凝り固まった組織にイノベーションをもたらす方法
尹 では個人や企業がイノベーションを起こしたいと思ったら、具体的に何から着手すればいいとお考えですか?
横田 0から1を生み出す発想法を習得する、もしくは企業に根付かせる手段として私はワークショップを多用しています。民間企業からの依頼であれば、ワークショップのほかに3、4ヶ月単位のプロジェクトもよく使います。
なぜなら「座学」には限界があり、やはり「体験」がないとなかなか理解しづらいものだからです。
それにワークショップにせよ、プロジェクトにせよ、1、2年かけて行う本番の新規事業プロセスと相似性があるので、ある程度はミニチュア化できます。そこでトライアンドエラーを繰り返しながら感覚に慣れていくと、いきなり大掛かりな新規事業を立ち上げるよりはるかにスムーズにいくと思っています。
尹 私が主宰しているサイバーファイナンスラボのように、チームを作って数ヶ月単位でモックアップの完成までを目指すインキュベーションプロジェクトもまさにそれですね。
横田 そうです。0から1を作り出す格好の練習の舞台だと思います。
池上 自分はソフトバンクECホールディングスで90年代末から2000年代頭まで新規事業統括部・ディレクターとして「小さなものから大きなものまで」、まるでヤンマーディーゼルのように携わってきましたが、その8割くらいはいま横田さんがおっしゃった「クイック&ダーティ」と言いますか「アジャイルに小さく」というアプローチでやっていました。
いまでこそ一般的なアプローチになりましたが、当時としてはかなり異質で、他の一般的企業では「新規事業はきっちり計画を立て、手順を踏む」ということが常識だったのです。
尹 金融機関はいまだにきっちり固まらないと新しいことはしませんよね。ビットコインも後乗りでしたし。
池上 ええ。伝統的な金融機関の場合、「いかにリスクが回避できるか」が最優先されるので、「儲かるか儲からないか」以前にリスクの大きな種類のイノベーションは「NO」とうのが基本でした(笑)。そして金融機関がその優先順位を変えるということは相当難しいと思います。
横田 それについては私がいま仮説として持っているのは、金融機関に限らず頭の固い経営陣や旧態依然とした組織をイノベーティブに変えていくためには、人間中心のアプローチは当然必要になりますが、一方で経営者側には「危機意識」を植え付けることが大事なのではと思っています。
たとえば私がお手伝いをしている企業の経営者も「最近、フィンテックがブームみたいだけど、うちの会社は出遅れているからぜひ一度、会社で話をしてくれないか」とか、「早くIoTの分野で先手を打っておかないと淘汰されそうだ」といった強烈な危機意識を持たれています。
ですから、実務を担当するプロジェクトチームは「機会の発見」や「未来の創出」といったポジティブな感じで動機付けることが大事な一方で、トップマネジメントに対しては「これに着手しないと大変なことになる」というマイナス面を意識してもらう「ハイブリッド式」がいいのでは思っています。
池上
たとえば意志決定者に「No action」と「If take action」でどのような差があるのかをちゃんと可視化して体感させるとか。そういう意味では先ほど横田さんがおっしゃったモックアップは可視化の良いツールにもなりますね。
デザイン思考と相性の良いブルー・オーシャン戦略
池上 実はデザイン思考を企業戦略に落とし込むツールとして、ブルー・オーシャン戦略はかなり相性が良いと思っているんです。
たとえば「大型新事業が創造されない要因」を考えると、以下の6つに分けられます。
1)新たな事業機会を発見できないサーチリスク
2)事業機会の規模が大きくならないスケールリスク
3)ビッグピクチャーのある計画が立てられないプランニングリスク
4)収益があがるビジネスモデルが成立しないビジネスモデルリスク
5)組織がうまく新しい戦略に動員できない組織リスク
6)個々の従業員の士気が上がらないマネジメントリスク
このうち、1)~4)についてはブルー・オーシャン戦略でいう「バリューイノベーション」、5)についてはやはりブルー・オーシャン戦略の「ティッピングポイントリーダーシップ」、6)については「フェアプロセス」で対応できます。
時間がないので詳細までは踏み込みませんが、会場の方ももしご興味があれば、ぜひ一度W・チャン・キム博士が書いた「Blue Ocean Strategy」を読まれてみることをおすすめします。できれば原著で読むことをお勧めします。