スムーズに相手の「YES」を引き出す方法とは!?

交渉術,荘司雅彦
(画像=The 21 online)

上司への報連相や会議、部署間の調整など、社内において交渉や説得が必要となるシーンは多くある。しかも、ことを進めるにあたって、多少の無理も通さなくてはならない場合もあるだろう。そんなとき、スムーズに相手に受け入れてもらうには、どんな交渉・説得が有効なのか、交渉のスペシャリストである弁護士の荘司雅彦氏にうかがった。

しがらみの多い社内で人を動かすには?

中間管理職は、ある意味孤独なポジションです。上司の意向に留意するのはもちろん、部下への配慮も必須。リーダーは自分一人で部下は複数という、いわば多勢に無勢。一歩間違うと統率に支障をきたすこともあるでしょう。

上司や部下の関係を含め、さまざまなしがらみがある社内において、これらの関係をコントロールするには、「心理術」の心得が支えになります。人間心理を利用すれば、少々の難題でも相手を説得できる──これは私自身、前職の銀行勤務時代や法廷において大いに実感してきたことです。

いずれのテクニックにも共通するキーワードは、「自己の重要感」。これは、D・カーネギーの主著『人を動かす』でも、最重要原則の一つに挙げられている概念です。人は皆「あなたは重要な人間だ」と言われることを渇望しており、それを満たすことが秘訣なのです。あらゆる場面で、これを念頭に置くことが大事。それを踏まえた技を駆使すれば、自由自在に「YES」を引き出せます。

「対上司」で役立つ心理テクニック

●上司を巻き込み、企画書を通す「殺し文句」はこれだ!

少々無理のある企画書だが、上司のOKをもらいたい……こうした場面では、企画書を「作ってから見せる」のはNG。いきなり完成した企画書を見せられたとき、相手はまず「アラ」を探そうとするもの。まして「少々無理のある」ものであれば、即座に却下される可能性大です。これを防ぐには、企画作成の途中段階で、上司に指導を仰ぐこと。あえて細部は詰めずに上司に見せて、「この企画、このあたりはどのようにすればよいか、教えていただけますか」と頼めばいいのです。

「教えてください」は、目上の人間に対する殺し文句。人は皆「教えたがり」な生き物ですから、「あなたの知恵が必要だ」と言われると、大きな喜びを感じるのです。これで上司の「自己重要感」が満たされます。

そして、完成品には、上司の指導内容を反映させましょう。自分が手を入れたものに対して、にべもなく「NO」を言うのは難しいもの。上司は指導をした段階で、「当事者」になっているのです。こうしてさりげなく巻き込んでしまえば、上司は知らぬ間に「応援せざるを得ない」立場になるのです。

●会議で意見を通すための「称賛+付加」のテクニック

多くの場合、会議には「オピニオンリーダー」がいて、あとはそのフォロワー、という構図ができているもの。会議で自分の意見を通したいときには、オピニオンリーダーを攻略すれば、皆が自然に追随します。そのポイントは、「称賛」と「付加」。発言のたびに「そのとおりですね、素晴らしいです」と持ち上げ、「ではこれを『加えて』はどうでしょう?」と、自分の意見を重ねていきます。相手と考えが違うことも当然ありますが、そこはうまく誘導を。弁護士は法廷で、「~ですよね?」と問いを重ねてYESと言わせ続けた末に「最初の話と逆ですね」と矛盾を突く戦法をよくとります。

会議の場では、そこまで高度でなくても、小さな「YES」を引き出すだけで目的は達せます。この、小さな要求から始めてYESを積み重ね、最終的に自分の望ましい方向に導く手法は、人は一貫した振る舞いをしようとするという「一貫性の原理」という心理に働きかけた「フット・イン・ザ・ドア」という交渉術。「こういうことですね」「そうだよ」と繰り返すと、相手は少々違和感を覚えても、NOと言えなくなるのです。

「対部下」で役立つ心理テクニック

●提出物の期限を守らせるには「日付を書かせる」のが効果的

部下に、企画書など提出物の期限を守らせたいときに有効なのが、期限を決めると同時に、日付を部下自身に目の前で書かせる方法。合意した事項を相手の目の前で書くことで、ただ聞いただけのときよりも責任感が増し、約束を破りづらくなります。約束を守るということは、一度決めたことを貫き通そうとする「一貫性の原理」に由来するものです。実際、アメリカのある病院で、次回の予約時間を患者本人に書かせたところ、キャンセル率が激減したという報告もあります。

