要旨

最低賃金引き上げ,都道府県別労働者,影響
(写真=PIXTA)

日本経済は長期にわたって景気回復が続いているが、賃金は伸び悩んでおり、個人消費の回復は緩やかなものになっている。政府としても、総雇用者所得を増加させ、経済の好循環をさらに確実にするために、春闘での賃上げの要請や最低賃金の大幅な引き上げを行っている。

最低賃金について、「働き方改革実行計画」では、「最低賃金については、年率3%程度を目途として、名目GDP 成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000 円になることを目指す。」と明記されており、政府目標の最低賃金1,000円に向けた引き上げが続いている。

最低賃金近辺の時給で働いている労働者は増加している一方で、その影響は企業規模や都道府県によって異なっている。本稿では、最低賃金の引き上げが与える影響を検証する。まず、最低賃金引き上げにより、その恩恵を受ける労働者の割合を全国や都道府県別にみていき、労働者全体の給与総額に対する押し上げ効果を試算する。また、都道府県ごとの最低賃金の引き上げが短時間労働者全体の時給に与える影響について分析を行う。

はじめに

日本経済は長期にわたって景気回復が続いており、失業率は2%台後半で推移し、有効求人倍率はバブル期のピークを上回っている。しかし、このように労働市場が逼迫した状態にあるにもかかわらず賃金は伸び悩んでおり、個人消費の回復は緩やかなものになっている。

政府としても、総雇用者所得を増加させ、経済の好循環をさらに確実にするために、春闘での賃上げの要請や最低賃金の大幅な引き上げを行っている。しかし、賃上げの要請を行っても、賃上げの足取りは重い。そもそも春闘は、労使間の話し合いで決まるものであり、政府が直接介入すべきではないと指摘する声も聞かれる。一方で、最低賃金は国が強制力をもって直接介入できる制度である。

最低賃金について、安倍首相は2015年11月の経済財政諮問会議で毎年3%程度の引き上げ、将来的には時給1,000円を目指すと発言した。その後も、2017年3月に取りまとめられた「働き方改革実行計画」では、「最低賃金については、年率3%程度を目途として、名目GDP 成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000 円になることを目指す。」と明記され、2017年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2017」においても、「年率3%で引き上げて1,000 円を目指す最低賃金等による可処分所得の拡大・・・(中略)・・・といった政策・取組を進めていく。」としている。

政府目標の最低賃金1,000円に向けた引き上げが続く中で、最低賃金近辺の時給で働いている労働者は増加している。また、その影響は企業規模や都道府県によって異なっている。

本稿では、最低賃金の引き上げが与える影響を検証する。まず、最低賃金引き上げにより、その恩恵を受ける労働者の割合を全国や都道府県別にみていき、労働者全体の給与総額に対する押し上げ効果を試算する。また、都道府県ごとの最低賃金の引き上げが短時間労働者全体の時給に与える影響について分析を行う。

最低賃金制度の概要

最低賃金制度は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対してその最低賃金額以上の賃金を払わなければならないとする制度である。毎年7月頃に、厚生労働省の中央最低賃金審議会が引き上げ額の目安を提示し、各都道府県の地方最低賃金審議会での地域の実情を踏まえた審議・答申を経て、都道府県労働局長により決定される(両審議会とも、労働者委員、使用者委員、公益委員から構成)。そして、順次9月末から10月末までに適用される。

中央及び地方最低賃金審議会の審議では、「労働者の生計費」、「労働者の賃金水準」、「通常の事業の賃金支払い能力」を最低賃金の決定に当たって考慮するよう規定されている(最低賃金法第9条第2項)。また、最低賃金でフルタイム働いたとしても、生活保護総額を下回る逆転現象が生じていたことから、2007年に最低賃金法が改正(*1)され、生活保護費との整合性も考慮されるようになった。

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実際には、中央最低審議会において「(1)所得・消費に関する指標(5指標)」、「(2)給与に関する指標(9指標)」、「(3)企業経営に関する指標(5指標)」の各指標を指数化して単純平均(総合指数)を取り、その経済実態に応じて各都道府県をA(2017年度は6都府県)、B(11府県)、C(14道県)、D(16県)の4ランクに区分する。そして、賃金の実態調査結果、消費者物価、最低賃金の改定状況、経営状況、雇用情勢など各種統計資料、労使の意向等を参考にして審議が行われ、ランクごとに引き上げ額の目安が決定される(図表1)。

