先週、日経新聞に非常に興味深い記事が掲載された。「長期循環論が示す米金利」というものだ。

米国金利の上昇について、「数十年単位の大きな景気のうねりでみても、低金利時代は岐路を迎えている。長期循環という大きな波に乗り、米金利は長期に及ぶ上昇局面に入った可能性がある」と記事は指摘する。50-60年周期の「コンドラチェフの波」にも言及し、数年~数十年単位の上昇局面に入る可能性があるとしている。

確かに、昨今、AI(人工知能)や自動運転、ビッグデータ、ロボット、IoT、ブロックチェーンなど技術革新に関するニュースが増えており、もしかしたら時代は大きな転換点に差し掛かっているのかもしれない。

米国10年債利回りは2.5%程度まで上昇してきたが、長期的な視点からは、まだまだ上昇の余地がじゅうぶんある。そもそも株価は右肩上がりで青天井だが、金利は一定のレンジ内で循環する。ゴーイングコンサーンを前提に企業価値の永続的な拡大を追求する企業の株価は、基本的に右肩上がりとなる。

それを端的に証明しているのが米国市場の株価指数だろう。NYダウ、S&P500、ナスダック総合等の主要株価指数はそろって史上最高値にある。幾たびも暴落や波乱を経験するが、長期的にみれば ‐ 150年にわたって ‐ 株価が右肩上がりで推移してきたことがわかるだろう。

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それに対して金利は循環する。なぜなら経済の体温計である金利は長期的に見れば経済成長率に一致するからである。景気が循環するように、金利も循環する。上がったものは、いつか下がり、下がったものは、いつか上がるのである。

大ベストセラーとなった水野和夫先生の『資本主義の終焉と歴史の危機』には、もっと長い1350年からの金利のチャートが載っている。水野先生は金利(=利潤率)がゼロになったのだから資本主義は死んだ、とおっしゃる。

確かに、歴史がここで終わるなら、資本主義は死んだ、と過去形で言えるかもしれない。しかし、歴史は続いていく。水野先生による長期の金利チャートもまた、「金利は循環する」ということ示している。であるならば、いつかまた金利は上昇し、それとともに資本主義も復活するであろう。

もうひとつ、先週の気になったニュースは、レイ・ダリオ氏がリンクトインへの投稿で、トランプ氏当選によって「アニマルスピリットに火が付く」可能性があると指摘したことだ。

ダリオ氏は「トランプ政権への移行によって投資が活性化し、アメリカへの資本流入が促される」「今回の政権移行はこれまでとは違う」との見方を示した上で、「次の政権が好循環に火をつけることができれば、リスク資産に対する投資は莫大なものになるだろうと主張した」とテレビ東京のニュースは伝えている。

レイ・ダリオ氏といえば、世界最大級のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエーツの創業者であり、投資の世界のカリスマである。世の中の先行きを読む力にかけてはダリオ氏の右に出る者がいないと言われる。

もうひとり、目鼻の効く、つまり眼力と嗅覚の鋭い人物をあえて挙げれば、ソフトバンクの孫正義氏で異論はないだろう。孫氏もまた早速トランプ氏と面会し、米国に対する500億ドルという莫大な金額の投資を約束してきた。その500億ドルは、例のサウジアラビアとのファンドを通じた資金が主体だ。無論、Tモバイル買収に絡む思惑もあると思うが、純粋に米国に投資することで高い見返り(リターン)が得られるとの目算があってのことだろう。

孫氏がトランプ氏に提示したプレゼン資料の中にはソフトバンクの社名と共に、FOXCONNという文字が記されていたという話もある。FOXCONNはシャープを買収した台湾の鴻海精密工業のことだ。サウジの資金も鴻海の工場投資も米国に向かうのだろう。いや、おそらく世界中のマネーがアメリカに集められるだろう。

これまで長期にわたった低金利は、ひとことで言えば異常なまでの金融緩和の産物である。需要と供給の理論でいえば超金融緩和が過剰流動性と超低金利を生み出した。要は世界中に行き場を失ったマネーがいまも積み上がっている。それが今後は一斉に米国に向かって、様々なプロジェクトに投資されるだろう。その地殻変動の予兆が、このところの急激な金利上昇という格好で表面化しているのだろうと思う。

