日本企業のイスラム市場戦略

日本にとって、イスラム市場へのゲートウェイとなるのは、先に述べたイスラム世界を構成する3つの小世界のうちの1つ目であるオットマンの小世界である。オットマン世界は、現在ではトルコ共和国を中心に構成されている。

現在のトルコ共和国は、イスラム世界で初の世俗主義国家であり、また、1924年の建国以来、西洋化による近代化に熱心に取り組んでいる。NATO及びOECDにも加盟しており、更にはEUへの加盟を表明するなど、西欧の価値観を拒絶することなく国を開いており、他のイスラム教国と西欧諸国との橋渡し役的な存在を自ら担ってきたとも言える。

また、トルコは言わずと知れた明治以来の親日国であり、ボスポラス海峡を跨ぐファーティフ・スルタン・メフメト橋やボスポラス海峡海底地下鉄などの日本のODAによって作られた象徴的なインフラ施設も多い。


それでも簡単ではないトルコ市場

しかし、だからといってトルコが日本にとって優しく且つ易しい市場であるかといえば、そうではない。トルコも、長く複雑な歴史を抱えている。

現在のトルコの大統領であるエルドアンは、2003年に首相に就任して以来、着実にトルコの経済成長を実現させ、その実績から高い支持率を得て2014年には大統領となった人物であるが、西欧化・自由化によるトルコの経済発展を進める一方で、女性の公共の場でのスカーフの着用を認める法案や姦通罪の復活法案(のちに廃案)を提出するなど、イスラム復興主義的な動きを見せることがある。テレビのインタビューなどでも、質問者の英語による質問に対して、また、ネット規制実施に関して言及するなど、強権的な一面もある。

これは、エルドアン大統領が、イスラム国家としてのオスマントルコ帝国の栄光を取り戻したいと考えていることが背景にある、と言われている。当然、これは領土的な拡大の野心を意味しているものではないが、トルコ国内にこうした価値観もあることや時々見せる国粋主義的な国内の動きについては、常に留意しておく必要がある。

治安の面では、現在、概ね社会は安定しているものの、それでも反政府デモが時々起こっている。これは他の国同様、社会の発展による貧富の差の拡大により不満が高まっているためだと言われている。また、周辺国と同様にトルコもISIS問題を抱えており、今年になってイスタンブール旧市街での自爆テロなども起きているなどしており、注意が必要である。

イスラム世界の中では日本や西欧諸国と価値観が近い国であるトルコとは言え、これだけの価値観の違いや社会的な問題を抱えており、イスラム世界の市場が如何に多様性に富み、ひとつの市場として捉えることができないか、ということがこれでも理解できると思う。