経団連の次期会長として、日立製作所の中西宏明会長が本命視されている。既に大手メディアでは「内定へ」と報じられている。中西氏は、日立を再建させた立役者の一人である。過去の経団連会長は、多くが製造業から輩出されているため、日本の経済界は製造業中心であるととらえられるが、次期会長も製造業出身になる可能性が高そうだ。

歴代の経団連会長は「財界総理」と呼ばれ、政界、官界に大きな影響力を持っていた。だが、現在では経団連の影響力が低下していると言われている。経団連が設立された戦後の混乱期から現在まで、歴代会長を確認することで、戦後の日本経済の流れが見えてくる。初代から現会長までの歴代経団連会長13人を紹介しよう。

初代 「統制の神様」と言われた人物、石川一郎(日産化学工業社長)

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(画像=鵜殿七郎 - 毎日新聞社「毎日グラフ(1953年4月22日号)」より)

期間:1948年3月16日~1956年2月21日

石川氏は、終戦直後まで化学工業の統制会の会長であり、「統制の神様」と言われた人物である。

終戦後、占領軍への窓口として結成された経済団体連合委員会(経団連の前身)代表理事の時代を含め、10年にわたり経団連会長を務めた。戦後の混乱の中で経済復興を目指し、政府、官庁、各業界の調整を巧みに実施。財閥解体や独占禁止法の制定など、様々な難題に対し、財界の代表として対応した。

評議員会議長は3人が就任し、就任順に斯波 孝四郎氏(日本海事協会理事長)、高橋 竜太郎氏(日本商工会議所会頭)、石坂 泰三氏(東京芝浦電気社長)となる。

第2代 生産性向上と国際化により高度成長に貢献、石坂泰三(東京芝浦電気社長)

期間:1956年2月21日~1968年5月24日

石坂氏は、戦後の労働争議により倒産寸前まで追い詰められた東芝の社長に就任し、再建に成功した。

経団連では、政治とは一線と画し、財界を取りまとめ、貿易、資本の自由化を推し進めた。12年もの長きにわたり経団連会長を務め、戦後日本としての新たなる目標「生産性向上」と「国際化」を掲げ、日本の高度成長に貢献した。

評議員会議長は、菅 礼之助氏(東京電力会長)が務めた。

第3代 公害などの社会問題に取り組んだ、植村甲午郎(経団連事務局)

期間:1968年5月24日~1974年5月24日

植村氏は、官僚をはじめとし、ニッポン放送などの会社社長や会長など、多くの要職を務めた経営者である。

この時代の日本は、公害やインフレといった問題に悩まされていた。経団連会長としての植村氏はこれらの難題に取り組んだ。また、日米繊維交渉や石油ショックなどの経済問題にも対処した。

評議員会議長は、佐藤 喜一郎氏(三井銀行会長)が担当。

第4代 石油ショックからの回復、土光敏夫(東京芝浦電気会長)

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(画像=財界研究社『財界』新年特大号=1964=より)

期間:1974年5月24日~1980年5月23日

土光氏は、質素な生活から「メザシの土光さん」と呼ばれ、石川島重工業(現・IHI)や東芝の会社再建を行った経営者である。

1973年末に発生した石油ショックの混乱の時期、土光氏は経団連会長に就任。日本経済の立て直しに尽力した。そして、多くの課題の中でも特にエネルギー、資源問題に取り組んだ。就任2年目以降は、中国、北米、ヨーロッパを訪問し、各国首脳との議論を重ねた。

評議員会議長は、河野 文彦氏(三菱重工業相談役)が担当。

第5代 国際協調を重視した「我慢の哲学」を説く、稲山嘉寛(新日本製鐵会長)

期間:1980年5月23日~1986年5月28日

稲山氏は、八幡製鐵と富士製鐵の合併により誕生した新日本製鐵の初代会長であり、日本の鉄鋼業界のリーダーといえる人物。

1980年代は欧米との貿易摩擦が大きな問題となり、稲山氏は国際協調を重視する「我慢の哲学」を説き、自動車などの輸出自主規制を指導した。また、政権の後ろ盾を受け、中国首脳と接触するなど幅広く活動した。

評議員会議長は、岩佐 凱実氏(富士銀行相談役)が担当。

第6代 財界をまとめ消費税導入を後押し、斎藤英四郎(新日本製鐵会長)

期間:1986年5月28日~1990年12月21日

大柄な体、にこやかな丸顔の斎藤氏は、第5代経団連会長の稲山氏に続き、2期連続となる新日鉄からの経団連会長就任となった。

斎藤氏は、財界をまとめ、竹下内閣の消費税導入(税率3%)に協力した。また、日経連、日本商工会議所、経済同友会を含めた「財界4団体一枚岩」論を実践。そして、大きな問題となっていた貿易摩擦解消に向け、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、オセアニアへ奔走した。

評議員会議長は、山下 勇氏(三井造船相談役)が担当。

第7代 規制緩和により、新規参入、自由競争を促進、平岩外四(東京電力会長)

期間:1990年12月21日~1994年5月27日

平岩会長は、政治献金の廃止や「平岩レポート」による経済規制の撤廃で知られる。

平岩レポートでは、目標を「内外に開かれ、創造的で活力があり、生活者を優先し、世界と調和し、世界から共感を得られる経済社会」の実現とした。そして、経団連では「規制緩和」を主な課題として、改革に取り組んだ。

評議員会議長は、松澤 卓二氏(富士銀行相談役)が務めた。

第8代 「魅力ある日本」の実現に向けた各種活動、豊田章一郎(トヨタ自動車会長)

