教養としての「税法」入門

会社員のみなさんは毎月、給与明細を見ていますか?
当たり前のように所得税が引かれているはずです。

「そういうもの」と思ってやり過ごすこともできますが、少し立ち止まって考えてみてください。確かに「納税は義務」ですが、給料から天引きで納めなければいけない理由はどこにあるのでしょうか。

青山学院大学法学部教授で、弁護士として法律をわかりやすく解説する本を多数執筆されている木山泰嗣先生の 『教養としての「税法」入門』 に、その答えが書かれていました。ここではそのポイントを説明していきましょう。

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(写真=日本実業出版社より)

月々差し引かれる所得税は「前倒し」で納めている

前述の通り、会社員として働いているならば、所得税は毎月給料から天引きされている人がほとんどでしょう。

これは「源泉徴収制度」という、本来個人が税務署に申告して納めるべき税金を、会社が「前取り」して代わりに納めてくれる制度が採用されているからです。

なぜ「前取り」と表現するかというと、本来その年の所得税の納税義務が成立する12月31日(*1)より前に、所得税を徴収するためです。納税者側から見れば、納税義務が発生する前に所得税を納めたかたちになっているのです。

そして、最終的な納税額は、さまざまな控除などをふまえたうえで確定します。ただ、前払いした納税額とズレが起きるときがあります。その場合は年末調整を経て、個人に還付されたり、追加の徴収が行われたりするのです。

*1…国税通則法で「暦年(カレンダー・イヤー)の終了の時」=12月31日と規定されている。

戦後すぐにガラリと変わった日本の納税制度

しかし、実は日本の基本的な納税方法は「源泉徴収」ではなく「申告納税」、つまり自分で納税額を申告する制度です。

なぜ「申告納税制度」と「源泉徴収制度」が入り混じった状態になっているのでしょうか。それを知るには納税制度の歴史を紐解く必要があります。

戦前は「賦課課税制度」という、税額を税務署が決める制度が採用されていました。

なかでも所得税は少し複雑で、まず納税者から提出された申告書を参考に税務署が所得調査書を作成します。そして所得調査委員会という機関の意見を聴いたうえで、税務署長が税額を決定するという仕組みになっていました。ちなみに現在でも、国税の一部や地方税では賦課課税制度が採られています。

一方、現在の国税の主要税目では「申告納税制度」が採用されています。申告納税制度が導入されたのは戦後間もなく、1947年のことでした。日本の戦後処理にあたったGHQから推奨があったといいます。

どうして日本は申告納税制度を導入したのでしょう。一つは当時激しいインフレーションが起きており、前年をベースにした課税では所得税の税収を賄えない事態が発生していたため、それを解消するという理由がありました。

また、もう一つの側面として1946年に制定、1947年に施行された日本国憲法(新憲法)との関係があげられています。新憲法でうたわれている国民主権の理念に、申告納税制度の「納税者が自ら税額を確定させる仕組み」が合致していたのです。

それに加えて、アメリカでは1913年の所得税法創設時から申告納税制度が採用されており、GHQの母国の制度としてなじんでいたという背景もあります。

もし全員が確定申告をしたら税務署は大変なことに?

しかし、会社員の多くは所得税を「申告納税制度」ではなく、「源泉徴収制度」で納税しています。「申告納税制度」があるのにもかかわらず、なぜ会社員は「源泉徴収制度」なのでしょうか。

「源泉徴収制度」の元となる制度がつくられたのは1899年のこと。そのときはまだ給与所得には定められておらず、戦争へ向かう1940年に給与所得に対する源泉徴収制度が採用されます。戦後もこの制度は生き残り、1947年に現在のような源泉徴収に年末調整を加えた仕組みが導入されました。

この制度が採用されている背景には、税務署と給与所得者双方の作業の効率化があります。

日本の給与所得者は約5600万人いますが、確定申告を一人ひとりに課すのは大変なこと。そして、約5600万人全員の申告を受け付けると税務署の事務処理だけでも膨大な量になります。

そこで、会社には負担をかけることになるものの、事務の煩雑さを解消するために、税金の徴収を「代行」させているのです。

「源泉徴収は違憲ではないか」が争われた裁判で最高裁が出した結論は……

最後に本書からからこぼれ話を一つ紹介しましょう。

実は「源泉徴収制度は憲法違反ではないか」という議論があります。

これは源泉徴収義務者、つまり会社側の立場に立った見方によるもの。なぜ個人が自分で納めるべき所得税を、会社が納税しなければいけないのか。そして義務を怠ると「不納付加算税」や「延滞税」といったペナルティが課されるのは納得がいかない、というわけです。

確かに、会社は徴税の代行をさせられているにもかかわらず、手数料ももらえず、ペナルティも存在します。「これは財産権を侵害し、法の下の平等にも反し、憲法違反ではないか」という主張が裁判で争われたこともあります。最高裁の判決が出たのは、1962年のことです。

裁判所の判断は「違憲ではない」というものでした。源泉徴収制度はとても合理的なシステムであり、「公共の福祉」による制約として許されるし、補償も不要であるという判断が下されたのです。

給与明細をもらっても、ほとんど見ないという人は多いでしょう。また、経理担当者や源泉徴収制度の仕組みを知っている人でも、なぜこうした制度になっているのかまでは知らないという人は少なくないはずです。

『教養としての「税法」入門』 は、税法の歴史やしくみを切り口に税金について教えてくれる一冊です。社会人の教養として、ぜひとも税法の基礎について学んでみてください。普段納めている税金に対する見方が一変するかもしれません。

(提供: 日本実業出版社 )

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