スリランカ
(写真=Thinkstock/Getty Images)

歴史上、統治、分断、統合と様々な過程をたどってきた国は多く、時代とともに名前の変遷を遂げた国も少なくない。今回はその中でも日本から遠く離れた、決して馴染み深いとはいえない国々の名前の変遷について紹介したい。この中でいくつ知っているだろうか? ちょっとしたトリビアとして読んでみていただきたい。


タンガニーカ/タンガニーカ共和国——独帝国の植民地から英国領に

タンガニーカは1961年から1962年、タンガニーカ共和国は1962年から1964年に、アフリカ南東部でインド洋に面する場所に存在していた国家だ。64年にザンジバルと合併し、タンザニアとなった。

タンガニーカが存在していた地域は、19世紀後半にドイツ帝国の植民地となっていたが、第一次世界大戦後ドイツの敗戦に伴いイギリス領となる。その後61年に独立し、イギリス連邦王国の一国のタンガニーカとなるが、翌62年には共和制に移行する。


アビシニア(エチオピア帝国)——アフリカ最古の独立国

1137年(1270年など諸説あり)から1974年まで東アフリカに存在していた国だ。現在のエチオピア北部とエリトリアである。

英語圏および他の多くの国では「アビシニア」、同国内では「エチオピア帝国」と呼ばれていた。同国は、ヨーロッパ諸国によりアフリカのほぼ全土が植民地化されていた時代も独立を保っていたアフリカ最古の独立国だ。アフリカ諸国の中で植民地化を免れた国は同国の他はリベリアのみである。


アラウカニア・パタゴニア王国——フランス人弁護士・冒険家が国王に

1860年から1862年に南アメリカ大陸の南部に建国された国家である。現在のアルゼンチンとチリの一部だ。

1860年頃のこの地域では、原住民であるマプチェ族がアルゼンチンやチリの進出を食い止めるため武装抵抗を行っていた。1860年にこの地を訪れたフランス人の弁護士かつ冒険家のアルリ・アントワーヌ・ド・トゥナンがマプチェ族に共感し、アラウカニアの独立を宣言、自身は国王となった。

その後パタゴニアも同国の領域に含めている。だが地球上のどの主権国家にも同国は承認されていない。1862年にトゥナン氏はチリ政府に拘束され、後に同国はアルゼンチンとチリの領土となった。