無し
(写真=PIXTA)

社会に出て結婚し、子どもを授かる。その子どもが成長するにつれ、教育資金の負担に悩まされている人は少なくないだろう。親になり、あらためて自分を育ててくれた両親のありがたみが身に沁みる人も多いのではないだろうか。どんなに時代が移り変わろうとも、子を想う親の心は不変である。しかし、日本経済を取り巻く環境は大きく変化しており、かつてのように教育資金の負担に合わせて、収入の増加を期待するのも難しい情勢である。そこで今回は「教育資金と生前贈与」について考えたい。

増大する教育資金に対応するのは厳しい

日本FP協会の「くらしとお金のワークブック」によると、子どもの教育資金は幼稚園から高校までが公立、大学は私立というケースの場合、約950万円が必要とされている。しかし、実際には学習塾や私立幼稚園・小学校等を利用するケースに加え、医学系や芸術系など選択する進路によって、教育資金も2倍3倍と増大する。

高度経済成長期のように、40代以降に賃金ベースの急上昇が期待できなくなった昨今の状況を考えると、教育資金の増大に対応するのは厳しいと感じている読者も少なくないことだろう。止むを得ず子ども自身に将来の返済を課す、奨学金の利用を決めた家庭も多いのではないだろうか。

そうしたなかで、いま「教育資金贈与信託」が注目を集めている。祖父母から孫世代への「教育に限定した」贈与信託は、一定金額まで非課税にすることのできる制度だ。

祖父母世代から孫世代へ教育資金を一括贈与する

平成25年4月から開始された「教育資金贈与信託」は、直系尊属(祖父母世代)から30歳未満の子や孫への教育資金の贈与について、「1,500万円までの贈与は非課税になる」という特例制度である。通常、相続開始3年以内の贈与は相続時に「相続財産」に加算する必要があるが、この教育資金は対象外となる。当初は平成27年までの有限措置でスタートであったが、税制改正により平成31年まで延長されている。

親から子へ、扶養親族間の教育資金贈与はもともと非課税だったが、この関係を祖父母から孫へ拡大した措置である。祖父母の立場からしても、生前の資産移転として相続税対策になるメリットがある。

ちなみに、ここでいう教育資金とは、主に学校や塾の学費のことを指す。制度開始直後は該当するか不透明だった通学定期代や留学渡航費についても、平成27年の税制改正で対象に追加された。

実務上の方法としては、祖父母世代が信託銀行などの金融機関に資金を預け入れ、親世代(子ども)との間で信託契約を結び、孫世代の教育資金に限定した支払いを進める方法で遂行される。

教育資金贈与信託を活用する場合の注意点

この教育資金贈与信託、いくつかの注意点があるので合わせて確認しておきたい。

①期間満了および教育資金以外の使用の場合

一括管理している信託資金を利用していたが、孫が30歳に達して期間が満了を迎えた、或いは教育資金以外への使用が判明してしまった場合は、贈与税の課税価格に算入されるので注意が必要だ。

②先に生まれた孫が優先ではない

この制度が導入されてまもなく3年を迎えるが、祖父母世代から孫世代へ効果的な財産移転となる一方、相続が「争族」となるケースも想定される。たとえば、長男の孫が産まれるタイミングで、上限いっぱいの1,500万円を孫に贈与した。ところが数年後に生まれた次男の子どもには1,500万円を渡せるだけの余裕はなく、不公平感を残すといったケースである。また、ライフスタイルの違いにより子どもを設けなかった長女は、当然教育資金贈与信託の対象にはならない。こうしたことが将来的に「争族」の火種となる恐れがある。

上記②のケースでは、亡くなった後に発生する相続において、法定相続分通りに均等に財産を分けたとしても「教育資金贈与信託を含むと結局、長男の子どもばかりが得をしている」との不満を助長する恐れがある。そもそも家族間のトラブル回避に良かれと思って取り組んだ生前贈与が、「争族」を発生させるきっかけとなってしまうことさえあるのだ。

生前贈与をスムーズに進めるために

これらの問題を事前に防止するためには、生前贈与の全体像を描くことが大切だ。祖父母世代のみで考えるだけではなく、複数世代を交えた「一家」として話し合いの時間を持つことが必要だろう。資産を所有する祖父母世代、資産を必要とする親世代、そして資産を活用する孫世代が話し合うことで、スムーズな資産移動を協議したい。

協議と聞くと堅苦しい印象を抱かれる人もいるかもしれないが、むしろそうした時間を孫の成長を披露する一家の「イベント」として演出すれば、祖父母世代にとってもこれほど嬉しいことはないだろう。また、兄弟姉妹も結婚すると疎遠になってしまいがちである。そこで兄弟姉妹だけでなく、それぞれの配偶者も一緒に顔を合わせ、昔話に花を咲かせる時間をつくることも大切だ。

教育資金贈与信託を「争族」の火種にするのではなく、一家の絆を深める「イベント」として上手に活用することが、スムーズな生前贈与の秘訣といえるだろう。