懐かしのビジネス書から「時代」を読む
「平成」の元号もいよいよあと1年。平成になってからの約30年の間に、ビジネスの世界においてもいろいろな変化があった。ビジネス書のベストセラーはその時代の仕事や働き方を知る「バロメーター」とも言われる。そこで、平成に入ってからのビジネス書ベストセラーを紹介しながら、「働き方」のトレンドの変化を振り返ってみたい。ベストセラーが映し出す、この30年の「働く人」の変化とは?
(※ベストセラーランキングの出典はトーハン調べ)
日本人は自信を持ち「世界」を見据えていた
「ベストセラーは世の中を映す鏡」だとよく言われるが、ビジネス書のベストセラーもまた、その時代のビジネスマンの姿を映し出す鏡と言える。
平成が始まった1989年は、日経平均株価が過去最高値を記録した年でもある。同年に発刊されたのが『「NO」と言える日本』(石原慎太郎・盛田昭夫著、光文社)。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代だけに、国際社会の中での日本の地位や役割に関する著書が目立つ時代でもあった。
また、落合信彦氏の国際情勢本の多くがベストセラーとなり、1991年のベストセラーに大前研一氏の『世界の見方・考え方』(講談社)が入るなど、全体的に世界への関心が高い時代だったといえる。1992年のビジネス書ベストセラーは、落合信彦氏の『ウォッチ・ザ・ワールド』(集英社)を始めとして、実に上位3つまでが国際情勢解説本。現在の日本は内向きだといわれることが多いが、この時代は明らかに「外向き」だったことがわかる。
ただし一方で、1990年のベストセラーには『日はまた沈む』(ビル・エモット著、草思社)が入っている。絶好調の影で、日本経済の凋落の兆しを感じ取っている人もいたということだろう。
バブル崩壊後は「自分を高める」にシフト
1989年をピークに株価は下落を続け、1995年には阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が相次いで発生。日本人が自分たちのやってきたことに対して自信をなくし、今後どうすべきかに迷い始めた時代と言える。
その年に発刊され、ベストセラーとなったのが『脳内革命』(春山茂雄著、サンマーク出版)と『「超」勉強法』(野口悠紀雄著、講談社)。自分の能力を高めることこそが、不確実な時代に生き残る唯一の道と考える人が増えたのかもしれない。
その他にも『知の技法』(東京大学出版会)、『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著、キング・ベアー出版)など、自分の脳力を高めるための本が「未来予測本」を抑えて軒並み上位に入るようになった。
また、その未来予測本に関しても、『「大変」な時代』(堺屋太一著、講談社)、『人間を幸福にしない日本というシステム』(カレル・ヴァン・ウォルフレン著、毎日新聞社)など、不安定化する時代を表わすようなタイトルが増えてくる。ベストセラーランキングを眺めるだけでも、当時の空気感が蘇ってくるようだ。
テクノロジーの足音
90年代の世界的なニュースの一つに、大ブームとなった「ウィンドウズ95」の発売がある。1996年のベストセラー1位は『パソコン「超」仕事法』(野口悠紀雄著、講談社)、2位が『ビル・ゲイツ 未来を語る』(アスキー)。その他「PHS」「ISDN」といった今となっては懐かしい響きのする書籍がランキングに入ってくるのを見ると、この頃はまだ「最新の情報は書籍で得る」時代だったことがわかる。
ちなみにその後、こうした書籍がビジネス書のベストセラーとして上がってこなくなるが、これはコンピュータ関連書という別のくくりが生まれたという理由もあるだろう。たとえば98年、99年あたりのコンピュータ書ベストセラーには、ウィンドウズやワードの入門書が上位を占めている。まさにIT化の黎明期といえるだろう。
突然の「経済本」ブームのなぜ?
