この記事は2025年3月18日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.271『30・40歳代の住宅選びと幸福度』」を一部編集し、転載したものです。

目次
この記事の概要
• 住宅の一次取得者の中心となる30・40歳代の幸福度を決める街の特徴を考察した
• 分析結果に基づけば、(1)都心からの近さ・地価の水準と幸福度の関係は弱い相関関係に留まること、(2)距離帯毎に幸福度と相関関係のある特徴は異なること、(3)街の突出した特徴が幸福度を高める可能性があること、等が分かった
地域幸福度指標に注目したい
地域幸福度指標とは、地域全体の「暮らしやすさ」と「幸福感」を数値化・可視化したものであり、デジタル庁が推進する「デジタル田園都市国家構想」の実現に向けた街づくりの指針としての位置づけを期待されている指標だ。
同指標は毎年のアンケートによって、当該地域における居住者の主観的な幸福度および生活満足度、それらを説明しうる3つの因子群(生活環境・地域の人間関係・自分らしい生き方)を指標化している点に特徴<1>がある。
同指標について、住宅選びにも役立つ指標になり得ると筆者は考える。住宅が立地する地域の幸福度は住宅取得者にとって本質的な価値であるにも関わらず、外部から窺い知ることは従前難しかったが<2>、これを可能にしているためだ。そこで本稿では、住宅の一次取得者<3>の中心となる30・40歳代の幸福度に着目し、同指標を用いながら都心からの距離帯毎の幸福度を決める因子を考察したい。
1:3つの因子群(生活環境・地域の人間関係・自分らしい生き方)に関しては、オープンデータを活用した客観的指標も公表されているが、本稿では採用していない
2:既往研究において各地域の生活満足度等をアンケート調査・分析する例はあるものの、アンケートの詳細結果は一般に開示されていないことや定期実施していないことも多いから住宅取得者の活用のハードルは高い。また、オープンデータによって幸福度を推定する方法も考えられるが、こうした分析で用いられがちな人口あたり刑法犯認知件数や都市公園数、緑被率といった指標はあくまで事実を測ったものであり、どのように分析に用いるかは分析者の主観に大きく依存してしまう。さらに指標自体にも看過できない分析上の弱点が存在することが多く(例えば、人口あたり都市公園数が多いとしても不便な立地であったりメンテナンスが行き届いていなければ幸福度は高まらないだろう)、主観的な幸福度と容易には関連付けられないことが広く指摘される。こうした観点で分析者ではなく“居住者の主観”が反映される地域幸福度指標は有用な指標と捉えられる
3:住宅を初めて取得する世帯のことを一次取得者という。一次取得者は30・40歳代の割合が高く、住宅市場における主な取得層となっている。国土交通省「令和5年度住宅市場動向調査」(対象世帯は2022年4月~2023年3月に住み替え・建て替え・リフォームを行った世帯)によれば、分譲マンションで77.2%、75.9%が同世代である
幸福度を決める因子は簡単には捉えられない
幸福度と住宅の立地については様々な意見がある。例えば、「先進のレジャーを享受できる都市での生活を望む」、「緑も多く生き生きと生活できる環境こそ幸せだ」等、が挙げられる。こうした意見は個人の価値観の発露であり元々唯一の正解を持つものではなく、実際にその傾向も簡単には捉えられない。
図表1は30・40歳代の幸福度と都心からの距離の関係(都心と郊外の観点)、図表2は住宅地地価との関係(金銭的価値の観点)を散布図として示している。都心からの距離<4>との相関係数は▲0.22、住宅地地価との相関係数は0.22であり、統計的に有意な相関ではある<5>。都心に近いほど、また地価が高いほど幸福度が高い。しかしながら、相関係数は低く“弱い相関関係”に止まっており、幸福度の大半はその他の因子が決めていそうだ<6>ということになる。つまり、“お金で幸せはほとんど買えない”と推察される。

4:東京駅と各市区町村の役所・役場との距離を、本稿では“都心と各市区町村の距離”と定義する
5:いずれも有意水準1%で有意
6:本稿の分析はあくまで相関関係の分析であり、因果関係を必ずしも示すものではない点に注意したい
都心からの距離帯毎に幸福度を決める因子を探る
このように単純な構造ではないが、本稿では地域幸福度指標における幸福度とその因子群を用いることで、地域のどういった特徴が幸福度を高めるかという傾向を捉えること試みる。
具体的には、図表3のフレームワークに基づき、3つの因子群、特に生活環境に関する因子と幸福度の関係を分析し、幸福度を決める因子を推測したい。都心からの距離帯によって働き方・ライフスタイルが大きく異なることから幸福度を決定する要因も異なるという筆者独自の仮定に基づき、分析対象の市区町村を3つの距離帯(都心からの距離:0~15㎞、15~30㎞、30~50㎞)に分けて分析・検討を行う。

