イメージ刷新でユーザー層の拡大に成功

かつて輸入車の格や品質が価格で判断されていた時代では、ラインナップの中で価格の安いCクラスはかつて「小ベンツ」と揶揄されたこともある。

「小ベンツ」という呼び方は、高い価格こそがメルセデス・ベンツの格と品質を消費者に保証するものであったことの裏返しだ。ステータス・シンボルであることがメルセデス・ベンツの存在理由であり、価格の安さ・手に入れやすさはベンツらしくない、ということだ。

そのためメルセデス・ベンツ自身が望む・望まないに関わらず「敷居が高い」ブランドと見られていたことは否めないだろう。それまでのメルセデス・ベンツは「最善か、無か」というブランド思想から質実剛健であることを積極的に打ち出していた。

品質の高さや信頼性は高く評価されていた一方、保守的で冷たいイメージが持たれていた。そして日本国内で販売台数の拡大を目指すメルセデス・ベンツ日本も、そのイメージが問題であることを認識していた。

新たなユーザーを獲得するために、2013年1月に発売された新型Aクラスのプロモーション施策として、オリジナルのアニメーション「NEXT A-Class」を制作してプロモーションを行った。有名クリエイターを起用した本格的なアニメーションはSNSやYouTubeで拡散された。

また2014年5月に発売された新型コンパクトSUV、GLAクラスでは、メインターゲットである30〜40代がかつて熱中したスーパーマリオブラザーズとコラボレーションしたプロモーションを行った。YouTubeでも公開されたこのCM動画は、公開から4カ月足らずで450万回以上の再生回数を記録したという。

このような従来のメルセデス・ベンツでは考えられなかったアイデアが実を結び、新型Aクラスの販売台数は約2カ月で5,000台を突破。国内では過去10年で最高の新型車販売立ち上がりとなったという。従来メルセデス・ベンツに関心のなかった層での購入に貢献したことは想像に難くない。

プレミアム・ブランドが販売ボリュームを増やすため、ユーザー層を拡大しようとしてブランドからすり寄る、ブランドから近づく、生活者の価値観やスタイルに迎合しようとするとブランド価値を下げて失敗するケースが多い。ブランドマーケティングの観点からは、ブランドを拡大しようとする場合は、もともと持っていたブランドの資産と反しないように別の価値を付加することが有効だ。

メルセデス・ベンツの場合はバリアになっていたコンサバティブさから脱却することが課題であり、従来持たれていた高品質イメージをベースに若々しくアグレッシブなイメージを付加しようと試みた。特に強固なイメージが確立しているメルセデス・ベンツのようなブランドが新たな方向性を目指す場合、従来のブランドマーケティングの枠では考えられないアイデアと決断が必要だ。メルセデス・ベンツはその両方に秀でていた。