経営への哲学・想い・こだわり

アマゾン,イノベーション,田中道昭
(画像=The 21 online)

今月から、『「アマゾンの大戦略」に学ぶMBA講座』が始まります。MBAというのは経営学修士の略称ですから、正確に述べると、ビジネススクール講座ということになるでしょうか。

国内外のビジネススクール、経営大学院では、通常は2年間で必修科目と選択科目を合わせてたくさんの科目を履修していきます。経営戦略、マーケティング戦略、会計、財務戦略、人事戦略、組織、リーダーシップ、テクノロジー、イノベーション、起業論などの科目があります。起業論という分野だけでも、通常は戦略やマーケティングからファイナンスまで、10科目以上の講座が開かれていることも珍しくありません。

米国のビジネススクールでは、毎回ケーススタディーが渡され、「あなたがこの企業の経営者だったらどのような戦略を実行しますか」というような設問に対して、受講生は次のクラスまでに通常3時間の授業時間の数倍の準備時間をかけてリサーチ・分析・戦略立案を行います。

MBAも「チーム」の時代に

実は、自分一人だけでレポートを作成して提出するというクラスは少なく、通常は数名でチームを組み、チームでディスカッションを重ね、チームとして一つの「提案書」をクラスに提出することが求められます。一人だけでやる作業に加えてチームでの準備が加わることは、同じ学期のなかで複数の講座を履修しているなかでは、時間的にも労力的にも大変な負荷となります。

これは近年、多国籍企業においては「チームで仕事をする」ということが当たり前になってきており、実践教育であることを生命線としているビジネススクールでは、リーダーシップ等の特定科目のみならず、すべての科目で「チームで成果を出す」ということにこだわっているからなのです。

実際に、職場や社会においてより重要なのは、「個人の成績」ではなく、「チームの成績」です。ビジネススクールではペーパー試験も行われますが、多くのクラスでは同試験よりもクラスへの貢献やチームワークを重視して評価しているのも、実際の職場での評価方法とリンクさせているからです。

本講座でも、毎回チームでのディスカッションのきっかけになるような問いかけを最後にしていきたいと思います。自分一人で考えるだけではなく、職場の仲間などと一緒に考えてみることをお勧めします。

企業・経営者の判断ポイントは「経営への哲学・想い・こだわり」

本講座では、「アマゾンの大戦略」、より具体的には書籍『アマゾンが描く2022年の世界』での事例を使って経営学の内容を学んでいきます。私自身がストラテジー&マーケティングとリーダーシップ&ミッションマネジメントを専門領域としていることから、これらを中心に講座を展開していきたいと思います。また、これらの科目の基礎でもあり、私自身も立教大学ビジネススクールで担当している科目でもあるクリティカルシンキング(ロジカルシンキング)もカバーしていきます。

ビジネススクールにおいてたくさんの科目が開講されているなかで、本MBA講座でも最初に取り上げたいのが、「経営への哲学・想い・こだわり」です。

私は立教大学ビジネススクールで教授を務めている他、上場企業取締役、経営コンサルティングの仕事をしていますが、3つの仕事に共通して、企業や経営者を見る最初の重要ポイントこそが、まさに「経営への哲学・想い・こだわり」なのです。

つまりは、「その経営者が自らの事業や商品・サービスに対して、どのような哲学・想い・こだわりをもっているか」ということを企業診断の中核に据えているのです。

「ミッション、ビジョン、バリュー」を徹底するアマゾン

これはビジネススクールで学ぶ経営学に置き換えて表現すると、ミッション、ビジョン、バリューということになります。

ミッションとは、その企業の使命や存在意義です。ビジョンとはその企業の将来の姿や夢。ミッションが目的であるのに対して、ビジョンは目標ということになります。そしてバリューとは、その企業で大切にされている価値観やルールのことを指します。

