この記事は2024年7月11日に「第一生命経済研究所」で公開された「加速しない賃金をどうみるか」を一部編集し、転載したものです。


ほとんど上がらない賃金の「ナゼ?」
(画像=HyejinKang/stock.adobe.com)

目次

  1. 年明け以降、パッとしない賃金
  2. 社会保障事業統計でみる24年の賃金は2%台前半
  3. 「足元が低すぎる」のではなく「24年が高すぎた」?

年明け以降、パッとしない賃金

毎月勤労統計の所定内賃金がパッとしない。一般労働者の所定内給与(前年比・共通事業所ベース)は2025年1月:+2.9%、2月:+2.0%、3月:+2.1%、4月:+2.5%、5月(速報):+2.4%と推移。3%台弱の水準から、2、3月は2%程度に減速、4、5月は2%半ばで推移している。2,3月の減速は新家(2025)「3月の労働時間はなぜ減ったのか」の指摘するうるう年の影響が出た模様だ。一方で、4,5月に元の3%弱程度の水準感に戻っているわけではない。推移を見ると、2025年に入って賃金がやや減速しているような姿になる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

社会保障事業統計でみる24年の賃金は2%台前半

Economic Trends「賃金はそもそも3%も上がっていたのか?」(2025年5月14日)では社会保険料の事業統計を用いて、2024年の賃金伸び率を試算した。執筆時には重要データである2024年9月の標準報酬の値(年度初めの賃上げが社会保険料計算に反映されるタイミング)が公表されていなかったが、厚生労働省からこの値が示された。公表された値をもとに、フルタイム給与の実勢に近いと考えられる健康保険の標準報酬月額(短時間労働調整)を計算したところ、前年比+2.3%だった。毎勤統計の示す3%弱からは幾分の差異がある数字となっている。

第一生命経済研究所
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「足元が低すぎる」のではなく「24年が高すぎた」?

24年は春闘ベアが3%台半ば程度あったので、毎勤フルタイム給与が3%弱程度上がっていることに誰も疑いは持たなかった(むしろ3%台半ばをみる向きが多く、期待を下振れている)。しかし、社保統計の示す数字はそれよりも低い+2%前半程度。社保統計もそもそも事業統計であり、完全無欠ではないのだが、全数調査である点は賃金実勢を見るうえで既存の賃金統計と比べた圧倒的な強みである(詳しくはEconomic Trends「社会保障事業統計による賃金把握の課題」(2024年))。

3日に連合は2025年の春闘賃上げ率の最終集計結果を公表、賃上げ分のわかる組合の集計としてベースアップ率を3.70%としている(24年は3.56%)。この点からマーケットでは賃金伸び率の若干の加速が想定されているとみられる。

社保統計が正しく、24年の賃金実勢が2%台前半程度だとするならば、25年が2%台半ばであっても若干の加速、にはなる。ただ、それは足元の値からのアップサイドが限られているということでもあり、25年賃金が3%強程度(24年毎勤+α)の伸びに達するかは微妙かもしれない。一方で、24年が過大評価だったということは、毎勤の数字が示すように“25年に入って賃金が減速した”わけではない、ということも意味する。25年に入って賃金実勢が減速しているのではなく、25年の数字がサンプル要因等でおかしくなっているのでもなく、「24年の毎勤の数字がサンプル要因等で高すぎた」というのが社保統計から得られる示唆であり、筆者が有力だと考える足元の賃金実勢の解釈である。

第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 星野 卓也