トルーシャルオマーン——英国から「海賊海岸」と呼ばれるほど海賊の襲撃多発

トルーシャルオマーンは1820年から1971年にペルシア湾一帯に存在していたイギリスの保護領。アラブ首長国連邦の前身に当たる。

1820年以前は、この地でイギリスの東インド会社の船が度々海賊に襲撃されていたため、同国はイギリスから「海賊海岸」と呼ばれ、また同会社および英国と対立していたが、1820年に休戦協定を結んで英国の保護領となり、トルーシャルオマーンと呼ばれるようになった。「トルーシャル」は英語で「休戦の」の意味を指す。

トランスヨルダン王国——国名は「ヨルダン川の向こう」という意味

トランスヨルダン王国は、1921年から46年に中東・西アジアに存在していた国。現在のヨルダン・ハシミテ王国(通称ヨルダン)に当たる。同国が存在していた地域を含む地中海一帯は、オスマン帝国として栄えていたが、第一次世界大戦で敗退し、事実上解体された。

現ヨルダンがあった地域は19年にイギリス委任統治領パレスチナの一部となり、1921年にはこのうち、ヨルダン川より西がパレスチナ、東がトランスヨルダン王国とされた。「トランスヨルダン」とは「ヨルダン川の向こう」の意味がある。その後、トランスヨルダンは第二次世界大戦後の1946年に独立し、1948年に「トランス」という言葉が取れてヨルダンとなった。

セイロン——セイロンティーはスリランカ産紅茶の総称

現在のスリランカの位置に1948年から72年まで存在した立憲君主国。ポルトガル語ではセイラーン、アラブ語ではセレンディープと呼ばれていた。同国は、英連邦王国の一国だったが、72年に共和制に移行し、国名もスリランカ共和国に改称された。

同国がセイロンとなる以前は、イギリス領インド帝国の一部だったが、第二次世界大戦後にインド帝国の独立機運が高まり、その一部のインドやパキスタンが分離独立後、セイロンも独立した。セイロンと聞くと紅茶を思い出す人も多いだろうが、セイロンティーとはスリランカ産の紅茶の総称のことだ。 (ZUU online 編集部)

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