ここで重要なのは、経営者の事業に対する哲学・想い・こだわり、つまりはミッション、ビジョン、バリューが、実際に提供されている商品・サービスに練り込まれているか、実際にそこで働いている社員の行動にも反映されているかということなのです。

そして、このことは決して簡単なことではありません。むしろ、このようなことがきちんとできている企業は極めて少ないと思います。でも、実は、「ミッション、ビジョン、バリューが、実際に提供されている商品・サービスに練り込まれているか、実際にそこで働いている社員の行動にも反映されているか」ということは、会社自体がブランド化するコーポレートブランディングでの必要条件でもあるほどに重要なことなのです。

そして、このことを実際に徹底してやっている会社、このことを徹底してやっていることを競争優位にまで高めている会社こそが、ジェフ・ベゾス率いるアマゾンなのです。

アマゾンの「顧客第一」。その対象とは?

それでは、アマゾンのミッション、ビジョン、バリューを私の著作である『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)から見ていきましょう。

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重要なので再度お伝えすると、ミッションとは、その企業の使命や存在意義です。ビジョンとはその企業の将来の姿や夢。ミッションが目的であるのに対して、ビジョンは目標ということになります。そしてバリューとは、その企業で大切にされている価値観やルールのことを指しています。

アマゾンは、ミッションとビジョンの両方に「地球上で最も顧客第一主義の会社」という言葉を掲げている企業です。「顧客第一主義」こそは、アマゾンにおいて最重要であり、本講座のなかでも再三登場するキーワードとなります。

ただし、ここでいう顧客とは、アマゾンで本を購入するような一般的な「消費者」に限りません。アマゾンのアニュアルレポートのなかには、消費者、販売者、デベロッパー、企業・組織、コンテンツクリエイターの5つが顧客であると書かれています。

「将来の儲けのために、今の利益を手放す」は正しい

一番目の「消費者」は、アマゾン本体のようなBtoCサービスにおける顧客のことであり、それ以外の4つ(販売者、デベロッパー、企業・組織、コンテンツクリエイター)はすべてBtoBサービスの顧客だといえます。

たとえば、販売者とはアマゾン本体に出店しているショップのこと、デベロッパーとはクラウドコンピューティングの「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」の顧客のこと、コンテンツクリエイターとは、「Amazonプライム・ビデオ」や「Amazonビデオ ダイレクト」など、今アマゾンが非常に力を入れている動画配信に参画しているクリエイターを主に指しているのだと考えられます。

図において、とくに覚えておいてほしいのは財務目標のところです。ベゾスは「長期におけるフリーキャッシュフローの極大化」が目標であると再三語っています。

アマゾンといえば利益を追わず、儲けた分は事業拡大や低価格戦略に回す戦略で知られてきました。そのため、冴えない純利益に比べてキャッシュフローは驚異的です。ジェフ・ベゾスはそれを「将来の企業価値を極大化する」ためだと言っているのです。見方を変えれば、将来儲けるために、今の利益を手放すという戦略。一見遠回りに見えますが、フリーキャッシュフローを重視すること自体は財務理論的にも正しい考え方なのです。

ベゾスがこだわり続ける「3つのバリュー」とは?

ミッションやビジョンが会社の未来の姿を描いたものだとするなら、バリューはそのための行動基準、会社が大切にしている価値観のようなものです。それはまた、ベゾスが「どんな価値観を重視して従業員に働いてほしいのか」を示すものでもあります。

ベゾスの場合、常々3つのバリューを口にしてきました。「顧客第一主義」「超長期思考」「イノベーションへの情熱」です。

また2017年のアニュアルレポートでは「オペレーショナル・エクセレンス」という言葉が追加されました。また、「リーダーシップの14カ条」も後になって追加されたものです。もともとは10カ条程度をバリューとして提示されていたものを、リーダーシップのプリンシパルとして一括りにしたものです。

