今回調査の内容~ストレステストと定量的調査の同時併行

2015年5月、EIOPAは、年金基金を対象とするストレステストと定量的調査を並行して行なうことを発表した(*4)。

EIOPAのガブリエル・ベルナルディーノ議長は、発表時のコメントで、「年金基金はすでに低金利と長寿化という厳しい環境を経験してきている。年金基金セクターの鍵となる脆弱性は、低金利が長引くことにあり、それは財務マーケットにおけるリスクの再評価にともなう資産価値の下落とも連関している。今回のストレステストは年金基金やスポンサー企業、加入者、年金受給者に対して、そうした厳しいシナリオ下における年金基金の感応度の情報を、あらためて提供することに役立つだろう。」と、今回の調査への期待を述べている。

◆ストレステスト

ストレステストは、悪いマーケットシナリオ、および長寿化シナリオという2種類の逆風下における年金基金のリスクや脆弱性、それらに対する対応力を見ることに主眼が置かれている(*5)。

まず、DBやハイブリッド型を扱う年金基金に対しては、ふたつの市場ストレスシナリオと、ひとつの長寿化ストレスシナリオの下で、各国毎の法定バランスシートとEU共通の包括バランスシートそれぞれへのインパクトを評価する。

2つの市場ストレスシナリオは、ECB(欧州中央銀行)とEIOPAの協力のもと、ESRB(欧州システミックリスク理事会)によってつくられた、金利低下と株価下落の組み合わせの2通りを使用する。一方、長寿化ストレスシナリオについては、死亡率が20%改善したケース(その分、年金として準備すべき金額が増加する。)を想定している。

また、DCのみを取り扱う基金においては、経済環境の悪化など各種リスクが顕在化しても、将来受け取る年金額が減少する、というかたちで基金加入者が損失を負担する。従って、年金基金自体のバランスシート上は、常に負債と資産がつりあっており、これだけではリスクの顕在化による悪影響を見ることはできない。(前回調査ではDCは事実上対象外であった。)

そこで今回は、DCのみを取り扱う基金においては、代表的な3加入者(今から5年後、20年後、35年後にそれぞれ年金支給開始)の受取額がどうなるかを、5つのストレスシナリオ(即座に資産価格が下落するシナリオ2通り、2つの低金利シナリオ2通り、および長寿化シナリオ)の下で示すこととなっている。

なお、ストレステストは、年金基金セクターの資産が500百万ユーロを超える国で実施され、以下の17か国があてはまる模様である。オーストリア、ベルギー、キプロス、ドイツ、デンマーク、スペイン、フィンランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スロベニア、スロバキア、イギリス。

◆定量調査

定量調査(Quantitative Assessment)は、EU全体を対象に現在の各国の監督体制の中で、「包括的バランスシート」をどう活用できるかを検討するべく、年金基金のデータを収集するものである(*6)。

昨年の、年金基金のソルベンシー規制の発展の市中協議を受けての、引き続きの調査となる。先にも述べたように、包括的バランスシートについては作成負荷も大きく、その結果厳しい健全性評価がなされるなら、長期投資を阻害することにもなり、かえって有害だとの声もあるほど年金基金側からの評判は悪いようだ。

しかしEIOPAは、包括的バランスシートの考え方はそのまま採用するとして、プリンシプルベースの考え方を用いた責任準備金とスポンサー援助のバリエーションを、シンプルにする方向で修正するようだ。

その結果、ソルベンシーⅡで採用されたような、「ボラティリティ調整」や「マッチング調整」を今回の定量調査には取り入れるなど、最新のソルベンシーⅡの内容をとりいれつつ、一部簡単な計算にとどめている部分も多い。また、リスクマージンなどは詳細な(煩雑な?)計算方法を示しつつ、結局は簡単に、「責任準備金の8%」としてよいなど、先送りにしている部分もある。

時価ベースの責任準備金を計算するための利率については、2通り要求している。この点は前回調査と同じで、ひとつは「レベルA」という名称で、リスクフリーレートである。これはスワップレートを元に、終局金利を4.2%と設定している。もうひとつは「レベルB」という名称で、各基金の資産ポートフォリオに基づく期待収益率である。

SCRやMCRの計算は、ほぼ前回と同様のようである。MCRは「SCRの35%」とまだ仮置きの段階で、こうした点は将来踏み込んだ検討が行なわれると思われる。