(本記事は、中林美恵子氏の著書『沈みゆくアメリカ覇権』小学館の中から一部を抜粋・編集しています)

クリントンは「戦略的パートナー」として中国を選んだ

パートナー
(画像=PIXTA)

1998年にクリントン大統領が中国を訪問した時は、日本にジャパン・パッシング(日本無視政策)の衝撃が走った。中国を「戦略的パートナー」とも呼んだ。同盟国の日本には立ち寄ることもなく中国に9日間も滞在した。一方の日本は、バブル崩壊で経済的なスランプが続き、安全保障の面でもアメリカに脅威となる要素は何もなく、アメリカが目くじらを立てる必要のない国に変質していった。日本側も、貿易摩擦問題では、クリントン政権のベンチマークと呼ばれた1995年の数値目標交渉を最後に、舞台を国際機関に移し、ルールに基づいた交渉へと舵を切ることによって、日米貿易摩擦を回避する手法を採った。それ以来、二国間交渉を避けることができた日本は、2019年の日米物品協定(TAG)まで、摩擦を上手に避けてきたといっていい。それも、ジャパン・パッシングの一因だったかもしれない。

ただし、大統領も学ぶものである。政権の後半になると、日米の安全保障問題を基軸に日米関係重視に傾き、1995年に策定された、「ナイ・イニシアティヴ」(ジョセフ・ナイ国防次官補らが中心になって策定したのでそう呼ばれる)に基づいて、アジア太平洋への関与を再定義した上で、日米同盟をその機軸と位置づけるまでになった。その後1997年には日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)を策定したのもクリントン政権であるし、冷戦後の新しい日米同盟の定義付けの役割も担った。その下働きをしたカート・キャンベル国防次官補(当時)も大変な日本通で、上院予算委員会に働いていた筆者も2度ほどペンタゴンに招かれて会話する機会を得ている。筆者は共和党で先方は民主党の政治指名職だったが、安全保障や外交のプロは、政党色を気にする傾向が低いことを痛感させられた。

ブッシュ政権時代になってからは、小泉純一郎総理とブッシュ大統領の蜜月が続いた。その頃、ブッシュ大統領にはテロとの戦いで敵が外に存在し、アメリカに全面的なサポートを表明する日本の存在は貴重であった。第1次安倍政権の時代になると、靖国神社参拝やアジアの近隣諸国との摩擦を懸念したアメリカが安倍政権との関係でギクシャクした。次の福田康夫総理はアジア重視のスタンスだった。

オバマ政権が発足した2009年、電話の首脳会談で日本は十数番目だった。ただし、外国首脳のホワイトハウス訪問は、麻生総理が最初の外国要人となった。そしてオバマ政権発足間もない2月16日、ヒラリー・クリントン国務長官が就任後初の外遊先に選んだのは日本だった。親日ぶりを強調し、北朝鮮拉致被害者の家族との会談も行った。その後長官は中国を訪れたが、時はリーマンショックの金融危機後。アメリカ発の世界金融危機を救ったのは中国という現実もあった。

その年の11月14日には、オバマ大統領が東京でアジア外交演説を行ったが、まだ新興国とみなされていた中国はそのバランスのとり方が微妙だった。アジア太平洋の重要さを強調した上で、金融経済や気候変動への対策、そして核不拡散を優先課題として、中国の人権問題などには触れることはなかったのだ。むしろ協力パートナーとして密接な関係を築いていきたいというスタンスのスピーチだった。アジア外交演説を東京で行うという点も、とりあえず日本重視の気遣いはあった。それでも中国関与政策は、オバマ政権の基本スタンスだったといえよう。

もう1つ、オバマ政権の構想としてTPPがある。これは自由貿易協定ではあるが、目的は経済的かつ安全保障上の中国包囲網であるとされたのは周知のことである。世界のGDP40%を占める国々が国際的貿易ルールを築き、それに中国が入りたければルールに従うことを強制する仕掛けになるはずだった。2015年6月、オバマ大統領はラジオ番組のインタビューで、アジアの近隣諸国がTPP協定を締結すれば「中国は少なくとも国際基準を考慮する必要が出てくる」と述べている。

しかし一方でオバマ大統領は、地球温暖化のようなグローバルイシューを克服する理想にも燃えていた。パリ協定の締結は中国の協力を得たからこその大きな外交成果になったともいえる。そうこうしている間に、中国は海軍力を強化し南シナ海や尖閣諸島に進出していたことも事実である。日本の安全保障を優先してもらえないことのもどかしさが、ここにあった。中国に関して言えば、アメリカにはグローバルイシューへの関心よりも、日本の安全保障を優先してもらいたい、というのが日本の本音だ。

さて、オバマ政権の政策を覆したトランプ大統領の中国政策は、周知のとおりだ。貿易相手だった中国が、安全保障も含めた仮想敵国として浮上すればするほど、日本の存在感は増すことになる。また中国側から見ても、日本は大事なカードとして映ることになる。日本の努力もさることながら、全体の力学が影響して起こる事象である。

