◆物価の下押し圧力強まる

消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は、エネルギー価格の大幅下落が続く中でも今のところゼロ近傍で踏みとどまっている。消費者物価指数の調査対象品目を前年に比べて上昇している品目と下落している品目に分けてみると、上昇品目数の割合が7割近くなっており、引き続きエネルギー以外の物価上昇圧力は強い。

政府が消費税率引き上げ時に価格転嫁を促す政策をとったこともあり、企業の値上げに対する抵抗感はかつてに比べて小さくなっており、原材料価格の上昇に対応した価格転嫁は比較的スムーズに行われるようになった。しかし、足もとでは原油価格の大幅下落や円高の進展を受けて輸入物価は大幅に下落しており、川上から川下への価格転嫁が進むことにより、消費者物価の下押し圧力が強まる可能性がある。

また、消費者物価は為替レートだけでなく、需給バランス、予想物価上昇率、賃金動向などによっても左右されるが、景気の低迷が長期化していること、現実の物価上昇率の低下を受けて家計、企業の予想物価上昇率も低下傾向にあること(図6、7)、春闘賃上げ率が前年を下回ることが確実となったことなど、物価を押し下げる材料ばかりが目立つようになっている。

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◆円高による企業収益、消費者物価への影響試算

最後に、当研究所のマクロモデルを用いて足もとのドル円レート(1ドル=109円)が続いた場合の先行きの経常利益、消費者物価への影響を試算した。先行きの経常利益、消費者物価は過去の為替レート変動の影響も受けると考えられるため、2013年1-3月期以降の累積的な影響を積み上げることによって四半期毎の押し上げ幅を計算した。

円安による経常利益の押し上げ幅は2015年7-9月期がピークとなっており、その後押し上げ幅が縮小していく。一方、消費者物価は2016年1-3月期まで押し上げ幅が拡大し、2016年4-6月期からその効果が減衰していく(図8、9)。

さらに、各四半期の押し上げ幅を前年同期と比べることにより為替レートの変動による前年比ベースの影響を計算すると、経常利益は2016年4-6月期、消費者物価は2016年10-12月期にマイナスに転じるという結果となった。

特に、経常利益は2016年7-9月期以降、前年比で▲5%を超えるマイナスとなっており、現状の円高水準が続いた場合、2016年度に増益を確保することがかなり困難となることを示唆している。

また、当研究所では消費者物価(生鮮食品を除く総合)は2016年3月に下落に転じた後、しばらくマイナス圏で推移するが、原油価格が持ち直しを続けること、夏場までに円安基調に戻ることを前提に2016年末までにプラスに転化すると予想している。しかし、現状程度の為替水準が続いた場合、2%の物価目標はおろか2016年度末までにプラスに転じることも難しくなりそうだ。

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もちろん、円安に弊害があったのとは逆に円高にもメリットがある。たとえば、名目賃金が伸び悩む中で円安によって物価が上昇したため、実質所得が目減りし家計の生活は苦しくなった。春闘賃上げ率が前年を下回ることが確実となり名目賃金の伸びが加速することは当分見込めないが、円高によって物価が下がれば実質購買力の上昇を通じて個人消費の押し上げに寄与することも期待できる。

アベノミクスが始まってからほぼ一貫して円安が続いてきたため、円高で何が起きるのか未知数の部分も多い。最悪の場合には円安効果で改善してきたものが無くなるだけに終わってしまう恐れもある。アベノミクスは正念場を迎えるとともに、その真価が改めて問われていると言えるだろう。

月次GDPの動向

2016年2月の月次GDPは前月比1.2%と2ヵ月連続で増加した。うるう年による日数増の影響で民間消費が前月比2.4%の大幅増加となったことがGDPを大きく押し上げた。

現時点では、2016年1-3月期の実質GDPは前期比0.2%(年率0.8%)と2四半期ぶりのプラス成長を予想しているが、うるう年の影響を除けばほぼゼロ成長とみている(GDP統計では季節調整をかける際にうるう年調整が行われていない)。

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斎藤太郎(さいとう たろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 経済調査室長

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