副業が注目されるのは今回が初めてではない

◆副業に関するこれまでの検討の紹介

実は、副業が注目されるのは今回が初めてのことではない。1990年代後半から2000年代前半にかけても、副業に注目が集まった時期があった。ここでは、この時期の主な検討の一部を振り返ってみよう。

日本労働研究機構(1995)『マルチプルジョブホルダーの就業実態と労働法制上の課題』は、「労働時間短縮や休日増加」の一方で、「経済活動の年中無休化や24時間化」や「季節や曜日や時間帯で需要に大きな変動があるサービス業などの拡大」等によって、副業が増加する可能性があることを指摘している。

また、本業の労働時間が短縮されても副業によって結局は「労働者個人の総労働時間が短縮されないこと」、本業が正社員である副業の増加が「非正社員のこれまでの就業機会を浸食する可能性」、さらに副業の増加が「労働法制面に何らかの変更の必要をもたらすこと」を問題意識としてあげている。

ここに記載されている「労働時間短縮や休日増加」の背景には、1987年の労働基準法改正により、週48時間制が原則として週40時間制へと、1997年までに段階的に変更されたことがある。当時の副業の検討においては、副業を積極的に奨励しようとする意図はみてとれず、むしろ正社員の副業拡大に伴って起こり得る問題に対処するために、副業に関する実態の把握、労働法制上の課題整理がなされている。

厚生労働省(2004)『仕事と生活の調和に関する検討会議報告書』は、「多様な働き方の選択肢を整備する観点」から、副業を「合理性を有する働き方のひとつとして認知していくことが考えられる」としつつ、「本人が望まないにもかかわらず所得を確保するためやむを得ず選択する場合も想定されること、過重労働を起こしやすい形態であること」等に「十分留意しておくことが必要である」と警鐘を鳴らしている。

社団法人情報サービス産業協会(2005)『情報サービス産業における多様就業型ワークシェアリングの実践-平成16年度多様就業型ワークシェアリング業種別制度導入事業-』においては、多様就業型ワークシェアリング(多様な働き方を導入し、労働時間の短縮や雇用の維持・拡大に努める取組)の一類型として副業が取り上げられ、モデル企業における制度の運用事例の分析等を通じて、導入に関する問題点や解決策が検討されている(1)。

ワークシェアリング(2)は、もともとは厳しい雇用情勢を背景として注目された取組だが、2000年代に入ると、少子化の更なる深刻化等により、雇用維持から働き方の多様化へと徐々に関心が移っていったようにみえる。結果として、多様就業型ワークシェアリングに関しても、主に短時間勤務制度や在宅勤務制度に注目が集まった。

そのなかにあって、社団法人情報サービス産業協会(2005)で、「高度なスキルの獲得や外部ネットワークの構築」や「役職定年制導入にともなう能力発揮機会の拡大」を目的として副業が検討されたことは特徴的であり、副業を容認・推奨する昨今の企業事例の着眼を一部先取りしたものだともいえよう。

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(1)2002年3月には、就職氷河期という言葉に象徴される厳しい雇用情勢下、厚生労働省、日本経団連(当時)、連合による「ワークシェアリングに関する政労使合意」が公表され、「ワークシェアリングとは、雇用の維持・創出を目的として労働時間の短縮を行うものである。我が国の現状においては、多様就業型ワークシェアリングの環境整備に早期に取り組むことが適当であり、また、現下の厳しい雇用情勢に対応した当面の措置として緊急対応型ワークシェアリングに緊急に取り組むことが選択肢の一つである」という提言がなされた。さらに2002年12月に公表された「多様な働き方とワークシェアリングに関する政労使合意」によって、多様就業型ワークシェアリングの推進について具体的な合意がなされ、2003年度から、厚生労働省によって「多様就業型ワークシェアリング業種別制度導入事業」(2003~2005年度)が展開され、社団法人情報サービス産業協会を含む4つの業界団体がこの事業に参加した。
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2)厚生労働省(2001)『ワークシェアリングに関する調査研究報告書』によると、「ワークシェアリングとは、雇用機会、労働時間、賃金という3つの要素の組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うことを意味する」とある。
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◆副業における人事実務上の最大のネックは労働時間管理

以上、紹介したようなこれまでの検討を通じて、人事実務上の課題は既にほぼ整理されている。ここでは、説明を簡易にするために、本業をA社、副業をB社とし、双方において雇用関係がある場合を想定しよう。

労働時間に関する規定の適用において、A社とB社の労働時間は通算することが求められている(労働基準法38条1項)。したがって、A社とB社の労働時間の合計が法定労働時間を超える場合には割増賃金が発生する(管理職の場合は深夜の割増賃金のみ)。

従業員がB社と雇用契約を締結したのがA社の後である場合、たとえばA社で5時間勤務している従業員が、B社で4時間勤務すれば、割増賃金の支払い義務はB社に生じる。これは、後で雇用契約を締結したB社は、従業員がA社で雇用されていることを確認できる立場にあるためという理由による。一方、A社が、従業員がB社で4時間勤務することを予め知りながら、A社が労働時間を5時間から6時間に延長した場合には、この1時間分に関する割増賃金は、A社が支払わなければならない(3)。

つまり、どちらにせよ、他の企業で雇用されていること、さらには法定労働時間を超えて勤務していることをA社もしくはB社が知り得たかどうか、知っていたかどうか、によって割増賃金の支払い義務をどちらが負うかが判断されているわけである。

ただし、従業員と他社との雇用契約の締結有無や締結のタイミングについては、従業員本人からの申請がない限り、企業が把握・証明するのは実際問題として難しく、副業の労働時間管理は煩雑であるだけでなく、実務が混乱する要素を孕んでいる。

次に、図表2は、副業に関する社会保険(労働保険を含む)の取り扱いを整理したものである。社会保険についても、制度の趣旨からみてあるべき対応となっていること、実務上の対応が現実的に可能であること、のどちらを優先するかが悩ましく、その判断は制度や内容によって分かれる。

適用については、基本的にA社、B社それぞれの状況によって、それぞれに要否が判断される。結果として、労災保険についてはA社、B社双方で適用されるが、雇用保険、厚生年金保険・健康保険については、A社、B社単独で適用の要件を満たさなければA社、B社のいずれにおいても適用されない。

本業と副業双方の勤務先にとって、個別対応を要する労働時間管理は相当大きな負担であり、副業が複数に及んだり度々変わったり、あるいは副業が増加したりすると、余計に対応が難しくなるだろう。しかしながら、労働時間管理は、割増賃金の算出等のために実務的に必要だというだけではなく、長時間労働による健康状態の悪化等を回避するための重要な手段の一つであり、労働者保護の観点からここを疎かにするわけにはいかない(4)。

労働時間管理の問題は社会保険にも及ぶ。前述のとおり現状においては、基本的には本業、副業それぞれに適用の要否が判断される。このため結果として、保険料負担を免れるために、それぞれの労働時間を短くして適用を回避しようとする企業もしくは従業員が、少なからず存在すると懸念される。

このように、副業における人事実務上の最大のネックは労働時間管理であり、これに関する有効な解決策がない限り、企業による副業の容認・推奨の動きは、ある程度限定的な広がりにとどまると考えられる。

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(3)詳しくは、厚生労働省労働基準局(2014)『労働基準法解釈総覧 改訂15版』(労働調査会)を参照されたい。
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4)「働き方改革実現会議」においても、この点については安倍総理から「長時間労働を招いては、本末転倒」と指摘されている。
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