書かせた期限を壁に貼り出すとさらに効果的です。とはいえ職場の雰囲気によっては「さらし者のようだ」と感じさせてしまう可能性も。部下のデスクの目につく場所などが無難でしょう。

大前提として気をつけたいのは、提出可能な期限にすること。行動経済学者のカーネマンとトベルスキーの研究によると、人は一つのタスクにかかる所要時間を、実際より大幅に短く見積もる傾向があるそう。この「プランニングの誤謬(ごびゅう)」を考慮しつつ設定を。部下の設定期限に疑問を感じたら、助言をしてあげるのも上司の役割です。

●「特別感」の演出で急な依頼もすんなり受け入れられる

急な案件が発生し、部下にすぐにやってもらわなくてはならない……。そんな急なお願いは、たとえ部下であっても丁重な態度が不可欠。まずは相手に迷惑をかけている、という意識をきちんと持ちましょう。

そのうえで、相手を「高く評価する」ことが、よりストレスが少なく受け入れてもらえる決め手となります。「申し訳ないが、君にしかできない仕事なんだ」「他の人には頼めないんだ、君の実力を見込んで頼む!」などと言われれば、部下も悪い気はしないでしょう。その際、他の人に聞こえないよう、1対1で言うことも重要です。「君にしか」と限定し、特別感を出すことで、相手の「自己重要感」をくすぐり、急な仕事であっても前向きに取り組んでくれるようになるはずです。

さらに、この場面では上司に「評価権」があることが有効に働きます。部下の人事評価をする立場である上司から「見込んでいる」と言われたら、部下の中では「今後チャンスが広がるかも?」といった期待が膨らみ、モチベーションも上がるでしょう。

「対部署」で役立つ心理テクニック

●複数の部署の了解を一度に得る究極の「根回し」のひと言

利害関係のある複数の部署の了解を一度に得たい……そんなシーンは度々訪れるかと思います。複数の部署が絡むような大きな案件が話し合われるのは、正式には「会議」ですが、その前に、必ず根回しをしましょう。会議までにだいたいの落としどころを決めておくのが、もめごとを避ける秘訣です。

根回しの際の殺し文句は、「他の皆さんには、ご同意いただいております」。こう言われると誰しも、自分だけNOとは言いづらくなります。この状態は、社会心理学用語で「ソーシャルプルーフ(社会的証明)」と呼ばれるもの。大多数の人々、もしくは周囲にいる人がしていることが正しい行動だと思うようになり、自分も自然に行ないたくなる心理です。横並び意識が強い日本人には、とくに「よく効く」手段と言えるでしょう。なお、部署同士の仲が悪いときによくあるのが、A部長が「C部長がYESなら俺はNO」などと言い出すパターン。その場合はA部長と仲の良い「B部長にも賛同していただいています」が有効です。友好な関係にある人物には、誰しも反対しづらいのです。

●他部署から厄介なことを言われたら上司の「縄張り意識」を刺激しよう

他部署の上役から、突然厄介な頼まれごとをされたとしても、自分でなんとかしようとして、その場で引き受けてはいけません。必ず直属の上司に事情を話し、相談しましょう。すると、上司は俄然、部下を守りたくなるもの。これは、上司の「縄張り意識」を刺激するアプローチです。

人(とくに男性)は、自分の縄張りを侵されることに抵抗を感じます。身近な例で言えば、満員電車で見知らぬ人と接触するときのストレス。これは、自分の身体の周りに持つ「パーソナルスペース」を侵されたことから発するものです。縄張りに踏み込まれる不快感は、動物的な本能なのです。

まして、部署や課という、自分が仕切っている領域を侵されるとなると、上司の怒りは格別。「俺が話をつけてやる!」と理屈抜きに戦闘態勢に入ります。あとは上司同士のやりとりに任せましょう。「上司とはあまりいい関係ではないが、味方してもらえるだろうか?」という心配は無用。部下との関係性より、縄張りを守る気持ちのほうが上です。むしろ「共通の敵と戦った」ことが、関係改善のきっかけになるでしょう。

荘司雅彦(しょうじ・まさひこ)弁護士
1958年、三重県生まれ。81年、東京大学法学部卒業後、旧・日本長期信用銀行、野村證券投資信託を経て、91年に弁護士登録。刑事・民事を問わず多数の案件をこなす他、執筆業でも活躍。『男と女の法律戦略』(講談社現代新書)はドラマ『離婚弁護士』の原案に。『説得の戦略 交渉心理学入門』(ディスカヴァー携書)など、心理術・交渉術に関する著書多数。≪取材・構成:林 加愛≫(『The 21 online』2018年4月号より)

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