アニメ映画,この世界の片隅に
© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

昭和8年の広島、穏やかな日常に戦争の影が迫る

映画の冒頭では、浦野すずは8歳。ちょっとぼうっとしているところはあっても、海辺の町で穏やかに暮らしています。家業である海苔作りのお手伝いは大変だったりしますが、大好きな絵を描いていればすずは楽しいのです。

幸せな少女時代が描かれているのに、観客の心は落ち着きません。すずの家は広島市にあり、8歳の彼女は昭和8年に生きています。すずが20歳になる頃どんな悲劇が訪れるのか、日本人は誰でもわかるでしょう。彼女がこれから経験しなければならない苦難を思うと、いたたまれない気持ちになります。スクリーンには穏やかな生活が映し出されていても、それはいつまでも続くものではない……。

物語は淡々と進んでいきます。昭和12年に日中戦争が始まり、昭和16年になるとアメリカとも開戦しますが、生活に大きな変化はありません。すずには縁談がもちあがり、昭和19年2月に呉市の北條周作のもとに嫁ぎます。のんきなすずのことですから、当日になっても嫁入り先の名字さえわかっていない始末ですが。

時節柄モンペ姿ですが、婚礼の席では晴れ着になり、宴席にはご馳走が並びます。この時期は戦況が悪化して、日本の敗戦はもはや避けられないものでした。曲がりなりにもつつましい祝宴を挙げることができたのは、国民に事実が知らされておらず、まだ気持ちに余裕があったからでしょう。

4月には戦艦大和が完成して呉港に入ります。すずが畑から軍港を見下ろしてスケッチしていると、見とがめた憲兵にこっぴどく叱られてしまいました。6月には本土の空襲が始まり、呉市でも防空警報が発令されるようになります。庭に防空壕を掘り、警報が鳴るたびに中で夜を明かさなくてはなりません。

配給が滞り、すずは道端の草花を摘んで食料の足しにするようになりました。たんぽぽ、はこべ、かたばみなどを集め、配給の芋や小麦粉と合わせて料理します。以前とは比べるべくもない貧しい食卓ですが、すずは楽しそうに台所に立ちます。限られた食材を工夫してなんとか美味しくすることに、幸せを見出しているのでしょう。

家事は苦手だったすずだが、草花料理を楽しむように(写真=プレミアムジャパン)
家事は苦手だったすずだが、草花料理を楽しむように(写真=プレミアムジャパン)