本記事は、匠 英一氏監修の著書『すぐに使えるビジネス教養 心理学』(フォレスト出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「心理的安全性」が組織文化を変える対話やコーチングの要
「正しい質問」ではなく「安心できる関係」が語りを生む
営業会議が終わった瞬間、中村課長は胸の奥に小さなざらつきを覚えました。研修で学んだ質問技法を使い、部下の意見を引き出そうとしたにもかかわらず、会議室には沈黙が広がったままだったのです。
とくに、クレームを事後報告した部下に理念を問うた場面では、「怒らずに質問したのに、なぜ話さないのか」という違和感が残りました。
翌日、管理職研修の講師として訪れたコーチの西山に相談すると、「質問は相手の言葉が自然に湧き出るためのものです。だから、まず安心して話せる場が必要です」と指摘されました。
その言葉に中村は自分が“正しい質問”に意識を向けすぎ、部下が安心して話せる関係づくりを後回しにしていたことに気づいたのでした。
心理的安全性がなければ、対話もコーチングも機能しない
この事例は対話の質を決めるのが質問の仕方でなく「心理的安全性(psychological safety)」であることを示しています。
心理的安全性とは「自分が何を話しても否定されない」という相互の関係であり、これがなければ本音は表に出ません。この安全性の高いチームほどミスの共有や助け合いが増え、グーグル社の実験プロジェクトでも学習と成果が高まることが実証されています(エドモンドソン,2020)。逆に、人は「自分の能力が試されている」と感じると防衛的になり、沈黙や抵抗が増えます。今回の例も理念を問われた瞬間に「評価される場」と受け取ったと考えられます。
現在の「組織心理学」では、成果を生む要因が個人の能力ではなく、組織の中の「日常的な信頼」と「安心して話せる場」といった組織文化を重視する傾向にあります。個別対応としてのコーチング的な関係も同じことで、良い対話をするとは質問を磨くのでなく、「この人は理解しようとしている」と相手が感じられる状況(場)を設計することになるのです。
ただし、注意したいのはリーダが会議で「他人を批判しないように」と語って”安心”を目的化してしまうことです。これは安全を自己目的にしてしまい、本来の議論できる場を逆に妨げるものです。つまり、手段であって目的自体ではないのに勘違いする「目標置換(goal displacement)」の心理が働くわけです。その自覚をリーダが持つことが安全な対話づくりの要だといえるでしょう。
1990年東大大学院教育学研究科を退学後、同年には東大の医学系研究者ら共にとベンチャーの(株)認知科学研究所を創設し、東大医学部公衆衛生研究室にてストレスと創造性の研究成果を事業化。
それ以後は95年に通信機器メーカにて営業・事業開発の部長職に就き、アップル社やNEC、住友3M、NTTなど100社以上のコンサル・研修業に従事。
20代の学生時代より教育改革のために私塾「エミール」設立、東進スクール研究所顧問、eラーニングの(株)デジタルナレッジ顧問や販売ソフト企業の非常勤取締役など歴任する。
他に公的な業務としては、早稲田大学IT経営戦略研究所客員研究員、立正大学心理学部、医系大学の非常勤講師などを歴任。
また、CRM協議会(初代事務局長)など15件の業界団体を自ら創設して新しいビジネスモデル創りを推進。
現在は主に「ビジネス心理検定」の資格普及と、AI活用の思考法の教育・コンサル業に従事。
著作には『サクッとわかるビジネス教養;心理学』(新星出版社)、『ど素人でもわかる心理学の本』(翔泳社)、『ビジネス心理学』(経団連出版)など60冊ほど。
TVでも「ナカイの窓」等でレギュラー出演・企画し、「しぐさ行動分析」の専門家で知られる。
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