要旨

ユーロ圏の景気拡大が続いている。実質GDPは7~9月期まで4四半期連続で前期比年率2%を超えている。EUの欧州委員会は「2017年秋季経済予測」でユーロ圏の17年の実質GDPを2.2%に上方修正し、18年~19年も2%近辺の成長持続を予測した。

ECBは10月理事会で、18年1月からの国債等の資産買い入れの月600億ユーロから月300億ユーロへの減額とともに(1)純資産買入れのオープンエンド化、(2)政策金利の長期据え置き、(3)買入れ資産の元本の再投資の長期継続、(4)固定金利・金額無制限の資金供給の19年末までの継続を決めた。

ECBの決定の重点は、緩和縮小よりも著しく緩和的な金融環境の維持にある。

景気拡大でもECBが緩和縮小に慎重な姿勢をとるのは、(1)低インフレの持続が見込まれ、(2)ユーロ高リスクへの配慮が必要で、(3)過剰債務と不良債権処理が道半ばであるからだ。

ユーロ圏の銀行の不良債権比率は低下傾向にあるが、一部の国で水準が高く、銀行収益と貸出の伸びを抑制している。不良債権問題への取り組みは、銀行同盟を完成させ、より安定的な単一通貨圏となるために超えなければならないハードルであり、銀行監督機関としてのECBにとっての最優先課題だ。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

2%超のペースの景気拡大が続くユーロ圏

ユーロ圏の景気拡大が続いている。7~9月期の実質GDPは前期比0.6%、年率2.5%で、4~6月期の同0.7%、年率2.6%に続く高めの伸びとなった。ユーロ圏では、プラス成長が18四半期にわたっているが、ここ4四半期は、年率2%超える水準にピッチが上がっている。停滞が長引いたイタリアも前期比0.5%に加速するなど、景気拡大は圏内全域に及ぶようになった(図表1)。実質GDPと連動性が高い総合PMIは10月も56.0と活動の拡大と縮小の分かれ目となる50を大きく上回っており、10~12月期も年率2%程度のペースを保ちそうだ。

EUの欧州委員会が今月9日に公表した「2017年秋季経済予測」ではユーロ圏の17年の実質GDPを前回4月の予測から0.5ポイントの引き上げ2.2%と予測した。世界金融危機後の最高の2.1%(2010年及び2015年)を超える。18~19年も2%近辺と1%台前半~半ばの潜在成長率を超える成長を見込む。18年には世界金融危機以降、開いた状態が続いたGDPギャップもプラスに転じる見通しだ。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ECBは18年初から資産買入れ削減も著しく緩和的な金融環境は維持

景気拡大の定着を受けて欧州中央銀行(ECB)は10月26日の政策理事会で、現在月600億ユーロの規模の国債等の資産買い入れを、18年1月から月300億ユーロに減額することを決めた。

「資産買入れ額の半減」という面だけを捉えると思い切った緩和縮小という印象を受ける。

しかし、10月のECB理事会では、買い入れの減額と合わせて以下の4つを決定しており、重点は緩和縮小よりも著しく緩和的な金融環境の維持にある。

(1)純資産買入れのオープン・エンド化

ドラギ総裁は、政策理事会後の記者会見で、減額は「テーパリング」ではなく、資産買入れは終了期限を定めない「オープン・エンド(無期限)」であることを強調、「突然の打ち切りはない」と明言した。今後の金融政策の方針を示す「フォワード・ガイダンス」では、資産買い入れについて、18年9月末以降も、「政策理事会が(2%以下でその近辺の)物価目標に整合的な軌道への調整の進展を確認するまで継続する」という文言を維持、見通しが悪化した場合には「規模と期間の両面で拡大する用意がある」との文言も残した。

(2)政策金利は資産買入れ期限を十分超える長期にわたり据え置く

政策金利については中銀預金金利マイナス0.4%、主要レポ金利ゼロ、中銀貸出金利0.25%という水準(図表3)での据え置きを決め、「純資産買い入れの期間を十分超える(well past)長期にわたり現在の水準に留まる」とのフォワードガイダンスを維持した。

ECBは、利上げは、純資産買入れを停止後という、米連邦準備制度理事会(FRB)と同じ「順序」を約束しているが、「十分超える長期」が、どの程度の期間を指すのかははっきりしない。10月理事会後の記者会見では、FRBは買入れ停止から利上げまでに15カ月かかった事例を引用して、具体的にどの程度の期間を想定しているかという質問が出たが、ドラギ総裁は明確に答えなかった。

