォーラム全編の様子を通して見られるものに加えて、面白いところだけを編集したショート動画も作って、できるだけみんなが興味を持ってもらえるよう、工夫してコンテンツを作ったんです。
福本 一回目を終えて、何か反応や変化などはありましたか。
武井 嬉しかったのが、参加者に対してアンケートを取ったところ、満足度が100%だったことです。初めての開催でうまくいくか心配もありましたが、参加して良かったと皆さんが感じてくれたことがまずとても良かったと感じています。
全体に対してだけではなく、一つ一つの項目に対する意見も尋ねたのですが、好評だったのがフォーラムでのランチです。男性役員1人に対して女性社員5人というグループにして、男性自身がマイノリティになる体験を提供し、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)に気づいてもらうことを目的としたものです。男性側の意識改革ももちろんですが、普段は幹部と直接話をして意見を伝える機会がほとんどない女性社員にとっても、とても良い経験になったようです。役員は女性たちから質問攻めで大変だったようです(笑)。
また、会社に提言したいことをテーマにしたワークショップの時間があったのですが、ここでも人財開発や福利厚生などのハード面、「こういう考え方をやめて欲しい」といったようなソフト面、両方に関していろいろな意見が出ました。経営側はこれを持ち帰って、しっかりとフィードバックができるよう今取り組んでいるところです。
グローバル企業として成長を続けるために、何が必要か
福本 盛りだくさんですね。次回は計画しているのですか。
武井 はい。11月末に第2回目の女性フォーラムがあり、これは希望する人は誰でも参加可能な回にする予定です。全国の社員が参加できるように出張OKにして、それぞれの部署の上司の方たちにも希望者には背中を押してあげてくださいとお願いしています。それから、今後はオンライン開催や、女性に限らずダイバーシティ全体を意識できるようなフォーラムもやってみたいですね。
福本 今後が楽しみです。改めて、グローバル企業としての働き方、ダイバーシティなどを実現していく上で、鍵となるのはどんなことなのか、考えをお伺いできますか。
武井 外の会社から来て感じたのが、今役職についていない、当社で長年働いてきた女性たちが、本当にみんな優秀だということです。ただし、これまでやってきたことを聞くと、いわゆる昭和気質の男性社会の中で、お茶くみやコピー取りという仕事に携わってきたという方も少なからずいます。。いきなり役職というのは経験の面で難しいところもありますし、女性自身も及び腰になってしまうことが多くあります。また、優秀な方について「この人ならこの役職ができるのでは」と提案してみても、男性上司から「いやいや、この人は今の仕事が好きだから」という返事が返って来て、女性だから出世は望んでいないはず、という見方が根付いているなと感じることもあります。
そうしたアンコンシャスバイアスみたいなものを取り払っていく、お伝えしたような公平な環境整備をしてまず同じ景色が見えるようにする、ということが最初は大切かなと思います。
さらに今後は、女性の活躍推進に限らず、ダイバーシティ全体を実現できるようなサステナビリティ経営が必要となってきます。福本さんは欧州の事情などにもお詳しいのでよくご存知だと思いますが、世界では特に若い人たちの消費行動が変化しており、商品を選ぶ際に環境に良いものを選択したり、ESGへの配慮がない企業の製品に対する不買運動が起きたりといたことがどんどん増えています。
こうした動きは今後、より顕著になり、グローバル企業に取っては死活問題になるはずです。環境や社会、企業統治、こうしたものを無視している企業は存続できない世の中になってきます。当社としてもより一層サステナビリティを意識し、グローバル企業として持続可能な価値を今後も提供し続けていきたいと考えています。
福本 本日は貴重なお話をありがとうございました。
【関連リンク】
サトーホールディングス株式会社 https://www.sato.co.jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/
(提供:Koto Online)