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(画像=Webサイトより)

「2050年には農業人口が半減し、100万人程度になり、そのうちの3割は85歳以上」——今年10月に日本の農業に関し、ショッキングな試算が出た。

今国会の最大の焦点である環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)承認案の早期成立に向け、自民党の農林水産業骨太方針策定プロジェクトチームはこのような試算をまとめ、国民に農業改革の必要性を訴えた。そのチームをまとめるのが、党農林部会長の小泉進次郎氏(35)だ。

小泉氏はこのところ、農協関連団体に対する発言で注目を集めている。
「(農林中金について)農業融資はなんと0.1%。だとしたら農林中金はいらない」
「つまびらかにしたいことの一つが、農業機械や肥料、農薬などの生産資材の価格がなぜこんなに高いのか」
「僕が、生産者起点の農政から、消費者起点の農政に転換します」

将来の首相候補の常に上位にいる小泉進次郎氏。農業にこれ程までに力を入れている理由とは。

日本の農業を取り巻く状況

日本の農業に関する統計では、例えば農業総生産額は1984年の11兆7000億から2011年には8兆2000億に減少している。この減少額のほとんどが米の減少である。米に関しては高い関税をかけ海外生産の米の流入を防いできた最も保護されてきた農産物である。

耕作放棄地については1995年の24.4万haから2015年には42.4万haと20年で1.7倍も増えている。

一番深刻な問題としては、農業就業人口は2015年が209万人と5年前から20%近く減少している点である。農業の担い手が急速に減っているのだ。

農業・農協改革が進まなかった理由

データだけ見てもこれ程までに顕著な衰退をしている農業に対し、政治はなぜこれまで抜本的な改革が出来なかったのだろうか。それは、戦後史上最大の圧力団体と呼ばれている農協という組織と、農協を集票田として長期政権を維持してきた政党の相互的な関係があったからだ。

この政治と農協との関係性を変えようとした動きも過去にあった。進次郎氏の父親である小泉純一郎氏である。

小泉純一郎首相が郵政民営化法案を可決させようとしたと同時期に、首相の諮問機関である規制改革・民間開放推進会議(議長・宮内義彦オリックス会長)は「中間報告(案)」を纏めようとしていた。

そこには「農協事業の分離・分割」という大胆な農協改革案が盛り込まれていた。具体的には、▼現在の農協が総合的に運営している信用(貯金)・共済(生命・損害保険)・経済(物品の販売・購買)の3事業を分離、▼不正取引を防止するため農協に対する独占禁止法適用除外を見直す、▼会計監査を第三者機関に委ねる−−という内容だった。結局、自民党農林族や当時のJA全中からの猛反発により、中間報告に盛り込まれることも見送られ、先送りされた過去があった。

安倍政権の農協改革とは

小泉政権時代に踏み込めなかった農協改革に対し、安倍政権では成長戦略の一つの柱として、そして農業改革の重要な問題として現在進めている。今回の農協改革のねらいは次の3つである。

(1) 農業の成長産業化に資するよう、農協制度を60年ぶりに抜本改革
(2) 単位農協が自立し、創意工夫を発揮して農業者の所得向上・農業の成長産業化に全力を挙げる
(3) 単位農協を的確にサポートできるよう、連合会・中央会のあり方も見直す

この達成のためターゲットが、農協の巨大な組織の中で主に中央会、全農、単位農協だ。

「中央会」(いわゆるJA全中・JA県中)では、もともと中央会制度は経営危機に陥った農協組織を再建するために中央会が農協に強力な指導権限を持たせて導入された経緯があり、現在は農協数が急激に減少したことにより抜本的に改革されることになった。具体的に、単位農協に対する監査・指導権の廃止が昨年8月の改正農協法成立にて実施済みである。

「全農」では、JA全農の役割として農業者の所得向上を図っていくために、農産物販売等で単位農協をサポートする役割があるが、JA全農は地域農協が出資する相互扶助組織であるがゆえ、今後農産物のグローバル化への対応が難しいと見られている。このため民間企業との資本・業務提携など農業の競争力強化のためJA全農の株式会社化を目指している。