イノベーションへの情熱は創業以来、あらゆる場面でベゾスが口を酸っぱくして言い続けてきたことであり、これがアマゾンの競争優位性のひとつになっていることは疑いようがありません。

「アマゾン・ゴー」「エコー」……次々生まれる革新的製品

イノベーションといえば、あらゆるドットコム企業(インターネットビジネスを手掛けるベンチャー企業)が口にする、いまさら珍しくもないお題目かもしれませんが、多くの企業はイノベーションを手にできず、ましてイノベーションを「生み出し続ける」ことなど叶わないというのが実際です。なぜなら、そこには「イノベーションのジレンマ」があるからです。

イノベーションのジレンマとは、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した概念です。ベゾスが「イノベーションのジレンマ」を意識していることは米国では広く知られています。破壊的にイノベーションを起こし、新しいビジネスを始めた会社が成長する。それはいいのですが、さらなる破壊的なイノベーションを起こそうとすると、既存のビジネスとの間にカニバリゼーションが起きるリスクが生じます。そのため破壊的イノベーションは回避されるようになり、段階的なイノベーションにとどまる。結果、別の破壊的イノベーションをもたらす会社に追いやられる――そんな考え方です。

しかし、アマゾンはイノベーションを生み出し続けています。押すだけで商品が届く「アマゾン・ダッシュ・ボタン」、話しかけるだけで音楽が再生されるのみならず、スターバックスのコーヒーまで注文できてしまう「アマゾン・エコー」、2016年にはレジのない無人コンビニ「アマゾン・ゴー」の試験も開始しました。

自社のサービスを潰してもOK!?

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なぜそんなことが可能なのでしょうか。

それは、早くから「イノベーションのジレンマ」に意識的だったベゾスが、大企業でありながら破壊的イノベーションを自ら起こす企業であり続けようとしているからです。そのためであれば既存ビジネスとのカニバリゼーションも躊躇しません。

Kindle(キンドル)はよい例です。電子書籍はアマゾン創業以来の書籍通販ビジネスとカニバリゼーションを起こす可能性のあったサービスですが、ベゾスはそれを恐れず、キンドルという破壊的イノベーションを生み出したのです。ベゾスは、それまで書籍部門を任せていた幹部をデジタル部門に異動させたうえで、こう語ったといいます。

「君の仕事は、いままでしてきた事業をぶちのめすことだ。物理的な本を売る人間、全員から職を奪うくらいのつもりで取り組んでほしい」(『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』〈日経BP社〉)。

プラットフォームやエコシステムという構想を早くから推し進めてきたのも同じくイノベーションの文脈からです。AWSは、もともとは自社サービスのために開発されたクラウドサービスを他社も利用できるようオープンにしたもの。アマゾン・エコーに搭載されている音声認識システム「アマゾン・アレクサ」も、サードパーティのメーカーがアレクサ搭載製品をつくれるよう開発ツールを公開しています。

囲い込むのではなく、オープンにする――。イノベーションを起こすうえでそれは諸刃の剣です。他社に真似され、競争優位性を失うなどのリスクがあるからです。しかし、アマゾンはあえてリスクをとり、自らを競争にさらしている。ベゾスはそうした競争のなかから破壊的イノベーションが生まれてくると期待しているのです。

[第1回目のディスカッションテーマ]

あなたの会社における事業に対する哲学・想い・こだわりとは何でしょうか。それらがきちんとミッション、ビジョン、バリューとして文章化されているでしょうか。さらには、それらが顧客に提供している商品・サービスや社員の行動に練り込まれているでしょうか。

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。戦略論を専門として、経営を中核に政治・経済・社会・技術の戦略を分析する「戦略分析コンサルタント」でもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長などを歴任。現在、株式会社マージングポイント代表取締役社長。著書に、『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)など。『2022年の「自動車産業」―異業種戦争の攻防と日本の活路(仮題)』(PHPビジネス新書)が5月中旬に発売予定。(『The 21 online』2018年04月19日 公開)

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