この記事は2024年7月24日に「第一生命経済研究所」で公開された「トランプ関税15%で決着」を一部編集し、転載したものです。

自動車も合意
7月22日に日米両国は関税交渉で合意した。赤澤大臣は実に8回目の訪米で何とか合意に至った。8月1日から相互関税25%を課すとトランプ大統領から脅される中、日本は期限の10日前に相互関税を15%、そして乗用車も15%(従来2.5%)で合意した。乗用車以外の自動車、同部品も15%とされる。驚きなのは、この乗用車の15%という数字である。従来は2.5%がかかっていたので、正確にはこれを除いた12.5%である。ならば、乗用車関税の追加は25%→12.5%へと半減されることになる。この点は、成果だと言える。
改めて、日米で合意された内容について列挙すると、
①相互関税は15%。
②日本が米国への投資(出資・融資)する枠として5,500億ドル(約80兆円)を設ける。
③農産物輸入は、77万トンのミニマム・アクセス米(無関税)の枠内で米国から米輸入を増やす。
④すでに決められた鉄鋼・アルミの50%の関税率はそのまま。
このほか、トランプ大統領のXへの書き込みでは、「日本が自動車やトラック、コメやほかの農産物を含む貿易で国を開放するだろう」とある。また、5,500億ドルの投資では、米国への投資について「90%の利益を米国が受け取る」とされている。これは直接投資収益の90%が米国で再投資されることを指しているのだろうか。日本は、半導体、造船など経済安全保障上の関係が深い分野で投資拡大を行って、Win-Winの関係を築く意向だ。国際協力銀行は、出資・融資・融資保証を行って、日本企業の投資をバックアップする構えだとされる。
そのほかにホワイトハウスからの発表では、「米国製旅客機を100機ほど購入」や「米企業に関連する防衛費支出を年間140~170億ドルに引き上げる」とされる。通信社報道では「コメ輸入は75%増える」という情報もある。
今回の合意は、すでに各国の関税交渉では英国、ベトナム、インドネシアに続き、日本が4か国目であり、その直後にフィリピンが5か国目として合意している(7月24日時点)。
ネックはコメだったのか?
この合意は、参議院選挙(7月20日)の後だからこそ、発表できたのだろう。筆者の類推では、与党は農業関係者に対して米国からのコメ輸入を増やすことを伝えたくないという意向があったと考える。「ミニマム・アクセス米77万トンの枠内で米国からの米輸入を増やす」という部分である。このアナウンスが農家に知れ渡ると、石破政権は関税交渉で日本の農業を犠牲にして、交渉を有利に進めたという観測が出ることを警戒したと考えられる。
小泉農水大臣は、ミニマムアクセス米の総量77万トンの枠は維持すると強調していて、国内需給に悪影響はないという説明を行っている。米国からの2024年度輸入実績は34.6万トンあり、今後はそれを77万トンの枠内で増やすことになるのであろう。77万トンの輸入相手国は、米国とタイが大方を占めており、豪州、中国分は僅かである。仮に、米国が2024年度34.6万トンを75%増やすと60.6万トンになり、事実上、タイ米の輸入を減らして、米国産のコメを増やすということになりそうだ。この77万トンのミニマム・アクセス米には不思議な性格があり、主食用には10万トンしか回らず、ほかは加工・飼料用がほとんどだという。市場に放出される備蓄米とは全く扱いが違って、国内のコメ価格下落には寄与しないということだ。政府はコメ価格を引き下げたいのに、そこに米国産のコメを輸入拡大して、国内のコメ供給を増やそうという流れにはつながらない仕切りになっているようだ。
これは成果なのか?
