(本記事は、佐藤将之氏の著書『アマゾンのすごいルール』宝島社、2018年4月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

アマゾンのすごいルール
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

【『アマゾンのすごいルール』シリーズ】
(1)ジェフ・ベゾスが「1万年動き続ける時計」を作る理由
(2)アマゾン流 優秀な人を獲得する「ブレない面接」とは?
(3)アマゾンの「360度評価」はココが違う!正しくない評価のはじき方
(4)資料で箇条書きはNG アマゾンが「パワポ禁止令」を出した理由
(5)ジェフ・ベゾスが「顧客第一」のために排除する「ソーシャル・コヒージョン」とは?

馴れ合いや妥協はお客様のためにならない

「あの人には世話になっているしなあ」「あの人には迷惑をかけられないからなあ」といった人間関係のしがらみに縛られた判断は、ジェフ・ベゾスの頭の中にまったくないと思います。

ジェフ・ベゾスはよく「Social Cohesion(ソーシャル・コヒージョン)に注意してください」と私たちに言っていました。

ソーシャル・コヒージョン──日本語に訳すと「社会的一体性」や「社会的統合」という意味です。

あまりピンとこないかもしれません。

意訳である「馴れ合い」や「親しい間での妥協」のほうが、ベゾスの伝えたい意味に近いかもしれません。

社内・社外にかかわらず、人間関係を無難かつ良好に維持しようとすると、さまざまな妥協が起きてしまいがちです。

本当はもっと高い目標を掲げなければならないのに「落としどころ」という言葉を使って安易な妥協を繰り返す......皆さんも一度や二度経験があるのではないでしょうか?

もちろん「落としどころ」がまったく許されない環境では組織は成り立ちませんが、肝心な場面では組織間や会社間の馴れ合いを排除することが必要だとジェフ・ベゾスは言うのです。

・間を取って2メートルセンチにしていないか?

それはベゾスがバケーションも兼ねて来日したときでした。全社員から20名程度の者が選ばれて、ベゾスを囲んだランチをする機会がありました。その際、それぞれがベゾスへの質問を考えていったのですが、その質疑応答の中でソーシャル・コヒージョンについて解説してくれました。

社員からの質問は、

「会社が急成長し、組織が以前と比べると巨大になってきている。当然そのような巨大な組織を運営するのは初めてだと思うが、どんなことに気をつけているか?」

というものでした。

それに対してベゾスは、

「Social Cohesionが起こらないように注意しなければならない」

と答えたのです。

具体的な例として、天井の高さを推測する状況を用いて説明をしてくれました。

「天井の高さを推測するとき、ある人は『2メートル50センチくらいじゃない?』と言い、ある人は『3メートルくらいかな?』と言いました。

それを聞いたもう1人が、『じゃあ2メートル75センチということにしない?』と言い、他の2人も『そうしよう』と言って2メートル75センチにすることにしました──。

これがSocial Cohesionが起きた瞬間だ。

曖昧な数字で、なんとなくゴールを決めたり、実績を測ったりしてはいけない。ちゃんとメジャーを持ってきて、天井の高さを測らなければいけないんだ」

組織が大きくなると、メジャーを持ってきて高さを測ることが、非常に手間に感じられるかもしれません。しかし、そんなときでも、きちんと正確な数字を測る手間を惜しんではいけないのだとベゾスは言います。

もしも全員がそのような誤差を許容し始めたら、組織が大きくなるほどにインパクトは大きくなり、やがて取り返しのつかないことになる。だから注意しなければならないというわけです。

社会的なしがらみ、癒着に近いようなことが起きてしまうと、人は妥協します。

その妥協は、決してお客様のためにはなりません。本当にお客様のことを考えるのなら、その妥協を捨てなければならないのです。

ジェフ・ベゾスは、会社が成長するにつれ、馴れ合いや妥協に対する危機感を強めていきました。組織が小さい間はお互いの顔が見えています。ところが会社が大きくなり、組織が分かれてくると、顔が見えなくなっていきます。

すると、「ウチの部署ではこう考える」といった組織ごとの思惑が生じます。

その結果、「じゃあ、この思惑と、その思惑の落としどころを見つけよう」という調整が始まります。日本ではとかく「間(あいだ)を取る」という行為をしがちなので、特に注意が必要です。

・ただ1つ、「お客様」だけを見て判断する

馴れ合いや親しい間での妥協を嫌うアマゾンの考え方は、日本でサービスを開始した当初はなかなか受け入れられませんでした。”黒船”といった表現で半ば揶揄された背景には、「妥協しない=冷徹、非情」といったイメージがあったのでしょう。

2000年、アマゾンジャパンの設立メンバーとして入社した私は、入社当初は書籍の仕入れ担当でした。取次さん、出版社さんとの交渉窓口でしたが、不信感を抱かれたり、警戒されたり、交渉を拒絶されたり......といったことが正直ありました。

アマゾンが見ているのは、ただ1つ、「お客様」なのです。それは、例えるなら北極星のようなものです。

価格で言えば「お客様にいかに安く商品を提供するか?」、それだけをひたすら考えます。

書籍は、日本では再販制度により、価格を下げることができません。それならば、配送料無料などのサービスを導入してお客様に還元するのです。

品揃えが良く、しかも安ければ、商品は売れます。

すると口コミが起き、人がさらにやってきます。その結果、アマゾンでものを売る人たちの利益につながる──Virtuous Cycleを回すことが私たち全体の利益になるということを、情熱を込めてお伝えしたつもりです。うまく説明できていたかどうかは、自信がありませんが。

当時、警戒や拒絶の反応を示した取次さんや出版社さんも、現在アマゾンとお付き合いをしています。そこに至るプロセスではさまざまな思いがあるのかもしれませんが、「アマゾンのサイトがたくさん本を売っていること」「”死に筋”と呼ばれるような過去の出版物も売れること」が何よりも大きいのです。

ジェフ・ベゾスがよく話していたとおり、「世間から誤解されるようなイノベーティブなこと」が、今、花となって咲いているのだと私は思うようにしています。

佐藤将之(さとうまさゆき)
企業成長支援アドバイザー。セガ・エンタープライゼスを経て、アマゾンジャパンの立ち上げメンバーとして2000年7月に入社。サプライチェーン、書籍仕入れ部門を経て、2005年よりオペレーション部門にてディレクターとして国内最大級の物流ネットワークの発展に寄与。2016年、同社退社。現在は鮨職人として日本の食文化に携わるとともに、15年超の成長企業での経験を生かし、経営コンサルタントとして企業の成長支援を中心に活動中。