シンカー:物価水準の財政理論(FTPL)では、どれほどの財政拡大や緊縮財政が異常なのかという判断基準が明確ではなく政策議論として使いにくく、実証分析も難しいのは事実だ。FTPLの考え方の応用として、ネットの資金需要を基準にして財政運営を行うことは、デフレ完全脱却のために重要なことであり、政策議論としても有意義であろう

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

公的債務は、将来の増税や歳出削減によって返済する方針を持っている政府は「リカーディアン型」である。

一方、将来の増税や歳出削減だけではなく、中央銀行のシニョレッジ(通貨発行益)、インフレ、名目GDPの拡大によって、実質的な公的債務の負担を無くしていこうとする方針を持っている政府は「非リカーディアン型」である。

注目されている物価水準の財政理論(FTPL)は「非リカーディアン型」の財政運営とインフレの関係を説明した理論ということになる。

インフレを起こすため、政府と日銀が財政を「無責任」に運営することにつながるとして、FTPLに対する拒否反応は大きいようだ。

黒田日銀総裁も3月9日の参院での質問に答えて、実証研究が十分に行われておらず「現実的な政策論として有意義ではない」と指摘している。

確かに、FTPLは物価動向を説明するツールとしては、鈍い刀であると考えられ、1%単位の細かな物価の変動を説明することは困難であろう。

しかし、景気過熱を考慮しない異常な財政拡大が、いずれ異常な物価上昇をもたらすことは説明できる。

一方、逆にも応用でき、過剰な政府債務残高への警戒感による異常な財政緊縮が、デフレの原因になってしまうということも説明できる。

デフレ完全脱却に失敗してきた日本の財政運営の反省材料としては十分に意義があり、「政策議論として有意義ではない」と切ってすててはいけないと考える。

ただ、FTPLでは、どれほどの財政拡大や緊縮財政が異常なのかという判断基準は明確ではなく政策議論として使いにくく、実証分析も難しいのは事実だ。

景気動向が弱ければ財政収支の赤字は大きくあるべきだし、景気動向が強ければ財政収支は黒字になるべきだ。

そのような財政収支の変動が、景気・物価に対する中央銀行の金融政策の効果を高めることになる。

では、どのように景気中立的な財政収支が計算できるのであろうか?

日本の内需低迷・デフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)であり、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、トータルレバレッジ、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済が拡大する力が喪失していたことが原因である。

日銀の量的金融緩和はこのネットの資金需要を間接的にマネタイズすることによって景気・物価動向を好転させることができることになる。

一方、ネットの資金需要が消滅していれば、マネタイズするものが存在せず、日銀の金融政策だけで景気・物価動向を好転させることができなくなる。

ネットの国内資金需要のターゲットを決めれば、企業貯蓄率の水準(景気動向の強さ)に対する、景気中立的な財政収支の水準も決められる。

ネットの資金需要がGDP対比5%程度あるのが、2%程度の安定的な物価上昇と整合的であるとみられる。

これまでのようにネットの資金需要が消滅してしまっていれば、財政緊縮が異常であり、金融政策は効果が小さく、デフレになってしまう。

消費増税など財政緊縮をより進め、ネットの資金需要が消滅ではなく破壊されるほどになると、恐慌となり、デフレはスパイラル的になるだろう。

一方、企業の資金需要が強く、財政も拡大気味で、ネットの資金需要がGDP対比10%程度を超えると、バブル的な景気拡大となり、インフレが強く進行していくことになろう。

アベノミクス前後で、消滅していたネットの資金需要が、企業貯蓄率の低下と、震災復興と景気対策による財政緩和により、復活したのが、日本のデフレ脱却への動きにつながったとみられる。

しかし、企業貯蓄率がまだプラスである中で、2014年度の消費税率引き上げなど、財政緊縮が異常となり、現在のところ、再びネットの資金需要が消滅し、デフレ完全脱却の動きが停滞してしまったと考えられる。

FTPLの考え方の応用として、ネットの資金需要を基準にして財政運営を行うことは、デフレ完全脱却のために重要なことであり、政策議論としても有意義であろう。

ネットの資金需要が消滅してしまっている現在、財政緊縮は異常であると言え、財政拡大に転じ、ネットの資金需要を復活・拡大させる必要があろう。

図)ネットの資金需要

出所:日銀、内閣府、SG
出所:日銀、内閣府、SG

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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