本記事は、匠 英一氏監修の著書『すぐに使えるビジネス教養 心理学』(フォレスト出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
交渉の心理/リスクを最小にWIN-WINの関係作りへ
交渉の鍵は「条件」ではなく「見え方」
新任のプロジェクトマネージャーの美雪は、納期延長をめぐる交渉に臨んでいました。チームの作業は限界に近づき、このままでは品質低下のリスクが高まっています。ところが、クライアントの担当者の大谷は「延期は困る」と強い姿勢を崩しません。
その言葉を聞いた美雪は、相手が拒んでいるのは単なる日程変更ではないと気づきます。大谷が本当に恐れているのは、「納期が延びること」そのものではなく、「延期を認めた自分が社内で責任を問われること」でした。つまり、交渉の背後には、評価や立場を失うかもしれないという心理的リスクがあったのです。
そこで美雪は説明の仕方を変え、「延長は失敗ではなく、品質を守るための合理的な判断です。その理由と作業計画を文書化し御社内で説明できる形にします」と提案したのです。
すると、大谷は納得してくれました。交渉は単なる譲歩ではなく、双方のリスクを下げる方向へ進み始めました。
交渉というと、条件をどこまで譲るかという駆け引きを想像しがちです。しかし、重要なのは「相手がその条件をどう見ているか」です。
人は客観的な損得だけで判断しているわけではありません。
損を避けたいという損失回避や、同じ内容でも示し方によって受け止め方が変わるフレーミング効果の影響を受けます。
この視点から見ると、交渉とは互いの「認知の共同調整」です。
相手が何を恐れ、何を守ろうとしているのかを理解し、その不安を減らす根拠や選択肢を共につくることが大切です。
美雪は条件自体を変えたのではありません。延期の意味を「迷惑な遅れ」から「品質を守るための合理的判断」へと組み替えて、担当が上司に説明できる形に整えたのです。
優れた交渉とは、相手の世界の中で何がリスクとして見えているのかを理解し、その不安を減らす道筋を一緒に探るプロセスなのです。
1990年東大大学院教育学研究科を退学後、同年には東大の医学系研究者ら共にとベンチャーの(株)認知科学研究所を創設し、東大医学部公衆衛生研究室にてストレスと創造性の研究成果を事業化。
それ以後は95年に通信機器メーカにて営業・事業開発の部長職に就き、アップル社やNEC、住友3M、NTTなど100社以上のコンサル・研修業に従事。
20代の学生時代より教育改革のために私塾「エミール」設立、東進スクール研究所顧問、eラーニングの(株)デジタルナレッジ顧問や販売ソフト企業の非常勤取締役など歴任する。
他に公的な業務としては、早稲田大学IT経営戦略研究所客員研究員、立正大学心理学部、医系大学の非常勤講師などを歴任。
また、CRM協議会(初代事務局長)など15件の業界団体を自ら創設して新しいビジネスモデル創りを推進。
現在は主に「ビジネス心理検定」の資格普及と、AI活用の思考法の教育・コンサル業に従事。
著作には『サクッとわかるビジネス教養;心理学』(新星出版社)、『ど素人でもわかる心理学の本』(翔泳社)、『ビジネス心理学』(経団連出版)など60冊ほど。
TVでも「ナカイの窓」等でレギュラー出演・企画し、「しぐさ行動分析」の専門家で知られる。
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