ナッジ,放置自転車
(写真=PIXTA)

現代の魔法と言われる「ナッジ(nudge)」、これは肘(ひじ)で軽く付くと言った意味だが、行動経済学においては人々がより良い選択をするよう促す戦略として知られている。今回は、ナッジが具体的にどういった形で活用をされているのか検証してみる。

身の回りにある「ナッジ」

ナッジという言葉は知らなくても、ナッジを活用した例は身の回りに数多く存在する。ナッジの活用例として、最近話題になった面白い例が京都にある。

放置自転車に悩まされていた京都の雑居ビルオーナーによる張り紙の文言が、実にユニークで面白いと話題になった。

それは「ここは自転車捨て場です。ご自由にお持ちください」という文言で、「自転車を放置したら、誰かに持って行かれても知らないよ」という意味なのだろう。苦肉の策とはいえ、実に上手くひねった張り紙である。

この張り紙は効果てきめんで、その後はビル内に自転車が放置されなくなったという。法的には多少問題があるようだが、自転車を放置しないという選択をさせるための有効なナッジだったといえる。

その他にもナッジの身近な活用例があり、スーパーマーケットに意外と多い。
・通常の野菜売り場とは別に地元の無農薬野菜の産直コーナーを設ける
・国産食材と輸入食材の区別や産地を明記して陳列する
・無添加の手作り食品のコーナーを設ける
・店長が厳選したオススメ商品を目立つ場所に置く

食品を販売する際に、小麦粉や卵などアレルギーを引き起こす材料の有無を表示して陳列する。また、弁当や惣菜にカロリーを表示して、カロリーが低い順に並べるというのもナッジの活用である。

これらのナッジによって、買うつもりのなかった品物を知らないうちに買ってしまった経験があるという人は少なくないだろう。

ナッジが持つ役割

ナッジは、基本的に金額を提示することで選択を促すものではない。よって、1パック400円が3パックで1000円といった表示はナッジの活用とはいえない。あくまでも、より良い選択を促すためであり、売る側の都合や思惑で誘導するためのものではない。
上記の活用例は、何れも価格で誘導しようとはしていない。消費者が自分のニーズや価値観に従って、より良い選択をする指標としての役割を持っているのである。

消費行動への影響

たとえ形が歪でも、地元の農家が作った無農薬のキュウリなら安心で美味しいと思えば、産直のキュウリを買うだろう。地元の産直野菜はやすいというイメージがあるが、価格は二次的な要素である。

国産牛肉か輸入牛肉か、どちらを選ぶかは個人の判断だが、国産が安心と思う人にとっては大事な選択肢である。具体的な産地やランクも表示されていれば、こだわりのある人は高くてもA5ランクのブランド産地牛肉へと誘導される。

近年は「食」に対する強いこだわりを持つ、マクロビオティックを実践する人々が増えつつある。基本は無農薬・自然農法の穀物や野菜を中心とした食事であるため、添加物を使用した食品は敬遠される。

そういう食生活を実践する人にとって、添加物の有無は大事な選択基準になる。また、ア食物レルギーがある人は、その原因となる食材を避ける必要がある。ダイエットなどでカロリーを気にする人なら、好き嫌いより低カロリーを優先して選択するようになる。

店長、つまりその店の責任者が勧めることにはインパクトがある。その上、常に良品を提供している実績があれば、「店長のおススメ」というフレーズに思わず誘導されて購入してしまう顧客は多いだろう。

ナッジ理論への賛否

米国の法学者キャス・サンスティーン教授と経済学者のリチャード・セイラー教授は、ナッジ理論はリバタリアンとバターナリズムの中道で「リバタリアン・パターナリズム」であると唱えている。
これは、権力の干渉に対して個人の自由を擁護する自由論者であるリバタリアンの考え方と、権力が個人の生活に干渉し一定の制限を加えることを肯定するバターナリズムは本来相反するが、双方を矛盾させることなく両立させようという考え方である。

アメリカのオバマ大統領は政府機関に対して、政策策定の際に行動経済学の成果を取り入れて検討するべきといった旨の大統領令を発している。これは、政策スタッフにナッジを活用するように指示したと捉えてよいだろう。

一橋大学の教授で法学者の森村進氏は、「リバタリアン・パターナリズム」を否定はしないものの懐疑的な見解を提示している。
懐疑的になる理由の一つとして、「リバタリアン・パターナリズム」は“飲食や喫煙といった世俗的な領域で、人々の価値観の多様性への十分な感受性を持っていないように思われる。”と語っている。

米国の経済学者であるデヴィッド・フリードマン氏もナッジ理論に否定的で、「リバタリアン・パターナリズム」の実効性に異議を唱えている。

そもそも行動経済学とはどんな学問?

行動経済学というのは、伝統的な経済学から様々な研究を経て生まれた分派の一つである。伝統的な経済学では、経済的合理性と利己的な思想に基づいて行動する経済人(ホモ・エコノミクス)を基準にして経済理論を展開している。

一方、行動経済学では、人間はその時の気分や好き嫌い、感情を優先させて不合理な行動をとることがあるのを前提としており、この点が伝統的な経済学と大きく異なる。

経済活動において、人間が気分や感情のもとに不合理な行動をとるメカニズムを究明しようとするのが行動経済学である。

マーケティングに行動経済学を取り入れるとするなら、人間の持つ合理性と不合理な行動心理の双方を考慮したうえで、適正に誘導する仕組みを作ることがポイントになるだろう。(ZUU online編集部)