この記事は2024年7月2日に「第一生命経済研究所」で公開された「猛暑と景気を考える 」を一部編集し、転載したものです。


25年のユーロ圏景気は、独仏の影響で下振れの可能性も
(画像=tagu/stock.adobe.com)

目次

  1. 今年も記録ずくめの夏に
  2. 猛暑で増える消費は
  3. 「猛暑効果」への疑問① ~電気代負担の増加~
  4. 「猛暑効果」への疑問② ~行き過ぎた気温上昇が外出手控えに繋がる~
  5. 「猛暑効果」への疑問③ ~異常気象による消費抑制~
  6. 野菜やコメの生育にも不安
  7. 暑過ぎる夏が景気を冷やす?

今年も記録ずくめの夏に

7月になったばかりだが、日本は既に夏本番といった様相を呈している。気象庁によれば、25 年6月の平均気温は平年より2.34℃高く、1898 年の統計開始以来最も高い記録となった。東京都心でも6月の真夏日(最高気温30℃以上)の日数が13 日と過去最多を更新したほか、京都の福知山市で37.6℃、岐阜県の多治見市で37.4℃を記録するなど、全国各地で35℃を超える猛暑日が続出した。さらに、今年は梅雨明けも例年より早く、九州や四国、中国、近畿地方では6月27 日に梅雨明けとなった。これは平年比で3週間程度も早く、九州北部と四国、中国、近畿は統計開始以来最も早い梅雨明けである。関東甲信や東北でも近々梅雨明けするとみられており、好天による高気温が今後も続く可能性が高いだろう。今年の猛暑は長期戦になりそうだ。

猛暑で増える消費は

一般的に、暑い夏は景気にプラスに働くと言われてきた。これは、気温の上昇が「夏物消費」を活性化させるためである。たとえば、アイスクリームやかき氷などの冷菓、ビールやミネラルウォーター、スポーツドリンクといった飲料類、エアコンや扇風機などの家電、冷感寝具や冷感ウェアなどの暑さ対策衣料、日焼け止めや制汗剤、熱中症対策グッズなどが挙げられる。これらは、暑い夏に売上が大きく伸びる代表的な夏物消費である。サービス消費関連では、暑さを避けるためのタクシー利用が増加するほか、自宅での調理時の熱を回避するために飲食店やカフェ等での外食も増える傾向がある。また、プールや避暑地への旅行なども増加するほか、映画館やショッピングモール等の屋内冷房施設の需要も刺激される。これらサービス消費も、夏物消費と言って差し支えないだろう。

さらに、夏物消費の増加に加えて、日照時間の増加も消費拡大に寄与する。夏場に気温が上昇すると、好天に恵まれることが多く、日照時間が長くなる。これにより屋外で過ごす時間が増え、テーマパークや動物園、プールなどの屋外レジャー施設の利用者が増加する。また、ショッピングモールへの来館者数も増え、館内の飲食店や小売店の売上も伸びやすい。特に家族連れや若年層を中心に、夏休みを利用した旅行やレジャーの需要が高まることが期待される。

「猛暑効果」への疑問① ~電気代負担の増加~

もっとも、気温の上昇が常に夏場の消費全体にプラスに働くとは限らない。たしかにエアコンやビールなど、気温の上昇によって消費が増加する品目はあるが、逆に暑さで消費が減る品目も存在する。また、夏物消費の増加によって家計の支出が増えれば、その分、他の分野の消費を控える傾向も強まる。実質賃金が減少し節約志向が高まる中では、気温上昇による夏物消費の増加が必ずしも消費全体の押し上げにつながるとは言い切れない。

特に注目すべきなのは、電気代負担の増加である。前述の夏物消費の例には挙げなかったが、電気代は夏場の気温上昇と非常に強い相関があり、エアコンの稼働時間が増えることで家計への負担が大きくなる。健康リスクを考えれば、猛暑の際にエアコンの使用を控えることが現実的でないことは明らかだ。だがこれは、猛暑によって消費が活性化されたというものではなく、暑さに耐えかねてやむなく増やさざるを得ない消費である。電気代の支出は、統計上は消費増としてカウントされるが、これが喜べる形の消費増でないことは明らかだ。こうした場合、家計は電気代への支払額が増加した分、他の消費を減らすという行動に出やすいほか、負担増がタイムラグをもって個人消費の抑制に繋がることも考えられる。

政府は、物価高対策として電気代・ガス代の補助金を7~9月(請求月は8~10月)の期間限定で復活させる方針である。しかし、再生可能エネルギー賦課金の引き上げなども重なり、補助金が復活しても電気代の水準自体は依然として高止まりする見込みだ。さらに、今回予定されている補助金の額は、昨年夏に実施されたものよりも小さいため、家計が電気代負担の軽減を実感するのは難しいだろう。

「猛暑効果」への疑問② ~行き過ぎた気温上昇が外出手控えに繋がる~

外出機会の増加についても、話はそう簡単ではない。確かに暑い夏と日照時間の増加の組み合わせはレジャー等への需要増をもたらすことが多いが、気温の上昇が行き過ぎて「酷暑」となった場合には、期待される効果とは逆に外出の手控えに繋がる可能性があることに注意が必要だ。実際、2023年、24年には危険な暑さが続いたことで、全国各地で連日のように「熱中症警戒アラート」が出され、命を守るための不要不急の外出手控えが呼びかけられた。特に高齢者や小さな子どもを持つ家庭では、体力消耗や熱中症等の健康リスクを懸念して、外出を控える傾向が強まる。レジャー等への支出は当然ながら抑制され、普段なら外出時に「ついで買い」する飲料や雑貨などの衝動的な消費も減る。外食の機会も減ることで、飲食店の売上にも影響が及ぶだろう。

