深まり難い統合深化の議論

ユンケル報告書は6月25~26日のEU首脳会議に向けてまとめられたが、12年ファンロンパイ報告書のように中心的な議題としては採り上げられなかったようだ。6月の首脳会議の結論に関する8ページの文書で、この報告書に関する言及は「閣僚理事会に速やかな検討を要請した」とする3行に過ぎない。

ファンロンパイ報告書がまとめられた12年12月はユーロ圏内の財政危機の拡大がECBの政策決定でようやく落ち着いたばかり、EU首脳会議でも、ユーロ制度の強化が最優先議題であった。

しかし、今年6月の首脳会議では、急増する中東・アフリカからEUへの移民・難民の対応に関する協議に時間を割かざるを得ず、EUを取り巻く環境変化に対応した安全保障も議題となった。この2つの問題が、結論に関する文書の6ページを占めている。

また、ユーロ圏では、ユンケル報告書の公表からEU首脳会議までの期間は、6月末の期限を控えたギリシャの第2次支援協議が大詰めを迎えていた段階でもあり、統合深化の議論を深められるような環境にはなかった。ユンケル報告書が示したユーロ制度の完成型は、本来、期待されるよりも控えめなものだが、それでも、EUを取り巻く環境や、政治日程を考えると、ユーロ圏の統合を深化の議論を深め難い状況は続きそうだ。

◆緊急を要する移民流入危機への対応

EUへの中東・アフリカから移民・難民流入は「第二次世界大戦後で最大の危機」とされる勢いで拡大しており、当面、最優先の課題として取り組まざるを得ない。欧州対外国境管理協力機関(Frontex)によれば、2014年のEU域外からのEUへの移民の流入は前年のおよそ3倍の28万人に達したが、今年1~7月ですでに34万人に達している。

しかも、7月まで3カ月連続で過去最高の水準を更新、7月は2008年の統計開始以来、初めて月間で10万人を超えるなど勢いは衰える気配がない。1~7月の移民のうち、13万人超がギリシャに向かう「東地中海ルート」、10万人超がハンガリーに向かう「西バルカンルート」、9万人超がイタリアに向かう「中央地中海ルート」を通る。国籍別にはシリア、アフガニスタン、エリトリアなどからの流入が増えている。

6月首脳会議ではイタリア、ギリシャなど地中海沿岸国の受け入れ負担を加盟国で分担することで合意した。しかし、多くの国が数量割り当ての義務化には反対、自己申告に基づくことになった。結果として、当初期限の7月末までに自己申告での受け入れ数は目標の4万人に届かず、今年末までに期限を延長せざるを得なくなるなど、対応が追いついていない状況だ。

◆統合深化の意欲を削ぐギリシャ支援負担

ギリシャ支援の負担増大は、引き続き統合の深化への意欲を削ぐ要因として働く。8月20日に第3次支援が始動したが、9月20日には総選挙、その後、約束した改革の実行状況を見極める第1回の審査を控える。

審査で改革の実行が認められた場合、国際通貨基金(IMF)が求めるギリシャに対する債務減免を検討する予定だ。そのあり方を巡って、ドイツに同調する国々とその他の国々といった形で域内の亀裂が再び表面化するかもしれない。

◆政治日程

少なくとも2017年までは政治日程から考えても、従来の枠組みを大きく変えるような統合の深化は進展し難い(図表3)。

今年末から来年初めにかけて、スペイン、ポルトガル、アイルランドなど債務危機に見舞われた国々の議会選挙が予定される。統合深化の議論を先導する役割を負ってきたフランスとドイツも、17年春にフランスが大統領選挙と議会選挙、秋にドイツの総選挙が控える。

英国は、ユーロ未導入のEU加盟国であるため、ユーロ制度の強化と直接的には関わらないが、17年末までにEU残留の是非を問う国民投票を予定している。国民投票を前にEUに改革を求める方針であり、波乱要因となるかもしれない。

図表3 今後の主な政治日程

(i)銀行の包括査定については基礎研レター2014-10-31「欧州中央銀行の「包括査定」でユーロ圏は変わるか?」(http://www.nli-research.co.jp/report/letter/2014/letter141031.pdf)をご参照下さい。

伊藤さゆり
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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