地方最低賃金審議会では、その目安を参考にしながら地域の実情に応じて引き上げ額が決定される。なお、2017年度の各都道府県の引き上げ額は、目安額に比べて±0円~+2円となった。目安は、地方最低賃金審議会の審議の参考として示すものであり、引き上げ額を拘束するものではないものの、実態として目安に沿って引き上げ額は決定されている。

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(*1)「労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。(第9条第3項)」という条文が追加
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最低賃金の推移

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2017年度の最低賃金改定額は848円(全国加重平均(*2))となり、10月1日以降、各都道府県で順次適用される。上げ幅は25円と昨年度に続き過去最大となり、伸び率は2年連続で3%台に達している。政府は、年率3%程度の引き上げを目途として、最低賃金の時給1,000円を目指している。直近2年の最低賃金審議会ではその政府目標を明記した「ニッポン一億総活躍プラン(2016年度)」、「働き方改革実行計画(2017年度)」が各種統計資料で示された経済環境よりも優先された。仮に、今後年率3%で最低賃金が引き上がるとすれば、2019年度に900円、2023年度に1,013円となり、6年後に政府目標に達することになる(図表2)。

一方で、地域ごとの格差は広がっている。現在の時給ベースでの改定になった2002年度以降の推移を見ると、2002年度の最低賃金の最も高い東京都(708円)と最も低い沖縄県(604円)との差は104円であったが、2017年度の差は221円(958円【東京】-737円【高知、福岡を除く九州、沖縄】)まで広がっている。九州地方(除く福岡)などの737円は、10年前(2007年度)の東京都の水準(739円)である。

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(*2)経済センサス等に基づく適用労働者数の加重平均
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最低賃金引き上げの影響

◆全国への影響

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最低賃金引き上げによる影響として、影響率の事業規模別の推移をみていく。影響率とは、「最低賃金額を改定した後に、改定後の最低賃金額を下回る労働者の割合」のことを言う。言い換えると、最低賃金が引き上がると法的に賃金水準が引き上がる労働者の割合のことである。

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全体(除く事業所規模5人未満)の影響率は、2006年度以前は、1%台前半で推移していたが、最低賃金法改正を受けて最低賃金の引き上げ額が大きくなった2007年度に1%台半ばまで上昇した(図表3)。その後も2011年度を除いて10円超の引き上げ額が続く中、上昇傾向にある。2016年度の影響率は4.5%とおよそ20人に1人は、最低賃金が引き上がることで時給が上がることになる。

小規模な事業所(事業所規模30人未満(*3))の影響率は2006年度まで全体と大きく変わらなかったが、2007年度以降、その差は拡大している。とりわけ2012年度以降は上昇基調を強めており、最低賃金の大幅上昇が続く中で、最低賃金引き上げの影響を受ける労働者の割合が増えている。2016年度は11.0%と、小規模事業所で働く労働者の10人に1人は最低賃金改定によって時給が上昇することになる。このように、最低賃金の引き上げの恩恵を受ける労働者が増えている一方、企業にとってはコスト負担が増しているとみられる。

使用者が最低賃金未満で労働者を働かせることは最低賃金法違反(*4)であるが、実際には、最低賃金を下回る時給で働いている労働者も一定数存在する。「最低賃金額を改定する前に、最低賃金額を下回っている労働者の割合」を未満率と言い、全体(除く事業所規模5人未満)の未満率は、2009年度以前は1%程度で安定して推移していたが、2010年度に0.5ポイント程度上昇し、それ以降は1.5~2.0%程度で推移している(図表4)。

小規模な事業所(30人未満)の未満率は、概ね全体と似通った動きをしているが、2016年度に限っては、全体が低下する一方、小規模は上昇しており、事業規模によって遵守状況に差が生じている。

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(*3)製造業等は100人未満
(*4)罰則として50万円以下の罰金が課せられる
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◆都道府県別の影響

次に、ランク別に各都道府県の影響率をみていく。

Aランクでは、神奈川県、大阪府が全体の事業所で8%弱、小規模な事業所では20%弱と全国平均(単純平均)を大きく上回っており、企業への負担が増している可能性がある(図表5)。特に、この2府県は、未満率も高い。未満率はそれぞれ3.2%、2.6%と上位2府県に位置している(全国平均は1.5%)。