なお、星野(2022)では、35度近辺までは「気温が上がると消費が増える」が、それ以上になると「気温が上がると消費が減る」可能性があると指摘されている。このように、気温と夏場の消費の関係は単純な線形関係にはなく、行き過ぎれば消費にとってむしろ有害になりうる。「暑過ぎる夏は消費を冷やす」ということだ。

暑過ぎる夏と消費の関係については、近年の生活スタイルの変化も影響している可能性がある。ネットショッピングの普及により、日用品や食料品、衣料品、大型家電など、ほとんどのものが自宅にいながら手に入る時代となった。猛暑の中、わざわざ外出して買い物をする必要はなくなっている。また、動画配信サービス等の普及により、自宅でも有意義に余暇を楽しめる状況が整いつつある。こうした生活スタイルの変化が、行き過ぎた気温上昇による外出手控え・消費抑制の度合いを強めている可能性もあるだろう。

「猛暑効果」への疑問③ ~異常気象による消費抑制~

また、近年はゲリラ豪雨の増加や季節外れの台風、記録的な大雨の発生など、猛暑の時期に不安定な天候となることも多い。地球温暖化の影響からか、猛暑と豪雨という一見矛盾する現象が同時に起きることが増えており、ここ数年は「災害級の大雨」「線状降水帯」といったフレーズを天気予報で頻繁に聞くようになった。この場合、外出どころではなく、該当する地域では消費は明確に減少する。特に観光地やレジャー施設での影響は大きいだろう。

また、天気予報の精度向上が消費行動や企業活動に影響を与えている面もあると思われる。天気予報が当たらないものの代名詞だった時代はとうに終わっており、近年では数日前から天候にある程度の目処がつくことが多い。天候が大きく崩れることや、記録的な暑さが予想される日には前もって外出予定を入れない、旅行をキャンセルするといった行動をとるケースも増えているようだ。企業の側も、台風襲来が予想される日には営業時間の短縮や鉄道の計画運休を行う等、事前に備える動きが増えている。こうした事前の計画的な行動は、安全面では非常に好ましいことである一方、消費にとってはネガティブに働きやすい面もあることに注意が必要だろう。

このように、①気温上昇が行き過ぎれば外出が手控えられること、②頻発する豪雨等の異常気象が外出を抑制すること等を踏まえると、気温の上昇 → 日照時間の増加 → 外出の増加というパスも、そう簡単に成立するものではない。

野菜やコメの生育にも不安

さらに、野菜やコメなどの農作物への影響も大きな懸念材料である。日照時間の増加は、一般的には野菜の生育に良い影響を与えるが、気温が過度に上昇すると逆に生育が阻害されることが多い。特にキャベツやハクサイ、レタスなどの葉物野菜は高温に弱く、果物も品質低下を招きやすい。また、今年は梅雨が異例に短かったため、水不足のリスクも高まっている。過去にも水不足による生育不良や収穫量減少が野菜価格の高騰を招いた例があり、今夏も猛暑や水不足が続けば、夏から秋にかけて野菜価格が上昇する可能性が高い。

コメへの影響も懸念されるところだ。高温障害が発生すると、コメが白く濁ったり内部に亀裂が生じたりするなどの品質低下が生じることが多い。こうしたコメは流通段階で取り除かれるため、玄米から精米する際の歩留まりが低下する。結果的にコメの供給量が減る恐れがある。また、水不足によって稲の生育不良や収穫量の減少が生じることも多く、この点でも不安がある。現在、政府は備蓄米の大量供給によりコメ価格の高騰に歯止めをかけようとしているが、仮に猛暑の影響で今年のコメが不作となれば、秋以降に再びコメ不足が深刻化する可能性も否定できないだろう。

野菜もコメも生活必需品であり、節約が難しい。その分、他の消費を削らざるを得なくなる。特に、こうした品目への支出比率が高い高齢者層への影響は大きくなるだろう。また、これらは生活に身近で購入頻度が高い分、他の財と比べて価格上昇を意識しやすいという特徴をもっている。こうした体感物価の上昇が心理的な面を通じて消費に悪影響を及ぼす可能性にも注意したい。

暑過ぎる夏が景気を冷やす?

このように、猛暑と個人消費については考慮すべき要因が多く、両者の関係はそう単純なものではない。適度な暑さであれば、夏場の気温上昇は消費を刺激する面が大きいと思われるが、本稿で述べたとおり、暑さが行き過ぎれば、①電気代負担の増加が他の消費に悪影響を与える可能性があること、②気温の上昇が行き過ぎれば外出の手控えに繋がること、③豪雨等の異常気象が同時に生じた場合、消費が抑制されること、④猛暑や水不足により農作物価格が高騰する恐れがあること等の要因が消費にネガティブに働く。この場合、猛暑がむしろ消費を抑制する要因になりかねない。

我が国の景気の先行きを予想する際、トランプ関税の影響がどう出てくるかに注目が集まっているが、猛暑・酷暑が思わぬ景気下押し要因になる可能性にも注意しておきたい。


(参考文献)

  • 新家義貴(2003)「冷夏と消費の関係の検証」内閣府・今週の指標 No.463
  • 新家義貴(2018)「今年の猛暑は消費を増やすか、減らすか?」Economic Trends
  • 新家義貴(2022)「猛暑と個人消費を考える」Economic Trends
  • 星野卓也(2022)「日次データでみる暑すぎる夏と消費の関係」Economic Trends
  • 新家義貴(2023)「猛暑と個人消費」Economic Trends
  • 新家義貴(2024)「猛暑・酷暑と個人消費」Economic Trends

第一生命経済研究所 シニアエグゼクティブエコノミスト 新家 義貴