人民元対ドルレートが急落している。

今年に入ってからの本土銀行間取引市場における人民元対ドルレートの動きをみると、最高値(場中ベース)は3月27日に記録した1ドル=6.2409元。その後、元安が進んだ。特に6月後半の急落が目立つ。6月14日の終値は6.3979元で、最高値からは2.5%安だが、7月2日終値は6.6631元で、わずか2週間強で4.0%元安となっている。

元安が進んだ理由

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(画像=PIXTA)

なぜ、急に元安が進んだのだろうか?

6月15日、トランプ政権は「中国製造業2025」を批判し、関連する製品を含む1102品目、500億ドル相当の輸入製品に対して25%の追加関税をかけると発表した。これを受けて国務院は16日、アメリカを批判、「アメリカが国際義務違反を犯しているといった緊急事態に及び、中国は国際法基本原理に照らし合わせ、“中華人民共和国対外貿易法”、“中華人民共和国輸出入関税条例”などの法律・法規・規定・授権などに基づき、アメリカに対して同等の輸入金額製品に対して、同程度の追加関税措置を実施、自身の合法的権益を守る」とすぐさま反撃している。

その後、トランプ大統領は18日、中国側の報復措置に対して、さらに2000億ドル相当の輸入製品に対して10%の追加関税を課すと警告。それに対して国務院は「数量、質を合わせた総合的措置を取り、強力な反撃をせざるを得ない」などと反発している。

「6月後半、米中貿易紛争が一気に過熱したことで、人民元が急落したのではないか」と考えるのが、ごく自然な発想といえるだろう。

形式的には変動相場制に近い制度

中国の為替取引は先進国と比べ特異である。

細かい点の変更はあるものの、基本的な取引制度の枠組みは2005年7月に行われた為替制度改革から変わっていない。中国人民銀行がその日の取引が始まる前に発表する基準値に対して一定の値幅(対ドルレートは±2%)の範囲内において、市場参加者は自由な取引を行うことができるといった制度である。

一見すると、株式市場におけるストップ高、ストップ安制度と似たような感じにも受け取られ、変動相場制と変わりがないのではないかと思うかもしれない。しかし、そうではない。取引が始まる前に発表される基準値が、市場実勢とは逆に動いた場合、市場参加者はそのことに敏感にならざるを得ない。

例えば、人民元が日中の取引で値幅制限一杯まで買われたとすると、市場参加者はその後、それ以上高い値段で買いを入れることができない。その翌日、前日の終値が基準値となるなら、自由な取引とほぼ同じであるが、前日と同じ水準に基準値が設定されたとすれば、値幅制限いっぱいまで買われたとしても、前日と変わらない水準で引けることになる。

そこまで極端ではないにしろ、中国人民銀行は基準値を前日の終値に対して上げ下げすることで、市場参加者の意思決定に大きな影響を与え、結果的に効率よく為替市場をコントロールすることできる。

為替操作が可能なシステム

重要なことは、「基準値がどのようにして決められるのか」という点である。中国外貨取引センターのホームページには基準値形成メカニズムが詳細に記されている。

中国人民銀行から授権された中国外貨取引センターは毎日、銀行間外貨市場が始まる前に、基準値を発表し、マーケットメイクを行う。各市場参加者は、前日の終値を参考として、外貨の需給状況、国際主要通貨の為替レートの変化を総合的に考慮して、価格を決める。

そのようにしてはじき出された価格を中国外貨取引センターはすべて集計し、最高値、最安値を省いた後、加重平均し、それを基準値としている。加重平均の仕方については、それぞれの取引高や価格情報などの指標に基づき総合的に決めるとしている。

十分細かく、かつ厳密にルールが決められているように見える。しかし、中国人民銀行は最大規模の市場参加者である。また、ビッグプレーヤーである国有商業銀行や全国ネットの都市銀行などは、中国人民銀行が幹部の人事権を実質的に掌握しており、国家政策として、取引に関して何らかの指示を与えていないとは言い切れない。基準値の決め方もそうだが、日中の取引においても、市場参加者が、国家からの完全な独立を保証されていない以上、決定される価格は操作されていると考える方が自然である。

歴史を振り返ってみると、通貨危機の際には人民元を一定水準に保つようにした。人民元の自由化、国際化を進めようと、ある時は前日の終値を重視した。また、ある時は為替の安定を確保するために通貨バスケット制を重視した。結果的に、中国人民銀行は、その時の経済情勢に応じ、都合よく為替レートをコントロールしてきた経緯がある。

難しく考える必要はないかもしれない。中国共産党は経済、金融をコントロールしようとしている。為替がコントロールできなければ、経済などコントロールできるはずはない。ましてや、トランプ大統領が中国に対して強烈な保護主義政策を打ち出そうとしている中で、中国が為替をコントロールしないはずがない。

外部環境も元安要因

もちろん、本土のマスコミが、今回の元安要因について、為替操作しているなどと書くはずがない。

本土マスコミではおおよそ以下の三点を要因として挙げている。

1.ドル指数の上昇
4月中旬から5月末にかけて強い上昇トレンドが出ている。その後は上げ下げを繰り返してはいるが、緩やかな上昇が続いている

2.金融政策の違い
アメリカは利上げ、中国は預金準備率の引き下げ(ただし、実施は7月5日)を行っており、米中金利差は縮小気味である。

3.貿易黒字の縮小
1~5月の貿易黒字(ドルベース)は26.8%減少、第1四半期の経常収支は、ほぼ15年来の赤字となった。

こうした三点を背景として、外部からは見えない形で為替は巧妙に操作されていると考えている。

そうであれば、今後の見通しは簡単だ。外貨の流出は閉鎖的な制度と厳しい外貨管理によって、コントロール可能である。当局の管理能力は絶大である。トランプ政権が大規模な追加関税をかけるならば、中国はそれを打ち消すための元安誘導を行うはずだ。

田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ株式会社 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。
HP:http://china-research.co.jp/