シンカー:完全雇用と需要超過の中で、生産性の改善を目指す投資活動が強くなった時に、潜在成長率が上昇し、経済成長率が持続的に強くなる好循環が生まれるという経験則がある。ようやく完全雇用と需要超過になったところで、財政を緊縮にしてしまうと、好循環に入れぬまま、景気がピークアウトしてしまうリスクが大きくなる。景気拡大の初期はインプット、後期には生産性で、潜在成長率は上昇していくことになる。現在は経済成長率が持続的に強くなる好循環にはまだ入っていない景気拡大の初期であり、労働者がラーニングカーブを登るとともに投資活動が強くなり生産性の著しい改善が確認されるまで、政策を拙速に引き締めてはいけないことを示している。「完全雇用=財政緊縮が必要」ということにはならない。リフレ政策による需要の拡大策が継続されれば、今後、生産性の改善を目指す投資活動による資本の蓄積とともに、生産性の改善による潜在成長率の上昇という本格的な日本経済の回復が確認されてくるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

内閣府は、推計方法の見直しにより、潜在成長率が2016年10-12月期の段階で+1.0%となっていたことを公表している。

アベノミクスが始まる前の2012年の+0.8%程度から上昇してきたことになる。

需要の短期的な拡大だけではなく、構造的な回復が進行しつつあることを示している。

1年前の内閣府の推計では、潜在成長率は2012年の+0.5%程度から2016年の+0.3%程度まで下がってしまっていて、アベノミクスによる効果が全く見えなかったのが政策への批判につながっていた。

現在、2%の物価目標は達成していないが、物価は持続的に上昇できる環境になっており、デフレ状態ではなくなっている。

しかし、物価の上昇があまり強くないのは、潜在成長率が思ったより上昇していたからだというポジティブな理由であるとも考えられる。

失業率が3%程度まで低下し、有効求人倍率のバブル期並みの水準で、正社員の有効求人倍率は1倍を超え、労働需給はかなり引き締まり、賃金上昇も始まってきた。

そして、好調な経済ファンダメンタルズを背景に、緊縮財政が必要であるという意見の論拠が大きく変化していきた。

日本の財政は今にも危機的であるというこれまでの論拠から、完全雇用と需要超過であるから財政を引き締めるべきであるという論拠への変化だ。

完全雇用と需要超過の中で、生産性の改善を目指す投資活動が強くなった時に、潜在成長率が上昇し、経済成長率が持続的に強くなる好循環が生まれるという経験則がある。

ようやく完全雇用と需要超過になったところで、財政を緊縮にしてしまうと、好循環に入れぬまま、景気がピークアウトしてしまうリスクが大きくなる。

内閣府の推計で潜在成長率の上昇寄与の中身を見ると、労働投入量が-0.1%から+0.3%へ改善し、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層の雇用拡大の寄与がかなり大きいことが確認された。

少子高齢化と景気低迷などにより労働投入量の寄与はマイナスが続いてきたが、1990年4-6月期以来のプラスに転じている。

そして、深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そしてコスト削減が限界になる中で、過去最高に上昇した売上高経常利益率を維持するためトップライン(売上高)の増加の必要性が、好調な経済ファンダメンタルズにともない企業の投資行動を刺激し、資本投入量が-0.1%から+0.2%へようやくプラスに転じた。

一方で、未熟なインプットが増加しているため、全要素生産性は+1.0%から+0.6%へ低下してしまっている。

景気拡大の初期はインプット、後期には生産性で、潜在成長率は上昇していくことになる。

現在は経済成長率が持続的に強くなる好循環にはまだ入っていない景気拡大の初期であり、労働者がラーニングカーブを登るとともに投資活動が強くなり生産性の著しい改善が確認されるまで、政策を拙速に引き締めてはいけないことを示している。

「完全雇用=財政緊縮が必要」ということにはならない。

リフレ政策による需要の拡大策が継続されれば、今後、生産性の改善を目指す投資活動による資本の蓄積とともに、生産性の改善による潜在成長率の上昇という本格的な日本経済の回復が確認されてくるだろう。

生産性の向上は将来の所得の拡大も意味するため、生産性の向上を持続的にする更なる財政拡大が単純な将来の需要の先食いというわけではなく、市場のゆがみや所得の格差の是正、そして教育・インフラ投資など日本経済・社会の厚生を向上させるものになると考えられる。

図)内閣府の潜在成長率の推計

出所:内閣府、SG
出所:内閣府、SG

図)潜在成長率への寄与度

出所:内閣府、SG
出所:内閣府、SG

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司

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