働くこと自体が強いストレスとなる
モチベーション理論として有名なマズローの欲求5段階説でみると、前述のような経済状況では、生理的欲求や安全欲求といった低次の欲求が満たされなくなる不安を感じる。この状態では人はモチベーションなど上がらず、働くこと自体が強いストレスとなる。
ここで初めて長時間労働が関係してくる。仕事が強いストレスになっている状態に長くさらされるほど心理的負荷は高くなり、結果、精神障害や過労死を引き起こすリスクも上がるのだ。また、強い心理的負荷は、判断力を奪う。自殺者が急増したのは、そのせいだろう。
精神障害を引き起こすもう一つの問題
長時間労働自体ではなく、賃金や生活への危機感が大きな心理的負荷になることは分かったが、もう1つ、仕事において大きなストレスとなるものがある。それは人間関係だ。
冒頭で挙げた、精神障害の労災補償状況をよく見ていくと、「1ヶ月に80時間以上の時間外労働を行った」「2週間以上にわたって連続勤務を行った」といった長時間労働に該当するケースの労災認定率は確かに高い。
全体の認定率が36.1%であるのに対し、この両ケースはどちらも65%を記録している。しかし、精神障害を発病した理由として申請を受理し、審査された件数自体は実は少なく、合わせても全体の1割に過ぎない。
最も多かった理由は人間関係である。「ひどい嫌がらせ・いじめがあった」「上司とのトラブル」「同僚とのトラブル」「部下とのトラブル」合わせて、実に全体の35%を占める。それぞれ労災認定率は39.7%、8%、4%、10%と、嫌がらせのケース以外はかなり低くなるが、あくまで労災と認定されづらいだけで、多くの労働者にとって、長時間労働よりも職場の人間関係の方が、より強いストレスとなっているのは明白である。
ちなみに、再びマズローに当てはめるなら、職場の人間関係は、これも低次の欲求の一つとされる「社会的欲求」に当たるものだ。低次の欲求が満たされない状況では、やはりモチベーションは上がらずストレスになる。
いかがだろうか。こうして見ると、長時間労働自体は大きなストレス要因にはなっていないことがよく分かるのではないだろうか。長時間労働は、生活の不安や人間関係のトラブルと合わさることで、初めて大きな問題となる。逆に、生理的欲求や安全欲求、社会的欲求が満たされていれば、多少労働時間が長くても、得てして人は意欲的に働けるものだ。
長時間労働を勧めるつもりはない。法で定められた範囲で収めるべきだ。しかし、企業が従業員のメンタルヘルスに取り組むのであれば、単に労働時間を管理するだけでなく、従業員が安心して働ける環境づくりのため、まずは待遇面や人間関係の見直すことをお勧めしたい。
藤田大介 DF心理相談所 代表心理カウンセラー この筆者の記事一覧