しかし、純産買入れを18年9月末まで延長し、オープン・エンドとしたことで、利上げ開始は早くても19年であり、マイナス金利の解消は2020年にずれ込むとの観測も広がっている。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)
ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(3)償還期限を迎えた資産の元本の再投資を純資産買入れ停止後も長期にわたり継続

資産買入れについては、純資産買入額の削減と共に償還期限を迎えた買入れ資産の元本の再投資について「純資産買入れ停止後も長期にわたり、必要な限り継続する」方針を示した。

ECBは、量的緩和の目的で国債等(公営企業、地方政府や国際機関等の発行する債券を含む)、社債、カバード・ボンド、資産担保証券(ABS)の4種類の資産を買入れており、17年11月10日時点の買入残高は2.2兆ユーロに達している(図表4)。買入残高の内訳は、8割強が国債等、およそ1割がカバードボンドだ。

資産買入れプログラムの始動から3年が経過し、残高が積み上がったことで、今後、再投資の金額は増加傾向にある。ECBは、今月から、過去の償還額とともに今後の推定償還額の公表を開始したが(図表5)、18年の償還額は多い月には250億ユーロ近くに達する。ドラギ総裁は、記者会見で、償還の月ないし必要に応じてそれに続く2カ月の間に、柔軟かつタイムリーに再投資を行う方針を表明している。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(4)固定金利・金額無制限の資金供給を少なくとも19年末まで継続

資金供給も、定例で行っている主要リファイナンシング・オペ(主要オペ)と3カ月物の長期リファイナンス・オペ(長期オペ)を固定金利・金額無制限で必要な限り、少なくとも19年の最後の預金準備期間の終了まで継続することを決めた。

資金供給は資産買入れプログラムの開始までECBの非伝統的手段のメインのツールだった。固定金利・金額無制限の資金供給は、世界金融危機対応として始まったもので、危機以前は、複数金利・入札方式で行われていた。長期オペも、世界金融危機への対応として6カ月、1年物の供給が実施、圏内の債務危機が深刻化していた11年12月と12年3月には南欧などの銀行の流動性対策として3年物の資金供給が合わせて1兆ユーロ実施された。さらに、14年9月からは3年物の償還対策とともにデフレ・リスク回避のための貸出促進策として最長4年の資金供給(TLTRO)が導入された。

TLTROは、16年3月にはTLTROIIにバージョンアップして3カ月毎に実施されてきたが、貸出が緩やかな回復に転じていることもあり(図表7)、17年3月に終了している。最終回のTLTROⅡに対する銀行の需要は旺盛で454行に2335億ユーロが供給された。償還は2021年3月であり、ECBの資金供給残高は、世界金融危機前よりも、高い水準で維持される見通しだ。

固定金利・金額無制限での供給は長期にわたり継続する方針は、流動性の問題による金融システムの緊張の高まりを阻止する意思を示すものと思われる。

緩和縮小に慎重な3つの理由

成長加速でもECBが緩和縮小に慎重な姿勢をとる理由は3つある。(1)低インフレの持続が見込まれ、(2)ユーロ高リスクへの配慮が必要で、(3)過剰債務と不良債権処理が道半ばであることだ。

(1)低インフレ持続の見通し

物価の安定はECBの金融政策の一義的な目的だ。しかし、インフレ率は、景気拡大が続きGDPギャップの解消が視野に入っても、ECBが安定的水準と見なす「2%以下でその近辺」に近づく目処が立たない。10月のインフレ率は前年同月比1.4%と9月から0.1ポイント低下した。エネルギー、食品、酒類・煙草を除くコアCPIは1.1%から0.9%に低下している。19年にかけて2%近辺の成長持続を予測する欧州委員会も、インフレ率については、19年年間で1.6%と「2%以下でその近辺」に届かないとしている(図表10)。

ユーロ圏の失業率は最新の9月時点で8.9%と日本や米国に比べて高水準だが、低下傾向は定着しており、そのペースも速まっているが(図表11)、賃金の伸びはまだ世界金融危機前に比べて低調な伸びに留まっている(図表12)。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)
ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

