フィンテック,金融システム白熱教室,i.school,BCG
(左から)池上氏、横田氏、著者(写真=著者)

2016年11月14日、デジタルハリウッド大学駿河台ホールにて「ファイナンスにおけるイノベーションと戦略の融合」をテーマにパネルディスカッションイベント(早稲田大学ファイナンス稲門会主催、デジタルハリウッド大学大学院サイバーファイナンスラボ協力)が開催され、著者もパネリストとして参加した。

パネルディスカッション「ファイナンスにおけるイノベーションと戦略の融合」

登壇したのは、東京大学のイノベーション人材育成プログラムi.schoolのディレクター横田幸信氏と、早稲田大学ビジネススクール准教授で、BCGコンサルタントやソフトバンクの新規事業開発責任者を務めた池上重輔氏と私の3人。

横田氏はイノベーションの専門家、池上先生は日本におけるブルー・オーシャン戦略の第一人者、そして私は金融システムの研究者。異なる分野の専門家が集ったことによってディスカッションは実り多いものとなった。そのディスカッションの内容をダイジェストでお送りする。

技術革新はイノベーションの本質ではない

横田 ファイナンスの話に入る前に、まずは私から簡単にイノベーション全般についての考えを述べさせていただきます。

東京大学i.schoolや私が経営するイノベーションコンサルティング企業i.lab, Inc.で一番大事にしている視点は「人間中心のイノベーション」です。最近話題の「デザイン思考」(デザイナーのような視点でビジネスを考える発想法)もここに含まれます。

いままで「イノベーション」とは「技術革新」と訳されることが多かったのですが、本来イノベーションには「技術」の有無は関係なく、人や社会を不可逆的に変化させる新しい価値を提供することが本質です。技術は手段のひとつにすぎません。

アイデアの着想に至るとき、つまり0から1を創出するときの起点としては、「技術」「人間」のほかに「市場」「社会」の計4つがあると思っています。「市場」は「技術」寄り、「社会」は「人間」寄りの、よりマクロな視点です。

従来的な「技術」アプローチの特徴は、当たればデカいが打率は低いこと。ここ10年くらいの日本の製造業を見ればよくお分りいただけると思います。

「市場」アプローチは、アイデアがたくさん湧いてきそうで湧いてこないことが多く、「抽象論が続いて空中戦で終わる」パターンに陥りがちです。

「社会」の視点からアイデアを考える方法は、「高齢化社会」、「在宅医療問題」といったように課題は明確にあるものの、それをアイデアひとつで解くのは困難であるケースが多いことが特徴です。

そして最後の「人間」起点のアプローチ。特定の人を観察して「こういう需要があるのかも」「こういう使い方もあるのか」といったインサイトを得、それを元に新たなアイデアにつなげる発想法です。この方法は、アイデアは面白いがスケールが小さい、という事態に陥るリスクがあります。

池上 「人間中心のイノベーション」。とても大切な視点ですよね。ひとつだけ補足をすれば、会場に来られている金融関係者の方はいまの4つの分類の話を聞いて「じゃあ、うちの会社はどの起点で変えていけばいいんだ」と疑問を持たれるのではないかと思います。

いまの横田さんの分類はBtoCの話であって、「今までにないスキームでの資金調達」といった類のイノベーションは含まれていません。

よってもしこのモデルをより包括的なものにするなら、「市場」と「社会」の中間くらいに「組織」または「企業」の課題を起点としたアプローチというものがあってもいいのかも、と少し思いました。

横田 ご指摘ありがとうございます。

イノベーションにつながるデザイン思考とは

横田 人間中心のイノベーションについてもう少し話をさせてもらうと、実はいま米国では「デザイン思考」がブームになりすぎた反動か、「デザイン思考はイノベーションを生まない」という論説が散見できるようになっています。先ほど少し触れたように、スケールの小さい話が多いからです。しかし、その指摘は半分しか当たっていません。

デザイン思考の目的と方法は大きくわけて2種類あります。

1)
目的 体験価値の向上
方法 人に調査をしてアイデアの着想を直接得る

2)
目的 新しい機会の創出
方法 ユーザーの情報を用いて社会に対する洞察を得る

「デザイン思考はイノベーションを生まない」という反論は前者のことを指します。前者は人から得られたフィードバックを直接アイデアに変えますが、後者は個別に得られた発見を「社会」の課題として再度捉え直している点でアプローチが異なります。

そしてこの後者のアプローチは、当初はスケールが予測しづらいものの、市場を開拓する、もしくは社会を変革する可能性を秘めていることが特徴です。

金融関連でそれぞれの例を挙げましょう。

日立製作所はデザイン思考に長けた日本企業の一つですが、その日立が開発した「クイック・アンド・スロー」というATMの機能があります。

ユーザーが画面のボタンを押す速度に応じて、画面の切り替え速度を変える機能で、例えば、ATMを使い慣れた人は画面がサクサク切り替わるほうが心地良いわけですが、高齢者や、大金を振り込む人は逆に画面が早く変わると不安になる、ということに対応します。まさに体験価値の向上を狙ったものです。

社会を変えるイノベーションとまでは呼べませんが、デザイン思考に基づいた優れたサービスだと思います。別に社会を変えないとしても、かゆいところに手が届くサービスを作るときにデザイン思考は非常に相性がいいのです。

一方の「新しい機会の創出」の一例を挙げると、IDEO(デザイン思考を広めたシリコンバレーのデザイン会社)がBank of Americaと共同開発した貯金システムがあります。

当初の狙いはいかに銀行預金を増やせるかでした。そこで銀行利用者を調査したところ、貯金ができない人は大きな買い物で散財するのはなく、小さな買い物を何回もする特徴があることがわかったのです。

そこで彼らが考えたのが、デビッドカードで買い物をするたびに1ドル未満の端数を別途、専用口座にプールしていくことでした。買い物をするという行為のなかにお金を貯めるという行為を埋め込んだ、非常に社会とマッチした画期的なサービスだと思います。

このように、フィンテックにおいてデザイン思考を用いながら、なおかつイノベーションを起こしたいなら、人間を起点にしつつも、いったん「社会」というマクロな視点に還元することが大事なのではと思います。