AI(人工知能)が巨額の資金を動かすヘッジファンドに浸透しはじめた今、トレーダーやアナリストの未来が確実に変化しつつある。現実的に見て、最先端のAIが人間の職を完全に奪いとることは可能なのだろうか。

分析データを見るかぎり、AIは従来のクオンツの2倍から5倍相当の平均リターンを叩きだしている。

AIの平均リターンは8.59%、人間、CTAは1.75%から4.49%

国際ヘッジファンド・データ会社、Eurekahedgeが1月に発表したレポートでは、AIの業績が人間のファンドマネージャーや従来のコンピューター分析をはるかに上回るデータが報告されている。

Eurekahedgeは2010年から2016年の収益実績や運用成績をモデルに、「AI/機械学習ヘッジファンド・インデックス」のリターン率を、「CTA(コモディティー・トレーディングー・アドバイザー/先物およびオプションに特化した自動売買ツール)・インデックス」「トレンド・フォロイング・インデックス」「ヘッジファンド・インデックス」と比較したものだ。

AIが過去6年間にわたり年間平均8.59%のリターンを叩きだしたのに対し、CTAは4.10%、トレンドは1.75%、ヘッジファンドは4.49%にとどまった。

市場のストレス環境にも比較的強い。2013年の米テーパー・タントラム、2015年の中国株暴落、ギリシャ総選挙の際も、ほかのインデックスが損失をだしたにも関わらず、AIインデックスのリターンは最高4.33%だ。

2016年のBrexit、米大統領選といった完全に予想外の事態では今ひとつふるわない結果となったものの、今後AI特有の学習能力を活かし、「予想外の事態の分析・予測」が著しく向上する可能性は大いに期待できる。

AIには見られないクオンツ、人間の弱点

「クオンツ」の語源は「Quantitative Analysts」。かつては高度な数学的技術を用いて市場を分析・予測する計量分析アナリストを意味したが、近年は同様の手法を利用したコンピューター分析・予測自体を指すことも多い。

このクオンツに基づいた「クオンツ運用」は幅広い投資層に人気だが、あくまで過去のデータから分析・予想モデルを構築する統計学的要素が強いため、「予期せぬ市場環境の変化に弱く、柔軟性に欠ける」点が最大の欠点だ。要するに予習範囲内では合格点がとれるが、応用問題にはとことん弱いということだ。

人間のトレーダーやファンドマネージャーの4大欠点を「バイアス、感受性、意識、無意識」と表現するのは、Apple「Siri」の開発者としても知られる米AIテクノロジー会社、Sentient Technologiesの設立者、ババク・ホジャット氏だ。

ホジャット氏は「人間がミスを犯すことは周知の事実」であるため、「コンピューターによる分析よりも人間の分析に依存する方がリスクが高い」と主張している。人間が生き物であるかぎり、機械のように感情と思考を100%切り離して決断することができない。直感や先入観、時には周囲を取り巻く環境に、決断が大きく左右されることも珍しくはない。
人間の直観も経験や知識に基づくある種の統計学だという意見があるが、さしずめ「科学的数値化が不可能なクオンツ」といったところだろう。

エリートMBA生の憧れはウォール街からシリコンバレーへ?

AIが突出している点は、その「思考回路」と「学習能力」である。心理的要因に一切影響をうけることなくあらゆる角度から可能性を探り、各局面における最善策を絞りこむ。それと同時に常に最新の情報をベースに自己学習を続け、過去・現在・未来を分析・予測していく。

デジタル・トレーダーとして優秀なだけではなく、コスト面でも企業に多大な恩恵をもたらすと期待されている。英金融データ会社、Coalitionが大手国際投資銀行12社から収集したデータによると、セールス、トレード、リサーチ部門のスタッフの平均所得は50万ドル(約5702万円)。ゴールドマン・サックスなどのM&Aバンカーの年収は、70万ドル(約7983万円)を上回るという。

これらの時給何百ドル(約何万円)クラスの従業員をAIに置き換えることで、企業がどれほどの人件費節減を実現できるかについては、フロントおよびバックオフィスの大型リストラを繰り返している大手企業が実証済だ。すでにゴールドマンは過去600人雇用していたトレード部門の大部分を、コンピューターに置き換えている。

ゴールドマンが出資するAI分析サービス会社、Kenshoのダニエル・ナドラーCEOは、「10年後にはゴールドマンの従業員数は著しく減っているだろう」と予言。頭数が減る分、AIと共存する地位を得たファンドマネージャーの報酬はさらにあがるかもしれない。

長年エリートMBA生を誘致してきた金融産業だが、AIがその基盤を根っこからくつがえしつつある近年、就職事業にも影響が現れ始めている。米キャリアサイト「ユニバーサム」が米7万人の学生から集計したランキングでは、大手国際銀行をおさえGoogleが「就職したい憧れの企業」の1位を獲得。大手銀行よりもシリコンバレーのスタートアップに憧れる学生が増えているという。

人間、クオンツ、AIーートレードの未来がどこへ向かうかは、最早議論の余地もなさそうだ。(アレン琴子、英国在住フリーランスライター)

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