様々な議論があると思うが、総合的にみて相互関税が15%という決着であれば「御の字」という印象もある。当初、日本は10%で一歩も譲らず、トランプ大統領も自動車25%は絶対だと主張してきた経緯がある。それを25%の6割である15%に引き下げられたことは、相互関税10%の維持までは行かなかったとしても、上出来であろう。
実額でみれば、上出来だったという意味がよくわかる。対米輸出21.3兆円(2024年)のすべてに25%がかかっていれば、関税は5.3兆円だった。これが8月1日までの自動車・部品・原動機に25%、そのほかが10%であれば3.4兆円になるという扱いだった。今回、それが乗用車に12.5%、そのほかの自動車・部品・原動機に15%、さらにそれ以外の対米輸出額への相互関税が15%になる。この負担額を計算すると、3.0兆円という数字になる(鉄鋼・アルミの50%は考慮しない)。つまり、3.4兆円→3.0兆円と負担減になる訳だ。後述するように、それが株価にも予想外のプラス・インパクトを与えていると考えられる。
そういった仮想計算をしてみると、今回の合意内容は、事実上、従来よりも予想される関税負担をさらに減額する内容だということがわかる。ヘッドラインの報道は、相互関税10%から15%になって「痛み分け」のような印象を人々に与えるのだが、乗用車が25%から12.5%になった点などを考慮すると、関税負担はむしろ軽減されているということになる。
日本経済へのインパクト
それでは、もっと定量的な日本経済への打撃は如何ほどであろうか。財務省「法人企業統計年報」(2023年度)を使って、大企業・製造業(資本金10億円以上)の法人税・住民税・事業税の負担額を調べてみた。その金額は、5.8兆円であった。そのうち自動車・同部品は2.0兆円である。仮に、すべての対米輸出額に25%の相互関税がかけられていたならば、5.3兆円のトランプ関税がかかり、大企業・製造業の課税負担は約2倍に跳ね上がっていただろう。大企業・製造業の当期純利益額は2023年度24.0兆円なので、そこから追加的に▲5.3兆円(▲22%=▲5.3兆円÷24.0兆円)が差し引かれることになる(自動車・同部品は当期純利益8.0兆円でトランプ関税が▲2.1兆円<▲25%>の懸念があった)。ここではトランプ関税によって配当可能原資が減る格好になるので、これまでは株価の潜在的な下押しになっていたに違いない。このシナリオだと、マクロ経済も2025年内に景気後退に直面する可能性が濃厚だっただろう。
それが今回の決定で追加的関税負担が▲3.0兆円になったため、インパクトは従前の▲5.3兆円から▲43%減に抑えられることになる(うち自動車・同部品は▲2.1兆円→▲1.0兆円へ半減)。この▲3.0兆円というインパクトは、通常の当期純利益の変動幅の範囲内に収まるとみることができる(図表1、2)。景気後退の可能性はゼロではないが、かなり軽減されるとみることはできよう。

7月23日の日経平均株価は、前日比で+1,396.4円も上がっている(22日終値39,774円→23日同41,171円<+3.5%の上昇率>)。この上昇率には本当に驚くばかりだ。トランプ関税が日本経済の潜在的な脅威となっていたことが今更ながらよくわかる。また、7月23日のNYダウも前日比1.14%の上昇になる。日本の関税合意が、EUなど他地域でも今までより低い関税率に落ち着きそうだという観測から米国株価が押し上げられたのであろう。
今後、この打撃が及ぶとすれば、2025年冬のボーナスが減少することが想起される。2025年夏のボーナスは、大企業(従業員500人以上)で過去最高を記録したと報道される。さすがに冬はそうしたレベルのボーナス支給が厳しいとみられる。これは、歳末商戦を下押しして、2026年初にかけての個人消費にも暗い影を落とすとみられる。
それでも、米国経済次第では2026年度の春闘で、ベースアップ率を高く維持できる可能性は残るだろう。欧州など他地域での関税交渉が低い税率で妥結されれば、米国へのインフレ圧力は減圧されるから、FRBは利下げがしやすくなる。トランプ関税次第で、米国経済の持ち直しも少しは期待できるようになってきている。まだ、先々は見通しづらいというのが実情であるが、今までのようにお先真っ暗という訳ではないとみた方がよいだろう。