3位の屈辱

マラソンの世界では、「トップを走っていた者が一度二位、三位に後退すると、トップの挽回は至難の業に近い」といわれます。企業社会でも、同様のことが指摘できるのではないでしょうか。

名門・東レに上席役員14人を飛び越して前田勝之助氏が社長に就任したのは、1987年4月のことです。直前の3月期決算で東レは業界首位どころか、三位に転落していたのです。後に「東レ中興の祖」と称された前田氏に背負わされた命題は、「トップ復活」以外にありませんでした。93年3月期にトップの座を回復した時、前田氏は「自信があったから引き受けた」と大見栄を切ったものです。

前田氏が執った首位奪還の処方箋は、大きく「急性肺炎治療」と「糖尿病治療」の実践でした。前田氏が「急性肺炎」としたのは、主力の繊維部門の大赤字でした。売上高の7割を占めながら、数十億円の赤字を垂れ流していたのです。前田氏は、3000品目に及んでいた繊維商品の一つ一つについて、過去5年間の損益計算書を作成させたのです。それをもとに、「増産」「減産」「撤退」の徹底を図ったのです。


五箇条のご誓文

繊維事業のスクラップ&ビルトと並行し、糖尿病と名付けられた「大企業病」との対峙が進められました。一口で言うと現場最優先主義です。
「企業に評論家は無用」と公言し、経営管理部門の社員を現場に出し、現場の人間を本社組織に配置するという策を、「血も涙もない社長に出くわした悲運と諦め、言う通りにしろ」と徹底したのです。

そして前田氏は、「各部門の長が曲がらなければ、企業は曲がらない」とし、自ら作り・名付けた「東レ・五箇条のご誓文」を部課長全員に携帯させ、「1日に3回は読み、体に叩き込め」と命じたのです。五箇条のご誓文とは、以下のようなものです。

①現実直視:
他社との競争をたえず頭において仕事をしているか!? もっと儲かる商品、もっと安く作るやり方はないかと常に考えているか!? 所属する部署の問題点を五つ即座に指摘できるか!?

②各論主義:
自分の仕事については、社の内外の誰にも負けない自負があるか!? 与えられた仕事をもっともはやく効率的にやる方法を、常に考え実行しているか!?

③競争原理の導入:
自分や部下に、能力以上の目標を、具体的かつ定量的に設定しているか!? 目標は昨年比、他社比を基準とし、より競争力を促す目標になっているか!?

④画一性の排除:
弾力的な管理体制が構築されているか!? 守れない規則や改定すべきすべき慣行の改善を、積極的にやっているか!?

⑤現場主義:
評論家はいらない。管理職はもちろんスタッフも、現場に出て共に汗し、相互改革をやっているか!?


緊張のエレベーター

東レ本社のエレベーターホールには、「お客様専用」「役員専用」等のエレベーターはありません。前田氏はちょっとでも手が空くと、エレベーターの乗り降りを繰り返したそうです。そして居合わせた部課長には誰かれなく、「○○君、所属する部署の五つの問題点は、いまはなんだ」と問いかけたそうです。

先祖代々から受け継いだ資産を着実に増やしていくのも資産家・富裕層なら、自らが信じ・確信する哲学を徹底し活かし、結果として資産を作っていくのも富裕層の在り方だと考えます。他人の言葉には耳を貸すな、と言っているのではありません。

自らが信じる考え方がしっかりしていて初めて、他人の言も咀嚼・消化し我が身の栄養としうると考えます。

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