Bランクでは、茨城県や滋賀県などの影響率が2%程度と全国平均を大きく下回っているのが目立つ。大幅な最低賃金の引き上げが続く中でも、企業の負担がそれほど高まっていないとみられる。

Cランクでは、北海道の全体の事業所での影響率が7.4%と高くなっているが、その他の県は総じて影響率が低い。特に、石川県や香川県、群馬県では、全体の影響率が2%程度しかない。相対的に引き上げ額が小さいことも影響しているかもしれないが、企業の負担があまり高まっていないとみられる。

Dランクでは、引き上げ額が最も低いものの、事業規模に関係なく影響が大きい県が多く存在し、企業の負担が増している可能性がある。全体では、全17県中8県と半数近くが全国平均を上回っており、小規模な事業所についても同じことが言える。

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このように、影響率はランク間で特色があるだけでなく、同じランクであっても都道府県ごとに差があり、状況が大きく異なっている。AランクとDランクで影響率が全国平均を上回る県が目立った。経済実態を考慮すると、Aランクは元々最低賃金を大きく上回る労働者が多かったが、大幅な引き上げを受けて最低賃金近辺で働く労働者が増えてきたと考えられる。一方、Dランクは元々最低賃金近辺で働く労働者が多かったと考えられる。

◆雇用への影響は限定的

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最低賃金を引き上げることによって、低所得者層の賃金底上げや就労意欲の高まりが期待できる一方で、使用者側にとってみれば人件費増加につながり、企業が新規雇用を取りやめたり、雇用を減らすなどの悪影響が懸念される。ただし、最低賃金は2012年度以降毎年10円超の引き上げが続いているが、全国の失業率は一貫して低下しており、都道府県別の格差も縮まっている(図表6)。また、全国の有効求人倍率も一貫して上昇している。有効求人倍率は、人手不足がより深刻な都市部の上昇ペースが速いが、地方にも雇用の逼迫感が広がっており、着実に改善が続いている(図表7)。月次でみた有効求人倍率(季節調整値)は2016年10月以降、全都道府県で1倍を上回って推移している。緩やかな景気回復が続いており、全国的に人手不足感が大きく高まる中では、最低賃金の引き上げが雇用に与える影響は限定的であったと言える。

最低賃金引き上げの効果

最低賃金が引き上げられた際には、最低賃金を下回って働くことになる労働者は、引き上げ後の最低賃金を上回る水準で働くことになるが、実際には最低賃金を下回って働いている労働者も一定数存在している。上記で見てきた未満率や影響率を基に、最低賃金引き上げによって直接影響を受ける人数を試算し、引き上げ効果を試算する。なお、試算に当たっては厚生労働省の賃金構造基本調査を用いたが、当統計の調査範囲は、常用労働者5人以上を雇用する事業所に限られる。

◆全国への効果

まず、t年度の最低賃金引き上げの影響を直接受ける労働者数を、「t年度の引き上げで最低賃金を下回る労働者数」から「t+1年度の引き上げ前に最低賃金を下回っている労働者数」を引くことで試算した。式で表すと、「(全体(除く事業規模5人未満)の影響率)t×労働者数t-(全体(除く事業規模5人未満)の未満率)t+1×労働者数t+1」となる。影響を受けた労働者数は、2011年度には10万人にも満たなかったが、その後は最低賃金の引き上げ額の増加を受けて2016年度には100万人に達した(図表8)。最低賃金近辺の水準で働く労働者が増えており、最低賃金を引き上げたことによる効果がより大きくなっている。

実際に、影響を受けた労働者数に、年間の労働時間5を乗じて雇用者全体の所得増加額を試算すると、2011年度は9億円に過ぎなかったが、2013年度には100億円に上り、2016年度には300億円以上の所得増加につながっている(図表9)。2016年賃金構造基本統計調査によれば、労働者の給与総額は126.5兆円であり、最低賃金の引き上げによる労働者全体の給与総額に対する押し上げ効果はその0.02%程度に過ぎないものの、年率3%の伸びが続いた場合、引き上げ額は増加していくことから、今後引き上げの影響を受ける労働者数やその所得増加効果は益々増えていくと見込まれる。

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(*5)引き上げ後の最低賃金を下回る一般労働者数、短時間労働者数(平成26年賃金構造基本統計調査特別集計)の割合を用いて、各年度の所定内労働時間を加重平均して算出
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◆都道府県別の効果

