◆労働分配率と雇用調整

もう一つ、今の議論との関連で注目していかなければならないのが労働者への配分です。労働分配率。ここでは、GDPベースでの話になっています。全体のGDPのうち、労働者への雇用者報酬の比率がどう変わったのかというもの。

これについては皆さんご存じのとおり、日本では長期的に見て下がっています。一時期、1983年のころは70%を超えていて、国際的にもかなり高い水準を取っていました。これがずっと下がるということです。

では、他の国はどうか。他の国では、ドイツは横ばいか若干下がり気味かなと思うのですが、アメリカにおいて、あるいはフランスにおいても、どちらかというと右下がりという関係が生まれていそうです。よく日本でいわれたのが、景気が悪くなっても日本企業は労働者の生活、あるいは雇用を保障するという観点から、どうしても労働分配率は上がるということです。

今度は景気が良くなってくると、その分だけ企業の取り分が増えて、今度は労働分配率は下がるという波を描いていましたが、その波は20~30年というロングタームで考えると、ほぼ横ばいというのが、経済学が今まで教えてきたところです。

ところが、今まさにOECDでも問題視されているのですが、全般的に、ほとんどの先進国において、労働の取り分や分配率の方が下がっています。

企業の方はグローバル化していく。ところが労働者の方は、必ずしもそれほど国を超えた移動が頻繁になっているわけではないということで、グローバル化というのは、資本が豊富で、労働が相対的に希少価値である先進国では、ある意味で、労働者にとって不利な影響をもたらすのではないかといった指摘も行われています。

こういう動きの中で、企業としては、資本市場も国際化し、人件費を抑制するようなことが求められてきたのだと思います。これがまさに失われた20年の間に進展してきた。そういう動きだったと思いますが、その中で何が起こってきたのか。

これもよく経済学で使う概念ですが、雇用調整速度という概念をよく使います。雇用調整速度とは、例えば景気が悪化して企業が抱えた過剰雇用を解消していくスピードはどうかという概念です。

例えば、日本は、1980年から1996年の間、0.21でした。これが1997年以降、先ほどのターニングポイント以降には0.30まで上がりました。この速度の逆数1/0.21は、過剰雇用を解消するまでに5年間を要するという数字として使われます。

ところが、0.3ということですから、今は3.3年で、かつては5年かかっていたのが3.3年で解消されるというように、非常にスピードアップしてきている。

これはある意味では、正社員の雇用は一見守られているように見えるけれども、そこでも雇用が削減されたり、さらには有期雇用の雇い止めという形での調整が進んできたと言えるのではないかと思います。

アメリカは0.67ですから、1.6年ぐらいで解消してしまいます。やはりレイオフ制度を持っているアメリカは、早いスピードで雇用が調整されるということが分かりますが、イギリスも0.45だったのが0.70まで上がっています。スピードアップしています。

ドイツは別なのですが、フランスも0.44が0.52となってきている。どうしてドイツはスピードアップしていないのかというときに、よく言われるのが、経営の意思決定のボードの中に労働者の代表が入っていることによって雇用調整のチェックがなされていくからだといわれていますが、そこは今研究が進んでいるところです。

総じて多くの国でスピードアップして雇用調整がなされるようになった。このことは何を意味するかというと、失われた20年の間に、かなりぎりぎりの雇用調整を進めてきた、人員削減が進んできたということです。

今回のように少しでも景気が回復して仕事が増えていくことになると、今度は急激に人手が足りなくなり、一斉に求人が増えていくということがあります。

その一方で、生産年齢人口の減少により、働ける人数は、天井が低くなってきていると言えます。従って、雇用調整で人数を増やすという局面に入ったときには、すぐに天井にぶつかってしまうという側面が今の状況を描写しているのではないかと見て取れます。

※次回「「労働力減少と企業」中編 労働力人口の減少【人手不足時代の企業経営】」は2/12掲載予定

ニッセイ基礎研究所 2015/10/22シンポジウム 基調講演

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