欧州委員会・経済財政総局の推計ではユーロ圏のNAWRU(インフレを加速させない失業率)は17年で8.6%であり、その差は縮小している。失業の解消が遅れるイタリアは10.3%のNAWRUに対して、9月の実績が11.1%、フランスは9.2%に対して9.7%と、NAWRUを上回る。他方で、ドイツは3.7%の推計値を9月実績の3.6%が下回り、スペインは16.6%の推計値に、9月実績の16.7%が大きく近づいている。

失業率が低下しても賃金の伸びに反映され難い理由としては、賃金形成にタイムラグがあることや、公式の統計には現れない広義の失業者の存在、労働市場改革が進展したことで、賃金決定方式が変化したことなどが指摘されている。

さらにグローバルな競争の激化や、財・サービス市場におけるデジタル化の進展などは、ユーロ圏においても、賃金・価格の伸びを抑える要因になっていると考えられる。

(2)ユーロ高リスク

ECBの緩和縮小はユーロ高圧力となり、ユーロ高は物価目標への調整の進展を阻む要因となり得る。

とりわけ、7月20日、9月7日の理事会では緩和縮小を決めた場合のユーロ高が強く懸念されていた。フランス大統領選挙後の政治リスクへの懸念や、米国のトランプ政権の政策への期待の後退といった要因も押上げ圧力となり、ユーロ高が加速していたからだ(図表13)。7月理事会の議事要旨には、ユーロ相場の動きについて「相対的なファンダメンタルズの変化を反映した価格調整の反映」としつつ、「先行きのオーバーシュートのリスク」への懸念が明記されている。対応として、金融緩和の度合いの調整の余地と柔軟性を確保することと、手堅いコミュニケーション戦略の重要性確認している。9月の理事会は、為替相場がメインテーマの1つとし、ドラギ総裁は、「為替相場のボラティリティーは不確実性の源泉」であることを強調した。

ECBの緩和縮小
(画像=ニッセイ基礎研究所)

10月理事会の段階ではユーロ高圧力は沈静化し、緩和縮小と同時に著しく緩和的な金融環境の維持を約束したECBの政策決定に市場はユーロ安で反応した。ECBの緩和縮小に関する行過ぎた期待と共に、9月のドイツの連邦議会選挙での極右・ポピュリスト政党への予想以上の支持の広がりやスペイン・カタルーニャの独立を巡る混乱などで、政治面でも過度な楽観が修正されたことが影響したものと理解される。

10月理事会は、とりあず無難に乗り切ったものの、ECBにとっては、この先も「為替相場のボラティリティーは不確実性の源泉」であり続けるだろう。ユーロ相場の基調は、FRBの金融政策やトランプ政権の政策への期待の変化によって、変化する傾向が強い(図表13)。ユーロの対ドル相場は今月14日~15日の2日間で1ユーロ=1.16ドル台から1.18ドル台へとユーロ高が進み、10月理事会後の下げが打ち消されてしまった。

(3)道半ばの過剰債務と不良債権処理

過剰債務と不良債権の問題の解決が道半ばにあることも、著しく緩和的な金融環境の継続が求められる理由だ。

ユーロ圏の銀行の不良債権は、そもそも統一的な基準によって把握されていない問題があったが、ECBによる一元的な銀行監督体制が始動してから3年が経過し、単一のルール・ブックに基づくユーロ圏の銀行の健全化が進められている。自己資本の増強は進み、不良債権比率も着実に低下している(図表15)。しかし、イタリアなど6カ国で不良債権比率は10%を超えるなど、一部の国の銀行の不良債権比率はなお高い(図表16)。不良債権に対する引当金によるカバー率は44.7%(17年7~9月期)で担保を含めるとカバー率はおよそ80%という状況だ。ECBは、不良債権をバランス・シートの問題ではなく、銀行収益と貸出の伸びを抑制する問題と位置づけ、17年3月に公表したガイドラインに沿った「野心的だが現実的で信頼に足る」不良債権の処理を求めている。10月4日には、新たな不良債権について引当金計上のルールの厳格化についての文書を公開、12月8日を期限とするパブリック・コンサルテーションを行っている。

不良債権問題への取り組みは、銀行同盟を完成させ、より安定的な単一通貨圏となるために超えなければならないハードルであり、ユーロ圏の銀行監督機関としてのECBにとっての最優先課題だ。

ECBの緩和縮小
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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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