同様にして、最低賃金引き上げによる影響を都道府県別にみていく。ここでは、データの制約があり、2016年度の最低賃金引き上げの影響を直接受ける労働者数を、「(全体(除く事業規模5人未満)の影響率)2016×労働者数2016-(全体(除く事業規模5人未満)の未満率)2016×労働者数2016」とし、最低賃金を下回って働く労働者の数が次年度も変わらないとした。そして、影響を受けた労働者数に、年間の労働時間を乗じて各都道府県における給与増加額(対労働者全体の給与総額)を押し上げ効果として試算した。

押し上げ効果は、影響率の高さがプラスに働くものの、最低賃金から離れた水準で働く労働者の分布にも左右される。

Aランクの神奈川県、大阪府が影響率の上位2府県だったが、押し上げ効果は飛び抜けて大きい訳ではなかった(図表10)。最低賃金近辺で働く労働者が増えているが、最低賃金を大きく上回って働いている労働者も多く存在すると考えられる。しかし、この2府県は未満率も高く、最低賃金を下回って働いている労働者の割合も高い。最低賃金を引き上げなくても、違反している事業所への監督指導を徹底するだけで、恩恵を受ける労働者が増え、更なる押し上げ効果が見込まれる。

Bランクでは、総じて押し上げ効果が大きくなかった。特に、影響率の低かった茨城県、滋賀県は効果も小さい。企業の負担もそこまで増していないと考えられ、現時点で更なる最低賃金の引き上げ余地があると考えられる。

Cランクでも、影響率の高かった北海道などは押し上げ効果も大きかったが、その他の県は効果が大きくなかった。特に、影響率の低い石川県、香川県、群馬県は効果も小さく、更なる最低賃金の引き上げ余地があると考えられる。

Dランクでは、押し上げ効果は全17県中12県が全国(単純平均)を上回っており、影響率では8県が全国を上回っていたことと比べると、単純に恩恵を受ける労働者の割合が多いだけでなく、地域経済に与える影響も相応に大きい。最低賃金と労働者全体の平均賃金の差が小さいためと考えられる。

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短時間労働者の賃金格差は見られず

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政府は、最低賃金の引き上げを通じて、雇用者報酬の拡大を目指している。最後に、都道府県ごとの最低賃金の格差と時給(短時間労働者)の格差の関係や、最低賃金の引き上げが短時間労働者全体の時給に与える影響についてみていく。

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最低賃金の引き上げ額はAランクが最も高く、Dランクにかけて下がっていく。加えて、ランク区分の見直しは5年ごとに見直され、ランク間の移動が頻繁に生じるわけではないので、都道府県別の最低賃金の差は年々広がっている。最低賃金が最も高い都道府県と最も低い都道府県との差は、2006年まで100円程度で安定していたが、2007年度から2011年度は毎年20円程度広がり、2012年度以降は毎年5円程度拡大している。2017年度時点では、221円の差がある(図表11)。
最低賃金が大きく引き上がる前年の2006年度の最低賃金と、10年間(2006年度から2016年度)の最低賃金の伸び率の関係をみると、両者には正の相関関係がある。最低賃金の水準が低い都道府県は18%程度最低賃金が上昇し、賃金水準の高い都道府県は20~30%程度上昇した(図表12)。最低賃金が元々高い都道府県ほど、最低賃金の引き上げ率が高い傾向があり、最低賃金引き上げの影響を大きく受ける短時間労働者全体の時給格差が益々拡大する恐れがある。

最低賃金の引き上げは、低所得者層の賃金引き上げを通じた貧困対策の面もある。最低賃金近辺で働く労働者の所得はここ10年で大幅に上昇したと考えられる。ただ、引き上げ額の格差拡大からその恩恵は都道府県によって大きく異なっている。現時点の最低賃金の差である221円を年収の差に換算すると、22.8万円 となる。低所得者層で格差が広がっていることには留意が必要であろう。

一方で、短時間労働者全体でみれば、地域別の賃金格差はみられなかった。最低賃金の格差が広がる過程でも、短時間労働者の時給(1時間当たりの所定内給与額)の格差は390円程度で安定している(図表13)。

2005年度から2016年度までの短時間労働者の時給上昇率と最低賃金の引き上げ率の関係をみると、両者の決定係数は0.06と相関関係がみられなかった(図表14)。東京都は最低賃金が30%弱上昇したが、短時間労働者の時給は約9%程度しか上昇しておらず、47都道府県中33番目の低さである。また、最低賃金が15%程度上昇した都道府県の中でも、短時間労働者の時給上昇率は2%程度から15%程度まで幅があり、都道府県によってまちまちである。政府は、最低賃金の引き上げを通じて、雇用者報酬の拡大を目指しているが、その効果は現時点では限定的なものにとどまっている。

