この記事は2024年7月9日に「第一生命経済研究所」で公開された「相互関税25%通告、どうみる?」を一部編集し、転載したものです。


トランプ関税の影響を見極めつつ、FRBは年2回の利下げに
(画像=AucArtStudio/stock.adobe.com)

目次

  1. 株価は上がった!
  2. 今後の関税交渉の行方
  3. 日本の景気後退か?

株価は上がった!

トランプ大統領は、日本を含む14か国に書簡を送りつけてきた。7月9日だった相互関税の交渉期限を8月1日まで延長し、引き続き交渉を継続する構えである。日本への適用関税は、それまでの24%から25%へと僅かに上がった。自動車・部品、鉄鋼・アルミは別枠である。今回の25%の適用は、現在10%となっている相互関税部分である。それを8月1日以降に25%へと引き上げるという内容である。

これは、一見、最後通告に思えるが、トランプ大統領と各国との交渉がうまく行っていないので、新たに高関税を課すという脅しを再確認して、今後の交渉を有利に運ぼうという狙いなのだろう。裏読みすれば、4月時点でトランプ大統領が考えていたほど、各国とも妥協をして来ないので、もう一段の脅しをかけたという理解ができる。「読みの甘さ」は、米国と合意に至った国が、英国、ベトナムに限られていることにも表れている。カンボジアは合意に至ったと発表したが、7日の発表では新たな税率を適用される国に含まれている。

7月8日の東京株式市場は、前日比+101.13円のプラスで引けた。なぜ、株価が下落していないのかと問われると、トランプ大統領の通告が最終決定ではないと見透かしているからだろう。トランプ大統領は「いつも最後は妥協してくる」シナリオが信じられているのだろう。少し前は、日本に+30~+35%の追加関税をかけると脅していた。今回の+25%はそれよりも低い税率になる。発言内容がころころと変わるから、マーケットは+25%で最終決定にならないと見透かしているのだと思う。これで、日銀の追加利上げがいくらか遅れるという予想になれば、円安は進むだろう。輸出企業の関税負担は、円安によって減殺される。つまり、高関税の提示→円安進行→関税負担の緩和、という流れが予想される。円安になれば、米国以外の国々への輸出条件も改善する。米国向けが輸出の2割(2024年度19.9%)を占めるとすれば、+25%の関税率負担は輸出全体で+5%=+25%×2割となる計算だ。為替レートが、例えば1ドル140円から147円へと▲5%ほど減価すれば、米国向けの関税負担は全体として吸収される理屈になる。関税によって米国のインフレ率が高まることが、米長期金利を引き上げて円安を促す作用もある。

そうした理解があってか、株式市場では4月の時ほど狼狽しなくなっている。もちろん、為替レートによる減殺はほかにも代償を伴う。輸入物価の上昇である。現在、参議院選挙では、物価高対策として、「給付金か?減税か?」と有効な対策を戦わせている。トランプ大統領が強硬姿勢を示すと、その跳ね返りが国民への物価高になってくる。これは大いなる矛盾と言わざるを得ない。

今後の関税交渉の行方

トランプ大統領が各国に送った書簡では、ほとんど4月の相互関税の適用税率から下がらなかった。日本は24%→25%、韓国は25%→25%、インドネシア32%→32%、タイ36%→36%などとなっている。どこの国もトランプ大統領が当初念頭に置いていた見返りを十分には与えていないので、合意できずにいるのだということがわかる。トランプ大統領は、期限に再延長はないと発言するが、それは今後の成果次第であろう。

交渉が難航する理由は、米国が「すでに貿易赤字という不利な状況にあるから、相応の見返りをよこせ」という論法が、相手国に理解されていないことにある。トランプ大統領は、2026年11月の中間選挙に向けて、各国からの見返りを集計して、自分のディールの成果を誇りたいのだろう。そんな独りよがりな論理がすんなりと通ってしまうほど甘くはない。今のところ思ったほどの見返りが得られないから、トランプ大統領は交渉期限を延長して、追加的な脅迫を行っていると考えられる。筆者の理解は、トランプ大統領が成果を獲得することができなければ、今後も、交渉期限は延長する可能性は高いとみる。すでに交渉期限は、最初は90日間の延長、今回は7月9日から8月1日へと延期されている。経緯を振り返ると、ややハト派のベッセント財務長官が事前に示唆した9月1日よりは、期限が8月1日と早まった。具体的には、今後の交渉は、9月1日、あるいは10月、11月と延期される公算があるとみられる。

