米企業を恐怖に陥れる「アマゾン・エフェクト」

アマゾンの大戦略,宅配危機,田中道昭
(画像=The 21 online)

「アマゾン・エフェクト」(Amazon Effect、以下アマゾン効果)という言葉が、米国内外で注目を集めています。元々はアマゾンがECや小売業界に影響を与えていることを意味していたものが、最近ではさまざまな産業や国の金融・経済政策にまで影響を及ぼしていることを意味するまでになってきています。

アマゾン効果の影響を端的に表現したものには、「アマゾン恐怖銘柄指数」が挙げられます。この指数は英語の原語では「デス・バイ・アマゾン」(Death by Amazon)と呼ばれ、アマゾンの収益拡大や新規事業参入、買収などの躍進の影響を受け、業績が悪化すると見込まれる小売関連企業54社で構成されています。百貨店のJCペニー、書籍チェーンのバーンズ・アンド・ノーブル、事務用品のステープルズなどが含まれています。アマゾン効果の影響を受けやすい上場企業群ともいえるでしょう。

なお、アマゾンがホールフーズを傘下におさめた2017年8月以降、米国ではアマゾンが「ダイナミックプライシング」という価格最適化の対象を拡大、モノの値段、物価が下がるという期待と懸念が交錯しています。とくにP&GやJ&Jといった消費財メーカーは、価格低下への懸念とアマゾンによるPB商品拡大への懸念とが相俟って、大きな影響を受けると予想されています。

「アマゾン効果」は小売にとどまらない!

日本でも、従来想定されてきたECや小売はもとより、今後、数年単位で見れば、花王、ライオン、ユニ・チャーム、サンスターといったメーカーも大きな影響を受けるのではないかと考えられます。アマゾン効果の対象は、もはや小売や流通にとどまらないという認識をもつことが極めて重要です。

さらにアマゾン効果は、最近では国の金融・経済政策への影響までをも意味するようになってきています。とくにホールフーズの買収以降、アマゾンの低価格戦略がリアル店舗にも拡大され、国全体の物価までもが押し下げられるのではないかという懸念が金融当局の間でも共有されているといわれているのです。

EC、物流、クラウドコンピューティング、リアル店舗への展開、ビッグデータ×AI、そして宇宙事業。「世界一の書店」から、「エブリシング・ストア」、さらには「エブリシング・カンパニー」へと、そしてEC企業、小売企業、物流企業、テクノロジー企業へと変貌を遂げてきたアマゾン。

日本でも昨年はヤマト運輸とアマゾンとの宅配料金を巡る交渉の状況が注目を集めましたが、「宅配危機」の主因の1社とも指摘されるほど、アマゾンは影響力を増してきています。

今回は、この「宅配危機」をケーススタディーとして、ロジカルシンキングのなかから、「PEST分析」と「3C分析」を取り上げたいと思います。

PEST分析は、業界・企業・商品等に対する変化を分析するツールです。そして3C分析は、そのPEST分析も活用して、自社の状況を分析したり、自社の戦略を考えるツールとなります。

それではいっしょに、「宅配危機」からロジカルシンキングを学んでいきましょう。

「宅配危機」はなぜ起きたのか?

アマゾンを代表格とするネット通販の拡大を主因として荷物取扱量が急増、ドライバーの労働環境が悪化しているとして、ヤマト運輸が当日配送の見直しや料金の引上げを発表しました。これを契機として日本のメディアでは、宅配業界で起こっていた問題を「宅配危機」と名づけて、同業界での動きや2社間の交渉状況を特集してきました。

2016年までの5年間で8割増もの勢いで売上を伸ばしてきた日本のECは、その大半の宅配業務を宅配業界に大きく依存してきました。その一方で宅配業界は、ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の大手3社で9割以上ものシェアを握っている寡占状態のマーケットであることも、この「危機」の根深い背景になっています。

そしてさらには「宅配危機」には、下の図で示されている通り、現在の日本のさまざまな政治的・経済的・社会的・技術的問題が凝縮されているのです。まさに「日本で起きていること」がアマゾンを通して鳥瞰できる水準にまで、同社の影響力が増大しているのです。

アマゾンの大戦略,宅配危機
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日本で起きていることを「PEST分析」で読み解く

それではまずは、「宅配危機」に影響を与えている要因を考察したうえで、それらの要因がどのようにヤマト運輸とアマゾンの戦略に影響を与えてきたのか、そしてアマゾンはこれから宅配戦略をどのように描いていくのかを分析していきたいと思います。

経営学においては、「PEST分析」という変化を読み解くフレームワークがあります。政治的・経済的・社会的・技術的要因のそれぞれが、国・産業・企業・人のそれぞれにどのような変化をもたらしているのかを分析するツールです。