短時間労働者の時給は、最低賃金の引き上げの影響はあまり受けず、その地域の労働生産性や労働需給に依るものと思われる。また、格差が広がっていない理由の一つとして、最低賃金の引き上げ率が大きい都道府県ほど、最低賃金から離れた水準で働いている労働者は賃金上昇が抑えられてしまっている可能性もあるかもしれない。

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おわりに

最低賃金は、2007年度以降は生活保護に係る政策との整合性を取るためという貧困対策の面から大幅な引き上げが続き、2014年度には生活保護の水準と最低賃金の乖離が全ての都道府県において解消されたと最低賃金審議会はしている(*6)。そして、現在の大幅な引き上げは、総雇用者所得を増加させ、持続的な経済成長を実現するためという経済政策の面が強くなっている。ただし、最低賃金の引き上げ率と短時間労働者の時給上昇率に相関関係はみられず、総雇用者所得を増加させる効果は現時点では限定的なものにとどまっている。

また、現在のランク分けによる目安額の提示は全国的に整合性のある決定が行われるようにするため、1978年度から導入されている。ランク分けは複数の経済指標を合成した総合指数で47都道府県が順位付けされ決定するものの、その後の目安額の決定に当たっては、明確な根拠があるわけではなく、整合性に欠ける。とりわけ、2016年度は「ニッポン一億総活躍プラン」、2017年度は「働き方改革実行計画」への配慮が優先され、過去最大の引き上げ額となった。

大幅な引き上げを受けて、影響を受ける労働者は年々増加している。特に、中小企業で働く労働者は最低賃金近辺で働いている割合が多い。今のところ、全国的に人手不足感が大きく高まる中では、企業が雇用を減らす等の悪影響は生じていないが、企業にとってはコスト増加にもつながり、中小企業が最低賃金を円滑に引き上げられるよう政府の支援(*7)がますます必要になってくるだろう。特に、Dランクは引き上げ額が小さいが、地域経済に与える影響は他のランクに比べて大きく、中小企業の生産性向上に向けた取り組みがより重要になってくる。一方、Bランクの茨城県、滋賀県、Cランクの石川県、香川県、群馬県をはじめB,Cランクでは引き上げの恩恵を受ける労働者が少ないことに加え、押し上げ効果も限定的な地域が多く、更なる引き上げ余地があろう。また、Aランクの大阪府や神奈川県では、最低賃金法を違反している事業所の取り締まりを強化することで、十分な効果を期待できる可能性がある。

最終的に引き上げ額を決定する地方最低賃金審議会では、中央から示される目安額が重視されているが、より地域の実態に即した審議を行う必要性が高まっていると考える。

大幅な引き上げが続く中で、労使の主張は対立している。今年度の審議会では、労働者側は、「最低賃金の水準が依然として低く、最低賃金額が800円以下の地域をなくすことが急務であり、Aランクについては1,000円への到達を目指すべき」として、「達成時期は3年以内」と主張している。一方、使用者側は、「政府の施策の十分な成果が見られないまま最低賃金の大幅な引き上げが先行して実施されてきた」との現状認識を示し、「急激に上昇した影響率を十分に考慮した、合理的な根拠に裏打ちされた目安を提示すべき」と主張している。

毎年3%程度の引き上げを通じて最低賃金の時給1,000円を達成しても、企業負担が増して雇用にも悪影響が生じれば経済効果はマイナスとなってしまう。本末転倒にならないためにも、日本経済が成長を続けるだけでなく、最低賃金引き上げが及ぼす影響について、実態をより詳細に把握し、中央及び地方の最低賃金審議会において引き上げ幅の数値的な根拠を明確にしていく必要があるだろう。

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(*6)「生活扶助基準(1類費+2類費+期末一時扶助費)+住宅扶助」と「最低賃金で月173.8時間働いた場合の可処分所得」を比較
(*7)現在の支援として業務改善助成金があり、生産性向上のための設備投資(機械設備、POSシステム等の導入)を行い、事業場内最低賃金を30円以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成(上限額200万円)している
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白波瀨康雄(しらはせやすお)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員

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