期間:1994年5月27日~1998年5月26日

豊田章一郎氏は、シェア拡大を追い求めたトヨタに「競争と協調」という新しい理念を導いた。

日本経済のバブル崩壊後、政治、経済、社会のシステムには行き詰まりがあった。そこで経団連の基本姿勢「大胆に構想し、着実に実行する」をもとに、「変革」「創造」「信頼」をキーワードに取り組んだ。「魅力ある日本」の実現に向け、規制の撤廃や緩和、税制など経済構造の改革、人材育成などの各種課題に尽力した。また、ケニアの難民キャンプを訪問するなど、難民支援活動も行った。

評議員会議長は、齋藤 裕氏(新日本製鐵会長)が担当。

第9代 金融安定化と企業の競争力強化を目指した、今井敬 (新日本製鐵会長)

期間:1998年5月26日~2002年5月28日

今井氏は、新日鉄にて、不採算工場閉鎖や従業員解雇などの大規模なリストラを敢行し、鉄鋼不況からの立て直しを行った。

経団連では、3つのことに取り組んだ。一つめは金融安定化で、日本発の金融恐慌を起こさないようにすること。当時、日本の不良債権は100兆円あったという。二つめは商法改正で、会社分割や株式交換による合併をできるようにし、持ち株会社制度が整備された。三つめは「ミレニアム・プロジェクト」だ。科学技術立国をキーワードにし、IT、バイオ、環境、ナノを中心に予算をつけてもらった。

評議員会議長は、前期は関本 忠弘氏(日本電気会長)が、後期の3年間は那須 翔氏(東京電力会長)が担当した。

第10代 ビジョン「活力と魅力溢れる日本をめざして」、奥田碩(トヨタ自動車会長)

期間:2002年5月28日~2006年5月24日

「活力と魅力溢れる日本をめざして」は、奥田会長時代に発表された経団連のビジョンであり、「奥田ビジョン」と呼ばれた。

「多様性のダイナミズム」と「共感と信頼」を理念とし、その活動の中で、「企業中心の社会から、自立した個人を中心とする社会への転換」、「外国人の受け入れ」、「東アジアの連携強化」などをはじめとした多くの課題に取り組んだ。

評議員会議長は、第9代会長時代後期の那須 翔氏(東京電力相談役)が数カ月継続し、後期3年間は森下 洋一氏(松下電器産業会長)が担当した。

第11代 ビジョン「希望の国、日本」を世に問うた、御手洗冨士夫(キヤノン会長)

期間:2006年5月24日~2010年5月27日

「選択と集中」の手腕で高く評価されている御手洗氏は、米国での23年にわたるビジネス経験など、国際経験が豊富である。

経団連の新ビジョン「希望の国、日本」を世に問い、御手洗氏なりの日本のかたちを示した。その根底には、誰もが挑戦の機会を与えられ、努力して成果をあげた人が報われる、真に公正・公平な社会システムが、国際競争力を持ち続けるために不可欠だと説いた。

評議員会議長は、前期2年間を西室 泰三氏(東芝相談役)が担当し、後期2年間を米倉 弘昌氏(住友化学社長)が担当した。

第12代 経済の活性化を最優先に、米倉弘昌(住友化学会長)

期間:2010年5月27日~2014年6月3日

米倉氏は、住友化学でシンガポールなどの大事業を成功させてきたグローバルに強い経営者である。

経団連会長としては、民主党政権の「アンチ・ビジネス」政策とは軋轢があった。その後の自民党政権とは、デフレ脱却のための賃上げ要請にも応じたが、安倍政権との関係は良好とはいえなかったようだ。主として中国との経済関係改善に力を入れたが、尖閣諸島をめぐる問題などにより、活動は難航したようだ。

この代の審議員会議長は、渡 文明氏(JXホールディングス相談役)であった。尚、2012年3月30日から、それまでの「評議員会議長」が「審議員会議長」という名称へ変更された。

第13代 成長戦略・構造改革の推進と国際経済秩序の発展を、榊原定征(東レ会長)

期間:2014年6月3日~

昆虫のチョウの収集が趣味だという榊原氏。東レでは、ユニクロと「ヒートテック」を共同開発した。

経団連では、政府の政策であるSociety 5.0の実現を推進している。Society 5.0とは、IoT、AI、ロボットなどのテクノロジーを活用した超スマート社会を実現するための政策である。また、金曜日に早めの退社を促す「プレミアムフライデー」の見直しを表明した。月末の金曜日は、企業にとって特に忙しい日である。つまり月末の金曜日は、プレミアムフライデーの目的である「消費喚起」などが難しいとし、実施日の変更を含めた見直しを行う予定だという。

この代の審議員会議長は、岩沙 弘道氏(三井不動産会長)が務めている。審議員会議長とは、経団連で会長に次ぐナンバー2のポジションとされる。審議員会とは、「会長の諮問に応え、経済、産業、社会、環境および科学技術等に関する事項について審議する機関」(経団連タイムス No.3074)である。議長をはじめとする審議員会は、重要課題について、定期的に会長へ意見表明を行う役割を持つ。

ここまで13人の歴代経団連会長を確認してきた。終戦後の復興から高度経済成長、公害、オイルショック、貿易摩擦、バブル経済崩壊、バブル崩壊後の失われた20年、それぞれの時代の財界代表として日本経済を導いてきたのが経団連会長である。そして現代は変わり、IoT、AI、フィンテック、自動運転など、現代はテクノロジーの急激な進化の時代といえる。このような時代に、次期経団連会長が日本経済にどうアプローチするのか注目したい。(松本雄一、ビジネス・金融アドバイザー)