こうした交渉期限が後ずれするほど米国側は、プレッシャーを感じるだろう。2026年11月の中間選挙に近づくからである。トランプ大統領の脅しは、それを完全に実行してしまうと、交渉の余地がなくなるため、もはや見返りが得られないという弱点がある。だから、米国側は、相手を焦らせて、合意に至るまでに交渉を有利に運ぼうとする。反面、相手国が脅しに屈することなく、最後まで妥協しなければ、交渉期限が後ずれする。米国側が見返りの少なさに焦りを募らせて、しぶしぶ妥協を行う。これがゲームの力学だ。

では、日本はどう対処すべきだろうか。日本はどうも、米国が日本から受けている経済的利益を強調して「理解を求める」と言っているようだ。昔から日本政府がやってきた論法だ。筆者はそうした論法は意味がないと考える。トランプ大統領が欲しいのは、中間選挙に向けた有権者への追加的なアピールだ。日本企業の米国内への工場進出、資源開発への投資、先端技術の米国への移転である。USスチールの買収は、そうしたトランプ大統領の欲望を満たせたから合意に至った。赤澤大臣が述べてきたWin-Winの関係が成功した一例だ。

目下の日米関税交渉では、トランプ大統領はUSスチールよりももっと大きな見返りを期待している。今後、トランプ大統領が満足する大きさの見返りを示すことができるかどうかが鍵を握る。

おそらく、それは日本の自動車メーカーの追加的な工場進出になるのではないだろうか。しかし、筆者にはそれが日本に有益かどうかはわからないと感じる。結局、筆者は、8月1日の期限はさらに延長されて、もっと後ずれする可能性が高いとみている。

日本の景気後退か?

トランプ大統領が、日本との交渉を8月1日までに再設定したのは、その期日が7月20日の参議院選挙後になると見越してのことだ。トランプ大統領は、日本の自動車輸出に25%の関税をかけることに石破政権が同意しないのは、参議院選挙の前だからだと踏んでいるのであろう。しかし、筆者は、たとえ参議院選挙の結果がどうであれ、自動車の25%の関税率は受け入れないと思う。

その場合に懸念されるのは、日本の景気後退リスクである。筆者は、かなりまずいと感じている。すでに対米輸出は大きく減っている。一方、鉱工業生産の予測指数にはあまり強くは表れていない。まだ予断を許さない状況である。

もしも、対米輸出(2024年度21.6兆円)に25%の関税率がかかると、日本の輸出企業は米国に実額で5.5兆円の関税を支払うことになるとみる(鉄鋼・アルミは50%)。米国での価格転嫁はすぐにはできないから、企業収益が▲5.5兆円分減ってしまう。そうすると、輸出関連企業を中心に今冬のボーナスが減り、2025年度後半の設備投資も抑制されることになるだろう。円安進行による輸出振興の作用はすぐには表れず、むしろ、食料品やエネルギー価格が上昇し、個人消費が弱まるだろう。つまり、「物価と賃金の好循環」メカニズムが狂ってしまうことになる。与野党が頭の中に、「給付金か?減税か?」という発想しかないのならば、日本政府は十分な企業への支援ができずに2025年度後半の景気はどこかで後退局面に陥るかもしれない。

日本の相互関税率は、現状の10%であれば、企業収益へのインパクトは相対的に小さく抑えられる。単純計算で、年間2.3兆円程度だ(自動車・部品も10%)。景気後退はぎりぎり回避できると予想する。石破首相と赤澤大臣には踏ん張ってもらい、10%の適用を勝ち取ってほしい。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生