家を建てるのに住民の同意が必要。門扉は原則として内開き、緑化率は40%以上、建物の高さは10メートル以下であることが求められる。町内で営業活動は一切禁止でコンビニもない。新たにマンションやアパートは建設できず、1区画につき400平方メートル以上の個人用戸建て住宅でなければならない。

その土地で家を建てコミュニティに入るのにこれだけ厳しい条件が課せられる街がある。お察しのとおり、いわゆる高級住宅街だ。日本を代表する高級住宅街といえば、東京では松濤、田園調布、成城あたりが思い浮かぶだろう。関西では芦屋が有名だ。

上で紹介した厳しい条件が課せられているのは、高級住宅街・芦屋の中でも、ひときわ広大な豪邸が立ち並ぶ別格の区画。六麓荘町である。「ろくろくそうちょう」と読むこの街はどのように生まれ、そのステータスを高めてきたのだろうか。

六麓荘町開発のモデルとなった街は?

(写真=Tawachinee Sutthasri/Shutterstock.com)
(写真=Tawachinee Sutthasri/Shutterstock.com)

六麓荘町はJR芦屋駅から徒歩約30分、六甲へと続くなだらかな山麓にある。芦屋市六麓荘町町内会の公式サイトによると、開発は1928年「株式会社六麓荘」が設立された時に始まる。国有地を払い下げた38ヘクタールの南傾斜地は、神戸の街並みが一望できる一等地であった。

開発者は、当時香港島をモデルに「東洋一の住宅地」をつくろうと英国の街づくりの技術を学んだ。六麓荘町はスタート時点から日本ではなく海外を見据えていたのである。

街並みは地形を生かした曲線道路で構成され、信号機や道路標識、横断歩道がない。電柱もなく、空が広々としていることに気づく。開発当初に「電柱は著しく風致を損なうもの」として、当時としては巨額の費用をかけて電線地中化が行われたのである。

現在、東京都では電線地中化事業にようやく乗り出してはいるが、費用負担が重くのしかかっているのが実情である。約90年前に日本で初めて電線地中化を実現した開発者の慧眼は、高く評価されるべきであろう。

開発による山麓の湧水は、街を流れる小川として整備された。山林に自生していた樹木は、できる限り庭木として配置し、保存した。六甲の豊かな自然環境を十分に生かした街づくりが行われたことは、言うまでもない。

建築物が六麓荘町にふさわしい品格を備えているかどうかが問われる

六麓荘町には開発直後から町内会があり、早い段階で「六麓荘町建築協定」が制定され、厳しい建築制限を住民に課している。これが六麓荘町のブランドイメージを高める上で明確な役割を果たしてきた。2007年には、建築協定はほぼそのまま芦屋市条例へと格上げされたという。

家を新築・改築する場合、「敷地面積は1区画につき400平方メートル以上、一戸建ての個人専用住宅」であることを求められる。マンションやオフィスは建築不可である。敷地面積400平方メートル以下への分筆もできない。「六麓荘町内で一切の営業活動を禁止する」とのことで、コンビニなど商店も建築不可となる。

建築物への規制はきめ細かい。「建物の高さは10メートル以下(一部地区は15メートル)とする」「壁面の色彩は赤系なら彩度4以下、黄系なら彩度3以下」「門扉は原則として内開き」「道路の角切り部分を自動車の出入り口としない」「緑化率の最低限度は40%(一部地区は30%)とする」など、非常に細かく定められている。六麓荘町に家を新築しようとする人は、これらの諸条件を事前に承諾する必要がある。

その上でさらにクリアしなければならない難関がある。施主は町内会および近隣の住民を対象に建築物の説明会を開催し、住民の同意を得なければならないのである。条例を満たしていれば良いと言うものではない。建築物が六麓荘町にふさわしい品格を備えているかどうかが問われるのである。

住民に求められるノブレス・オブリージュ

「芦屋市 六麓荘町建築協定」の冒頭には、目的の第1条としてこう書かれている。

「この協定は昭和の初期に先輩方が心をこめて造成し、日本屈指の緑豊かで自然に恵まれた住宅地をつくろうとしたまちの理念を継承し、六麓荘町内における建築物の敷地、位置、構造、用途形態等に関する基準を協定し、戸建住宅地としての極めて良好な環境を高度に維持、増進することを目的とする」

この協定が市の条例になったのは、世代交代や相続税支払いなどが理由で、土地を手放す人も増えたからとされている。協定はあくまで“紳士協定”に過ぎず強制力がない。そこで住民たちは市に働きかけ、条例化して景観を保護することを求めたのだった。そこまでして先人が街づくりに込めた思いにこたえ、自分たちが暮らす街を守り、残していきたいと考えているということだ。

ここまで珍しい存在である六麓荘町だが、全国的にはそれほど名前を知られていない。高級住宅街としては「異例」ともいえる。

理由は明快である。マスコミが取り上げることがほとんどない、すなわち取材を認める住民がほとんどいないからだ。

町内会の会則で決められているのか。それとも六麓荘町住民としての節度あるマナーなのか……。テレビのバラエティ番組などで面白おかしく取り上げられるのは、この高級住宅街の住人のノブレス・オブリージュ(「高貴なる者に求められる義務や責任」を表す言葉)の精神に反する行為なのかもしれない。

(提供: The Watch

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