戦略的に多国間で協力して中国の対外的な行動が変わるように仕向ける

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(画像=unshu/adobe.stock.com)

もしバイデン政権が誕生した場合は、まずトランプ大統領のバイラテラル(多国間よりも二国間の関係を重視する)な交渉スタイルを否定することから始めるだろう。バイデン氏は当初から国際協調、特に同盟国との協調を主張してトランプ氏との対立軸に据えている。アメリカ・ファーストのスローガンも政権から消えることだろう。民主党政権がトランプ政権のさまざまな政策を覆すのは確実だ。問題はその覆し方である。

リベラル派の回答は、2020年7月の外交問題評議会のリチャード・ハース氏の論陣にそのヒントがちりばめられている。グローバルな視点を取り入れて中国に「グローバル・スタンダード」を受け入れざるを得ない環境を作ろうという訴えである。理屈としては、中国の非民主的な内政をアメリカが変革してやろうというのは不可能で傲慢すぎるから、戦略的に多国間で協力して中国の対外的な行動が変わるように仕向けるだけ、というものである。

その考え方によれば、少なくとも中国を糾弾するような激しい言葉の応酬はバイデン政権からは飛び出さないと予想される。選挙中はトランプ氏と競って激しく中国を糾弾してきたものの、リベラルなアプローチは、関与と囲い込みを重視する。ただしアメリカ国民や専門家の間ではすでに、中国の脅威が経済や安全保障を脅かすものであることが、広く認識されるようになってしまっている。

「中国に関与しても中国は変わらない。それなら、競争で勝つしかない」

と、ある上院議員の筆頭スタッフで元同僚の友人が筆者に言った。中国が経済的に成長すれば自然に民主化が進むだろうというナイーブな期待が完全に誤りだったという理解は、政党を超えて共有されている。

このように中国がアメリカの仮想敵国あるいは競争相手として存在し続ける可能性が高い限り、アメリカにとって日本はかけがえのないアジアのパートナーとなるだろう。多国間で、中国が国際ルールに従うように仕向ける意味でも、アメリカに不可欠な信頼できる同盟国として日本は位置づけられる。バイデン氏は、トランプ氏の二国間交渉のように、同盟国がバラバラでいるのではなく、協力して力を発揮することによってのみ、「中国との競争」と「反トランプ政権の道」を「両立」させることができるとする。民主党内でも、中国の内政を変えようと願う関与の政策は、すでに完全に葬り去られている。

しかしながら、バイデン政権なら共産党と競争しながらも中国とは共存しようとする手法がやや上品で、歯がゆさが残るという予想もある。アメリカが理知的に対処したところで、中国共産党が困り果てて対外的な行動を変えるかは大いに疑問が残るからだ。しかし、日本が中国と共存したいそぶりを見せながら、アメリカには対決姿勢で臨んでほしいとするならば、同盟国とはいえ筋が通らない話だろう。

さらに、どのような人物が新しい政権の中で忠臣としての実力を発揮し台頭して側近になるかによっても、日本の扱いに微妙なニュアンスの違いが出てくるかもしれない。たとえば、オバマ政権およびバイデン副大統領の下でその能力を高く評価されたジェイク・サリバン氏などは、クリントン国務長官に対中強硬的なアドバイスをしていたとされる。米誌『ニューズウィーク』に掲載された2020年7月の同氏の共著記事によれば、「中国のすぐそばの地域の大国で、しかも中国より強大な超大国で(アメリカの)同盟国でもある国がある。それが日本」とも記述している。「中国が(日本から台湾、フィリピン、インドネシアへと続く)『第1列島線』の先まで影響力圏を広げるには日本が大きな障害になる」としており、日本への期待はおそろしいほど高い。

現時点では、誰が新政権で影響力を持つようになるのかは、まだ分からない。それは、日本が受け身でいてはならないということを意味する。もし日本が、中国に対して厳しいアメリカの存在を望むなら、そのように仕向けるのが日本の役割であろう。そのような働きかけも無理というのなら、何のための同盟国なのか自問自答せねばならない。また、日本のリーダーシップの知恵に当の日本人有権者が疑問を持たねばならないことになる。大統領選挙の結果が見える前に、日本は自国の方針と戦略そして人材の配置を整えておく必要がある。

沈みゆくアメリカ覇権
中林美恵子
埼玉県深谷市生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了、博士(国際公共政策)。米国ワシントン州立大学大学院政治学部修士課程修了、修士(政治学)。米国在住14年間のうち、永住権を得て1992年にアメリカ連邦議会・上院予算委員会補佐官(米連邦公務員)として正規採用され、約10年にわたり米国家予算編成に携わる。『日経ウーマン』誌の政治部門「1994年ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞、1996年アトランタ・オリンピック聖火ランナー。2002年に帰国し、独立行政法人・経済産業研究所研究員、跡見学園女子大学准教授、米ジョンズ・ホプキンス大学客員スカラー、中国人民大学招聘教授、衆議院議員(2009〜2012)などを経て、2013年早稲田大学准教授、2017年より教授。

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