宅配危機に影響を与えている政治的要因としては、アベノミクス、1億総活躍社会、働き方改革などの施策が挙げられるでしょう。とくに安倍政権が目玉としてきた働き方改革の影響もあり、長時間の残業、残業代の未払い、過酷な労働環境などが社会問題化したことは重要な事実です。

経済的要因としては、構造的な人手不足により有効求人倍率が上昇していること、それが賃金の上昇にもようやく結びついてきたことが大きな項目です。安倍政権の「アベノミクス」による各種経済政策も、当然に経済的要因です。

従来はなかった「ブラック企業」への厳しい視点

社会的要因には、人口動態の変化、とくに少子高齢化、核家族化や単身世帯の増加が宅配危機に大きな影響を与えているものとして指摘されます。同居している家族が少なくなっていることは、荷物が配達された際に受け取ることができる可能性も減っていることを意味しています。ネット通販を多用している若年層での単身世帯が増加していることも、重要なファクターでしょう。

そして、社会的要因のなかでもとくに見逃せないのが、社会からの「ブラック企業」への批判の高まりではないでしょうか。数年前であれば、宅配危機はさらにドライバーに過酷な労働環境を強いるだけで見過ごされていたかもしれません。この問題が危機として顕在化してきたのは、働く人の労働環境を軽視する企業に、社会が厳しい目を向けるようになってきたからであると思います。

技術的要因としては、インターネット、とくにスマートフォンに代表されるようなモバイル通信が発達し、ネット通販が拡大してきたことが宅配危機の直接的な要因になっています。これからアマゾンが宅配戦略として採用してくるもののなかには、ロボット、ドローンの活用やクラウドソーシング、シェアリングなど、技術的な進化を取り入れたものが増えてくると予想されます。

ヤマト運輸の戦略を「3C」で見てみると……?

では、このような複合的な環境の変化を受けているヤマト運輸の宅配戦略について分析していきましょう。

企業の戦略を分析するフレームワークには「SWOT分析」などさまざまなものがありますが、ここでは「3C分析」というツールで同社の宅配戦略を見ていきます。

3C分析とは、図に示されている通り、「自社の状況」「顧客・マーケットの状況」「競合の状況」の3つを同時に分析した内容から戦略を導き出すツールです。

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ヤマト運輸の状況としては、宅配業界のコストリーダーであり、第2位の佐川急便の400カ所に対して15倍以上の6500カ所の物流拠点を展開していることが特徴的です。業界のトップ企業として、労働環境の改善への圧力もより強かったものと考えられます。

宅配の顧客としては、アマゾンのような法人顧客と一般の消費者が混在しています。ネット通販の拡大と荷物量の増大、核家族化や単身世帯の増加、「ブラック企業」への批判なども顧客・マーケットの状況として特筆すべき内容です。

競合の状況としては、佐川急便と日本郵便の二大競合があり、ヤマト運輸と合わせた3社だけで宅配業界の9割以上ものシェアを占めています。さらには佐川急便が「宅配危機」を見越していたように先行してコスト削減を進め、アマゾンとの取引も打ち切っていた経緯も重要な競合の状況です。

「値上げ」はいずれボディブローのように効いてくる?

これらの3つの状況を同時に踏まえてヤマト運輸の宅配戦略を分析すると、ドライバーの労働環境の改善はもはや喫緊の経営課題であり、そのためにも宅配事業における適正価格・適正規模に収束させるための値上げ交渉が必要だったことが鮮明に浮き彫りになってきます。

もっとも、ここで指摘しておきたいのは、ヤマト運輸が実際に行なっているであろう社内での企業努力以上に、顧客や社会に対して、同社の労働環境の改善を値上げという外部策に大きく依存したという印象を強く残してしまったことです。アマゾンは短期的にはヤマト運輸からの値上げ要求をいったんは受け入れるしかないという判断で値上げを了承しましたが、これによってアマゾンが自社宅配ネットワークをスピードアップさせて構築していくことは確実ではないかと予想されます。

また、一般の消費者はヤマトの値上げを受け入れるしかない「プライス・テイカー」ですが、ここで感じ取った顧客や消費者の違和感は、ボディブローのようにヤマト運輸のこれからの経営に大きな影響を及ぼしていくのではないかと考えられます。

「値上げ要求」をアマゾンが受け入れた理由

それでは次に、アマゾンの宅配戦略を分析していきましょう。

アマゾンの自社の状況としては、顧客第一主義へのこだわりや徹底という同社のミッションやビジョンが最も重要な要因となります。アマゾンでは、「品揃え」「価格」「利便性」の3つを、顧客第一主義の重要な3要素と考えており、スピーディーな配達を重要視してきました。

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したがって宅配危機によってこれまでのサービス水準を切り下げていくことは中長期的には想定できず、ヤマト運輸の宅配戦略に対抗する手段を講じてくるものと考えておくべきでしょう。