「単位農協」は、農業従事者や農業を営む法人によって組織された協同組合であり、最も地域に根ざした組織である。このため単位農協は政治的な集票力があるため抜本的な改革は進めにくい。そこで、自立した農協や創意工夫している農協を奨励し、農林中金のサポートを強化したり、より地域の実情にあった組織形態を選択出来るようにしたり規制緩和を進めていくこととした。

進次郎が指摘する農協の問題点

進次郎氏は、党農林部会長になる以前の東日本大震災にかかる復興大臣政務官時代から、地方の農家を多く訪問し、現在も農林部会長として全国を回っている。

この訪問の中で、農家や農業関係者が自ら創意工夫し、農業を確りと稼げる産業として成り立たせている取組みを見てきた。また他の産業との連携やIoTを始め先進技術を用いた農業を数多く見ている。

一方で、そのような意欲ある取組が、地域の農協を中心とした保守的な制度によって広がりを阻まれている現実なども感じていたはずである。

大事なのは、協同組合という性質である。農協は農業協同組合のことであり、協同組合の一種であるが、現在協同組合の役割は農業に限らず大きな曲がり角に立っているといえる。

協同組合はその理念として、「非営利」「組合員の相互扶助」等が基本理念としてある。これは大企業に比べ経済的に弱い立場の小規模事業者が、連携して安定的な利益確保を図ることを目的にして歴史的な知恵から作られてきた経緯がある。しかしながら、組合の弊害として、突出して儲かっている組合員の足を引っ張ったり、全員が同じ立場である「同調圧力」が生まれ易く、経営や技術の進歩が生まれにくい面があると思われる。勿論、先進的な取組を行っている組合も有るのは間違いないが、まだまだ少ないのが現状である。

進次郎氏は、そのような弊害面が大きくなりすぎてしまった農協組織に対し、大きな危機感を持っているのは間違いないだろう。小泉進次郎氏は、農業のTPPは賛成の立場である。全国の創意工夫し成功している農業者に共通した部分として、海外を含め独自の販路を確保している点である。TPPはこの販路拡大に重要な役割を持つものであり、それを担うべきJA全農を含む農協組織が今のままの体質ではいけないと小泉氏は感じているのだろう。このため、小泉氏はJA全農の株式会社化も含めて組織の見直しを進めている。

このような危機感から小泉氏は農協を通して販売される農業機械や肥料、農薬などの農業資材の割高性(ホームセンター等との比較)や、民間商社を意識してJA全農が「食の商社」への転換をすべきなどを指摘している。

農協側の意見とは

農協側の考えはどうなのだろうか。JA系新聞の日本農業新聞の「論説」より農協改革について考えを見てみる。

『政府は内閣府に規制改革会議の後継組織となる「規制改革推進会議」を設置した。月内にも初会合を開き、生産資材価格の引き下げや指定生乳生産者団体制度の見直しといった農政改革の議論に着手し、秋に結論を出す。見栄え重視の急進的な改革を追い求めるのではなく、本来の目的である農業者の所得向上につながる、地に足の着いた改革論議を求めたい。(中略)改革に異論はない。だが、それは農業者の所得向上につながるものであるべきだ。生産現場の声に耳を傾けながら丁寧な議論を重ね、答えを見いだす必要がある。自分たちの存在感を示したいがために、いたずらに急進的な改革を迫る。そんなやり方は許されない』
(日本農業新聞「論説」(2016年9月8日)『規制改革推進会議 現場無視の急進論警戒』より)

このように、少なくとも農協側にも改革の必要性は感じていることは確かである。しかしながら、「農業者の所得向上につながる」ことを強調しているように、現在の急進的な政府の改革ではすべての農業者の所得向上には繋がらないのではとの懸念が強くあるのだろう。

小泉氏に期待されている農業・農協改革の役割とは、現在の農業に関する課題を浮き彫りにし、その課題解決に向けて異なる意見を集約していくことであろう。その手腕が今後期待される。(菅井啓勝、ライター)