図表4は30・40歳代の平均幸福度と生活環境因子の相関係数のうち、統計的に有意性が確認<7>されたものである。距離帯毎に相関関係が確認される因子、されない因子と様々である。特に0㎞~15㎞と、それ以遠で傾向に大きな違いがある。以下で距離帯毎にその特徴を考察する。

都心から15㎞までの距離帯:「子育て」・「公共空間」が上位の因子に
都心から15㎞までの距離帯では、「住宅環境」、「移動・交通」以外の因子と幸福度に正の相関関係が確認される<8>。とりわけ「子育て」、「公共空間」である程度強い相関となっている。
子育てに関する公的な支援、補助が手厚いか、親から見て子供たちが生き生きと暮らせる環境があるか、公園やリバーサイドなど都市においても心地よく過ごせる場所があるかが30歳・40歳台の幸福度と結びついていることが推測される。
7:有意水準10%までの結果を表示
8:住宅環境、移動・交通で相関関係が認められなかったのは、前者についてはほとんどのエリアで住宅価格の高さが認識されている、後者については高い交通利便性が認められている等、エリア間で差がつかないことが想定される
都心から15㎞以遠の距離帯:「住宅環境」・「移動・交通」と正の相関関係
15㎞~30㎞、および30㎞~50㎞の距離帯では、「住宅環境」、「移動・交通」が正の相関関係を持つようになる。
「住宅環境」は「自宅には、心地よい環境がある」、「自宅近辺では、騒音に悩まされている」という自宅に関する質的な側面、「適度な費用で住居を確保できる」という金銭的な側面が反映される。都心から距離が離れるにつれて、質的・金銭的な違いが大きくなることで幸福度との関係が大きくなると考えられる(例:近隣の騒音に悩まされているうえ、住宅ローンの負担も大きいと幸福度は下がるだろう)。
「移動・交通」については、「公共交通機関で好きな時に好きなところへ移動できる」という設問の結果が反映されている。通勤やレジャーにあたって都心に向かう際の利便性への満足度が、都心から15㎞を超えると幸福度との相関が生じるということである。
1.15㎞~30㎞の距離帯:「自然災害」・「自然の恵み」に特徴
15㎞~30㎞の距離帯に絞ると、「自然災害」、「自然の恵み」で正の相関が確認されている。
15㎞を超えた距離帯では海・山・川といった自然に近づくことで、幸福度を高めるような「自然の恵み」に触れられる環境があるケースも増える反面、災害リスクにも直面しやすいため、その立地の地勢や自治体による防災対策で幸福度に与える影響は異なるようだ。
2.30㎞~50㎞の距離帯:「遊び・娯楽」・「雇用・所得」に特徴
30㎞~50㎞の距離帯では、「遊び・娯楽」、「雇用・所得」(自分らしい生き方に関する因子であるため、図表4では未掲載)といった因子で正の相関がみられる。都心部から離れることでより近くで都会的なレジャーを楽しめる街、雇用を得られる街があることで幸福度を高めることに繋がると思われる。
距離帯毎に見られる傾向と市区町村の個別性を考える
前節まで分析では距離帯毎に幸福度と正の相関関係がある因子を挙げた。ただし、それらはあくまで全体の傾向であり、市区町村ごとに具に見ていくことも重要となる。
図表5では距離帯毎の幸福度ランキング上位3市区町村について、正の相関関係が認められた因子に関し<9>、距離帯内での平均値との差を計算した。平均値よりも上方に乖離している因子が多いものの、ほとんど差のない因子、大きく下方に乖離する因子も存在する。この結果から
(1)主に用いた生活環境という因子群だけでは幸福度は捉えきれないという本稿の分析の限界を示していることに加え、(2)(たとえ特定の因子で劣後していたとしても)突出した特徴があれば居住者の幸福度は高くなるという可能性を示していると見ることができる可能性があると筆者は考えた。
(1)については今後の課題とするとして、(2)の仮説については、都心から15㎞までの距離帯、15㎞以遠の距離帯それぞれで最上位の平均幸福度だった浦安市と海老名市の特徴を考察しながら、以下で検討している。