トランプ次期大統領が掲げる財政拡大について、ホワイトハウスも議会もオール共和党でオバマ政権時代より政策が通りやすいだろうという観測をPART1で述べた。大統領首席補佐官のラインス・プリーバスと共和党主流派で下院議長のポール・ライアンは同郷の盟友。この二人を軸に財政政策はうまくまとまるだろう。

共和党は小さな政府を志向するので、減税、規制緩和は通りやすいが、インフラ投資など財政拡大はすんなりいかないかもしれない。しかし、それは民間の資金を使えばいい。国家通商会議のトップに決まったピーター・ナバロ教授と次期商務長官ウィルバー・ロス氏は民間資金の活用を選挙期間中から提唱していたし、次期財務長官S・ムニューチン氏もインフラ銀行設立に言及している。ビルド・アメリカ債という話もある(バロンズが書いている)。

つまり、トランプ・ボンドかファンドかバンクかはわからないが、そういうなんらかのヴィークル=集金マシンを使って莫大な投資マネーを集めようという動きが出てくる。トランプ政権の顔ぶれを見れば、ウォール街出身者と実業家だらけだ。そういうことが大好きで、また得意なひとたちばかり。特にムニューチン氏はゴールドマン・サックス時代、債券部でモーゲージ債などを扱う不動産ファイナンスの専門家だった。まさに彼は水を得た魚のように動くだろう。

ウォール街が仲介役となって莫大なマネーがアメリカに投資される道筋がつけられようとしているのだ。投資が活性化し、アメリカへの資本流入が促される、リスク資産に対する投資は莫大なものになるというレイ・ダリオ氏の発言の真意はそこにある。

トランプ当選後に米国市場でもっとも上がったのは銀行株だ。銀行規制が緩和されるから、という理由は極めて表層的なものだ。本当はその背後にある、膨大なビジネスの案件=カネ儲けのチャンスが再びウォール街に降ってくるということを市場が嗅ぎ付けたからである。

リスクはいろいろある。なかでも地政学リスクは確実に高まるだろう。東アジアの軍事的な緊張の高まりが紛争や軍事衝突に発展するリスクは常に念頭に置いておくべきである。状況は中東でも同じだろう。世界的にテロもさらに起きやすくなるだろう。

経済的な面では米国株が急落するリスクに備えたい。バリュエーションが高すぎるからだ。株価の割安割高を測る尺度として「株価収益率」=PERというものが使われるが、単年度の業績しか見ていないので、ロバート・シラー教授はもっと長期的な業績の観点から見るべきと「CAPE」という指標を考案した。

CAPE、すなわちCycle(景気循環)Adjusted PE、景気循環を調整したもので、10年平均の業績をもとにしたPERである。10年もとれば、その間に景気が一循環するので業績も良い時悪い時が含まれ、それらを均したものが企業業績の真の実力だろうというわけだ。

1800年代終わりから約150年もの間、CAPEが25倍を超えたのは4回しかない。1901年は1カ月だけ超えただけだが、その後株価は低迷、66年は25倍に届いていないけれどその後長期にわたって低迷した。象徴的なのは大恐慌の暗黒の木曜日の大暴落があった1929年、ITバブル、そしてリーマンショック前。これら3回はいずれも25倍をおおきく越えて、その後暴落につながっている。

そして今は28倍と再び危険水準を超えている。10年単位でみた企業業績の改善ペースを越えて株価が上がり過ぎていることを示している。いつ大きな調整が起きてもおかしくないということである。特に金利上昇は理論的には株価を押し下げる要因になる。トランプ政策による米国経済の活性化期待との綱引きで、米国の株価が上がらずとも下がらないで推移してくれたら良いが、非常に微妙なバランスが要求される。「米国経済の活性化期待との綱引き」と述べたが、「危うい綱渡り」かもしれない。

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広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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