顧客・マーケットの状況としては、繰り返し述べてきたように、ネット通販の拡大、そして利便性の追求を挙げておきたいと思います。その一方で、消費者や社会からの働き方改革への理解や、「ブラック企業」への批判の高まりから、短期的にはヤマト運輸の値上げ交渉を受け入れるしかないという判断になったものと考えられます。

競合の状況としては、楽天、ヨドバシカメラ、ZOZOTOWN(ゾゾタウン)等のEC企業、セブン&アイやイオンなどの小売企業の動向を分析することが重要です。ここでは、ヨドバシカメラが物流センターとリアル店舗・ネット通販で在庫を一元管理し、配送もすべて自社の従業員が行なっているEC・小売・物流戦略を、競合の状況として特筆しておきたいと思います。

アマゾンによる「物流革命」は起こるか?

以上の3つの状況を踏まえて、アマゾンの宅配戦略を占ってみたいと思います。

まずは、宅配業界のガリバーであるヤマト運輸からの値上げ要求には、顧客第一主義の徹底という観点から、アマゾンとしても短期的には「受け入れる」という判断をとらざるを得なかったのでしょう。

その一方で、今回のヤマト運輸の打ち手に危機管理上も大きな脅威を感じたのは確実であり、自社による宅配ネットワークを新興の宅配事業会社とともに早急に構築することに本気で取り組んでいくと予想されます。さらに、中長期的にはアマゾン独自の宅配ロッカーを全国的に展開するとか、ロボットやドローンを活用した物流革命にも真剣に取り組んでいくでしょう。

日本の場合は規制緩和の行方次第ではありますが、クラウドソーシングやシェアリングの仕組みを利用した宅配事業にアマゾン自らが乗り込んでくることも予想されます。

クラウドソーシングとは、不特定多数の人に仕事を委託したり、仕事を分業することです。仕事を分割するという意味において、「仕事のセグメンテーション」といってもいいでしょう。「マーケットのセグメンテーション」「時間のセグメンテーション」「仕事のセグメンテーション」など、セグメンテーションは今後キーワードとなる用語の一つですので、是非とも覚えておいてください。

「宅配危機」の真の問題点とは?

以上が、アマゾンを通して見た「宅配危機」の構造です。宅配危機で起きていることが日本で起きていることの縮図であり、そのなかでアマゾンが演じている「役柄」を考えると、日本での同社の影響力の大きさもよくわかってくるのです。

そして、宅配危機の「主要登場人物」からは、より大きなテーマも浮き彫りになってきます。それは、「本当の顧客満足とは何か」「企業は顧客だけを満足させればいいのか」というテーマです。

ヤマト運輸の創業者である故・小倉昌男氏は、現在でも日本で尊敬されている経営者の一人であり、同社は顧客第一主義を掲げてきた会社です。そしてアマゾンも「世界で最も顧客第一主義の会社」であることを、企業のミッション&ビジョンにしています。アマゾンの強力なライバルであり、やはり顧客第一主義を重視しているヨドバシカメラは、実際にサービス産業生産性協議会等の調査では長年顧客満足度トップにランクされている会社です。

その一方で、「宅配危機」で露呈したのは、企業におけるもうひとつの重要なステークホルダーである従業員満足度の問題、そしてPEST分析でも見たような社会全体の問題だったのです。ネット通販会社による「ラスト・ワンマイル」の競争も、顧客が本当にどこまで求めているのかという観点から定義されたものではないことが指摘されています。

さらには「宅配危機」で顕在化した同業界の上位3社による寡占を主因とする問題(=上位3社で9割以上という寡占市場のなかで利用者は限られた選択肢しか持っていない、したがって対抗手段も短期的には限られている)は、皮肉にもアマゾン自体が広く小売・流通業界や消費者に与えつつある新たな脅威でもあることを示すものです。

本講座を読み進めるにあたっては、是非とも「本当の顧客満足とは何か」「企業は顧客だけを満足させればいいのか」というテーマも念頭に置いていただければ幸いです。

[第2回目のディスカッションテーマ]

その後、現時点における宅配危機はどのようになったでしょうか。現時点におけるPEST分析での大きな要因にはどのようなものがあるでしょうか。また、現時点におけるアマゾンとヤマトの3C分析の結果はどのようなものになるでしょうか。

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。戦略論を専門として、経営を中核に政治・経済・社会・技術の戦略を分析する「戦略分析コンサルタント」でもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長などを歴任。現在、株式会社マージングポイント代表取締役社長。著書に、『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)など。『2022年の「自動車産業」―異業種戦争の攻防と日本の活路(仮題)』(PHPビジネス新書)が5月中旬に発売予定。(『The 21 online』2018年05月05日 公開)

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