2000年代に入ってからの傾向として、「お金」に対する関心の高まりがある。1999年には『痛快!経済学』(中谷巌著、集英社インターナショナル)が、2000年には『経済のニュースが面白いほどわかる本〈日本経済編〉』(細野真宏著、中経出版)がビジネス書ランキング1位に。他にも数々の経済入門書がベストセラーとなった。なかなか上向かない経済情勢に対し、「そもそもなぜ日本経済は苦境に陥っているのか」を知りたいというニーズが高かったのだろうか。
一方、「勝ち組・負け組」という言葉が象徴するように、お金を稼げる人とそうでない人の格差が拡大。『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ著、筑摩書房)を始めとした「マネー本」がブームとなる一方、その流れから取り残された人に向けた『年収300万円時代を生き抜く経済学』(森永卓郎著、光文社)もヒットした。
カルロス・ゴーンの衝撃
ちなみに2000年代初頭から急に、外国人著者のビジネス書が軒並み上位に入ってくる。前述の『金持ち父さん貧乏父さん』に加え、『なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣』(ケリー・グリーソン著、PHP研究所)、『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著、ダイヤモンド社)などである。
カルロス・ゴーンが日産のCEOになったのが2001年。同年に発刊された著書『ルネッサンス 再生への挑戦』(ダイヤモンド社)もベストセラーとなった。自信を失った日本人が、外から答えを見出そうとしたことが一因かもしれない。その後も翻訳ビジネス書のブームは定期的に訪れている。その理由を分析してみるのも面白いかもしれない。
ヒルズ族、起業、そして「株」ブーム
その一方で、若手起業家が続々輩出し、数々の書籍が発刊されたのもこの時期の特徴だ。2003年にオープンした六本木ヒルズにちなみ「ヒルズ族」などと呼ばれた起業家たちの中でも「ホリエモン」こと堀江貴文氏の本は、『稼ぐが勝ち』(2004年、光文社)を始め相次いでベストセラーとなった。
また、『図解 成功ノート』(神田昌典監修、起業家大学著、三笠書房)が2003年のビジネス書ベストセラー1位になるなど、若いビジネスマンを中心に「従来の価値観にとらわれない稼ぎ方」が現われてきたと言えそうだ。
同じく「稼ぐ」という意味では、2004年ごろからビジネス書ベストセラーランキングに株や投資の本が何冊もランクイン。中でも印象的だったのが、『「株」で3000万円儲けた私の方法』(山本有花著、2004年、ダイヤモンド社)。普通の専業主婦が株で一獲千金を実現した体験談であり、多くの人に「自分にもできるのでは?」という期待を抱かせた。
もっとも、こうした動きも2008年のリーマンショック以降は急減速。米企業の企業倫理が問われる中、『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著、あさ出版)がベストセラーになったのは、その反動かもしれない。
ビジネス書はよりライトに、多様に
それ以降はいわゆる「ライト」なビジネス書が増えてくる。その走りとも言えるのが、2006年、2007年のベストセラー『「1日30分」を続けなさい!』(古市幸雄著、マガジンハウス)、『鏡の法則』(野口嘉則著、総合法令出版)など。そして、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社)、『人生がときめく片づけの魔法』(近藤麻理恵、サンマーク出版)につながっていく。
こうした書籍に対しては、従来からのコアなビジネス書ファンからは「これがビジネス書と言えるのか?」という声も上がったが、新たな読者層を開拓したのは紛れもない事実。とくに、これらの書籍は女性人気も高く、女性の社会進出にともない、女性のビジネス書読者を取り込んだことがベストセラーの一因となった。
この10年は「コミュニケーション本ブーム」?
2010年代に入ると、コミュニケーションに関するベストセラーが増えてくるのも特徴だ。『誰とでも15分以上会話がとぎれない!話し方66のルール』(野口敏著、すばる舎)は、ド直球なタイトルで話題となった。また、発刊こそ2007年だが、2010年のベストセラーランキングにも入っている『伝える力』(池上彰著、PHPビジネス新書)を始め、『伝え方が9割』(佐々木圭一著、ダイヤモンド社)、『超一流の雑談力』(安田正著、文響社)など、コミュニケーション関係のベストセラーが相次いだ。2011年の東日本大震災も、この流れを後押ししたかもしれない。
教師と生徒との対話形式によるユニークな構成で人気を博した『嫌われる勇気』(岸見一郎、 古賀史健著、ダイヤモンド社)もまた、こうしたコミュニケーションに悩む人に支持された1冊だ。
ちなみに2017年のビジネス書1位は、『はじめての人のための3000円投資生活』(横山光昭、アスコム)。2000年代の「稼ぐ」とは趣旨が大きく異なっていることに気づかされる。
最近では健康や休息など、ビジネス書が扱うテーマも多様化が進んでいる。ときには書店店頭に並ぶビジネス書を眺めて、今の時代のトレンドやこれからの働き方を予測してみるのもいいのではないだろうか。
THE21編集部(『The 21 online』2018年3月号記事を大幅修正)
【関連記事 The 21 onlineより】
・「アドラー心理学」入門 ストレス社会をサバイブする!
・日本人の9割が「バカ」を隠している
・「マジで雑談のきっかけが見つからない……」 そんな時に使える会話術
・人間関係に悩まないための「魔法の言葉」とは?
・新しい「お金の価値観」の中でどう稼ぐか?