金融サービスのイノベーションの難しさ

池上 話を少し戻しますと、短期間でプロトタイプを作って仮説検証を回すことがどんな場合にも当てはまるかといったらそうではないことも理解する必要があると思います。

ソフトバンクは様々な新規事業を行っていましたが、その詰め具合には濃淡がありました。大雑把に言うと、2割くらいの新規事業はいくつものシュミレーションをし打ち手を想定するなど相当ガチガチに固めてからではないと承認が下りないこともありました。

その点、横田さんは金融サービスに関してもモックアップを作りながらトライアンドエラーで実際の事業を固めていくことは可能だと思いますか?

横田 実はそこはまだ答えをもっておりません。というのも、おそらく一番精緻なデータを求められる業界ですからそのようなトライアンドエラーが果たして実際にできるのかどうかという疑問があります。

たしかに金融の世界に不完全なサービスが潜り込んだら犯罪に直結しますし、そういうことがないよう政府ががっちり規制しています。最初から完璧であることが期待されている業界と言えます。

池上 そうでしょうね。もうひとつ、金融サービスのイノベーションを若干悩ましいものにしている要素のひとつとして、その土台とも言える部分に影響を与える要素が現在進行形で変化している、という側面もあると思います。それはどんな要素かというと、私の認識では「AI」と「Connected」。この2つの進展次第では、ビットコインなんてあっという間に消える可能性もありますからね。

ビットコインは金融史で最大のイノベーションとなるか?

ビットコインの話が出たのでここで少し金融のイノベーションの歴史を振り返りたいと思います。

金融史にはいくつかの大きな転換期がありました。最初はギリシャ時代に起きた貨幣の誕生です。次がルネッサンス期。フランスのリヨンでイタリア商人が商業銀行業務をはじめます。その次が産業革命前後で、イギリスで中央銀行システム機能が成立します。つまり、通貨発行を国が管理しだしたわけです。

そしてそれぞれのイノベーションが新たな金融の世界を作るきっかけとなりました。

その流れでいうと、今後ビットコインやブロックチェーンがどこまで普及するかはわからないという前置きはしっかりしておきますが、いざ本格的に動き出したらもう後戻りはできないと思っています。

たとえば、いま国際送金手数料は数千円かかりますが、ビットコインであれば2、3円で済むと言われています。国の制度を超えて使えるようになったら、皆ビットコインを使うようになるでしょう。

仮にそれらが当たり前の時代になったら、1000年、2000年先の人類は「2008年にサトシ・ナカモト論文が出るまで、アルゴリズムでマネーを管理する仕組みはなかったんだよね」と言っているかもしれません。それくらい大きなインパクトを与える可能性を秘めているのです。

池上 パネリストの事前打合せでも、ファイナンスの世界で役割と仕組みが同時に変わる事態はいままでなかったという話になりましたよね。

はい。もともと金融は人のためにありました。財を交換するための手段としてマネーや会計システムや中央銀行があった。でもこのサトシ・ナカモト論文の中身はプロトコルの規定であり、アルゴリズムです。

現在の中央銀行は物価の安定を目的に通貨の流通量をコントロールする役割を持っています。しかし、ビットコインの場合は流通量が予め決められています。

これはつまり、ビットコインが普及したら量のコントロールは誰にもできなくなるということです。だから私は、ビットコインは金融史上、もっとも大きなイノベーションになる可能性があると思っているのです。