今年6月に公開された牛乳石鹸WEBムービー「与えるもの」篇が、近ごろ大きな話題になっている。「親子の絆」をテーマにしたもので、視聴回数は160万回あまりに上る。内容は夫婦と子の3人家族をめぐる話だ。息子の誕生日に夫はゴミ出しをしてから出社、妻に頼まれたケーキとプレゼントを買う。しかし、会社で上司に叱られた後輩を気遣って飲みに行き、帰宅後に妻から文句を言われる。妻の話も聞かずに風呂に入り、モヤモヤする。そして入浴後には妻に謝り、息子と一緒に誕生日を祝うのだ*。

これに対して、『ろくに家事もせず、子どもの誕生日に飲みに行くなど父親失格』との批判もあれば、『仕事と家庭がうまく両立しないやるせない父親の気持ちに共感する』との声も聞かれる。動画の中の父親(以下、主人公)は、自分は家族には無関心だった父親を反面教師にして必死に頑張った結果、『あの頃の親父とは、かけ離れた自分がいる』と述懐する。しかし、同時に『家族思いの優しいパパ。時代なのかもしれない。でも、それって正しいのか?』と自問するのだ。

主人公の父親は日本の高度経済成長を支えてきた団塊世代あたりだろうか。企業戦士などと言われ、家庭は専業主婦の妻に任せ、家族を見向きもせずに働き続けたのかもしれない。主人公が少年時代に壁に向ってボールを投げる時、そこにはボールを受け止めてくれる父親の姿はなかった。だが、風呂で父親の背中を流しながら、少年は何かを感じ取っていたのだろう。彼は『親父が与えてくれたもの、俺は与えられているのかなぁ』とつぶやくのだ。

日本の高度経済成長期は、男女の固定的な性別役割分業の時代だった。共働き世帯が増え、男女がともに働く時代に夫婦が家事を協働で担うことは当然だ。しかし、従来、親が子どもに日常の行動や生きざまを通じて伝えてきたことは、一体どうなったのだろうか。親には言葉で伝えること以外にもその生き方が語る重要なメッセージがあるはずだ。主人公は自分の背中を息子に魅せられる親になりたいと悶々と悩みながら、自らも成長したいと願っているのではないだろうか。

父親もまた未熟だ。だからこそ迷いも失敗もある。はじめは父親も母親も子育ての初心者なのだ。子育ては親が子どもとともに多くを学び、親がひとりの人間として成長するプロセスでもある。たとえ落ち込むことがあっても、風呂に入れば心身の疲れを流し、新鮮な気持ちがよみがえる。CM最後のテロップ『さ、洗い流そ。』はさまざまな解釈があるだろうが、私には「親である」ことから「親になる」父親たちへ『失敗を恐れずに、また頑張ろう!』とエールを送っているように思えるのだが・・・。

* 簡略な文章で正確な内容を伝えることは困難なので、牛乳石鹸のホームページに掲載されているYouTubeの動画を参照されたい。
https://www.youtube.com/watch?v=CkYHlvzW3IM&feature=youtu.be >(2017年8月29日)

土堤内昭雄(どてうちあきお)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 主任研究員

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