9:都心から15㎞までの距離帯については、相関係数の大きい上位3因子を表示
浦安市:海面埋め立て事業で生み出された空間の開発で
「都市景観」、「自然景観」、「自然の恵み」を享受
浦安市では同一距離帯の中で特に正の相関関係が強い「子育て」が上位に入っていることに加え、統計的には有意であるものの全体を見るうえでは目立たなかった「都市景観」、「自然景観」、「自然の恵み」が突出して高い(図表7)。
浦安市は1968年から始まった海面埋め立て事業で市全体面積の4倍に拡げた経緯がある。生み出された大規模な土地に計画的に商業・レジャー施設やオフィス、教育施設、美浜交差点からマリナイースト21地区までの海に伸びる、市内の主要道路であるシンボルロード等を配置、水際線にも自然に親しめる空間創出(海辺の公園等)がなされており、浦安市の場合はこうした因子複合的特徴が居住者の幸福度を大きく高めている可能性があるのではないか。
海老名市:鉄道3線が市中心部に乗り入れる海老名駅
周辺に商業施設・生活利便施設が集積
海老名市では都心からの距離が15㎞を超えると正の相関関係が生じる「遊び・娯楽」「移動・交通」が突出して高い(図表 8)。
海老名市ではJR相模原線、小田急小田原線、相鉄本線が乗り入れる海老名駅を中心に農地が転用され再開発が進んでいった。駅周辺には商業施設、マンション、ホテル、事務所、市役所・図書館といった公共施設が集積し、自動車を所有する世帯が多いことから、市全体や隣市を含めた駅周辺以外の居住者が利用する。住宅価格の高さや繁華性が高まることに伴う騒音からか「住宅環境」で下方乖離が見られるが、同距離帯における他市区町村と比較しても居住者に高い生活利便性を提供しており幸福度を高めていると考えられる。


「住宅は買えない」論と住宅選び
本稿では都心からの距離帯毎の幸福度に関し、地域幸福度指標における幸福度とその因子群を用いながら、何が幸福度を決定するかを探った。その過程で都心からの距離・地価と幸福度の関係は弱い相関関係に留まること、距離帯毎に幸福度と相関関係のある因子は異なること、また街の突出した特徴が幸福度を高める可能性があること、である。とりわけ、それぞれの距離帯毎に明らかにした居住者の幸福度と相関関係のある因子は住宅選びの参考になると思われる。
また、昨今「住宅は買えない」という議論を頻繁に目にするようになったが、本稿の分析はそれに新たな視点を加えることもできる。具体的には、都心に拘らなくても幸福度を高められる可能性があるということだ。
図表9は東京都の30歳・40歳代の世帯年収と、住宅タイプ別の住宅取得に必要な年収を示している。データを見る限り<10>、この議論の中心にあるのは“都心の住宅は買えない”(特にマンション)ということは明らかである。都心に住宅を取得することで幸福度が大きく高まるのは、共働き世帯の中でも子育て世帯、夫妻ともにフルタイムワーカーの世帯等になるだろう<11>。
ただし、他属性の世帯を含めた全体で見れば、都心からの距離や地価と幸福度の関係は弱い正の相関関係に留まり、距離帯毎に様々な因子が幸福度と関係を持つ可能性が高いことが分かった。むしろ都心に住宅を取得することで人生から得られる効用を低減してしまっている側面もありそうだ<12>。
こうした考察を踏まえると、住宅価格が上昇し続けている環境下、他者の価値観に惑わされない、世帯それぞれのライフスタイルに合った住宅選びがより重要性を増していると言える。

10:住宅取得にあたって年収倍率7倍を基準とした場合、東京23区内で平均的な新築分譲マンションを購入するには1710万円の世帯年収が必要である。この条件を満たし得る世帯年収1500万円~1999万円の世帯の割合、2000万円以上の世帯の割合を合算すると、共働き世帯で11%、片働き世帯で6%であり、確かに東京23区内に限れば取得は容易ではないと言える。一方、郊外の分譲戸建に目を向けると必要な世帯年収は569万円であり、世帯年収500万円から2000万円以上の世帯の割合を合算すると、共働き世帯で90%、片働き世帯で79%となり、多くの世帯の手で届くようになる
11:詳細は拙稿『居住者の評価が高まり続ける“職住近接”』(2024年11月)をご参照
12:例:高額の住宅ローンの支払いでレジャーに予算を充てられない、等
