奈落の底にあった時代に残された希望

北條家のある呉の山裾からは、瀬戸内の穏やかな海が見える(写真=プレミアムジャパン)
北條家のある呉の山裾からは、瀬戸内の穏やかな海が見える(写真=プレミアムジャパン)

昭和20年4月、戦艦大和が撃沈され、日本の最後の希望が絶たれます。制海権を完全に失い、空襲が日常に。5月には呉軍港が攻撃目標になり、ほぼ壊滅状態になりました。標的は軍事施設だけではありません。市街地には焼夷弾が落とされ、大勢の人が焼け出されました。

すずが大好きな海と山の美しい風景も失われます。彼女自身も、かけがえのないものを奪われてしまいました。戦争がもたらすのは巨大な破壊です。多くの人が死に、生活が損なわれます。人々の親密な関係さえ、変化から逃れることはできません。

『この世界の片隅に』が描くのは、日本が奈落の底にあった時代です。すずはとてつもない困難を生き延びました。戦争がなければ、彼女はのほほんと平和な日々を過ごすことができたでしょう。それでも、映画を観終わった後に観客が流すのは、悲しみの涙ではありません。残された希望に心が震えるのです。

すずは、ずっと8歳の時のままでした。彼女の世界は多幸感に満ちています。ささやかな生活を楽しみ、苦難に知恵で対抗するのがこの上ない喜びです。戦争という強大な力を持つ災厄も、すずの心の片隅にある希望を追い出すことはできませんでした。

口コミで評判が広がって大ヒットとなったこの作品に関しては、すでに多くのことが語られています。こうの史代による原作の素晴らしさ、片渕須直監督が綿密な考証でリアルを追求した粘り強い取り組み、のん(本名:能年玲奈)がすずになりきって『あまちゃん』のアキと二重写しになったこと、コトリンゴが歌う主題歌『悲しくてやりきれない』の喚起力。

すべてがシンクロし、奇跡的な作品ができあがりました。クラウドファンディングで資金を調達し、映画ファンの熱意が作り上げた作品が、豊作と言われる今年の日本映画でも飛び抜けた名作になったのです。日本のアニメの持つ豊潤な可能性が、また大きな果実を生みました。

貧しい食事でも、家族と囲む食卓には笑顔が(写真=プレミアムジャパン)
貧しい食事でも、家族と囲む食卓には笑顔が(写真=プレミアムジャパン)

『この世界の片隅に』
2016年11月12日(土)より全国で公開中
配給:東京テアトル
cこうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
http://konosekai.jp

文/鈴木真人

(提供: プレミアムジャパン )

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