なかなか進まない産業復興

変える力,東日本大震災5年
(画像=PHP総研 桃浦のかき処理場(石巻市桃浦:2013年11月26日撮影))

永久:岩手県では、5割以上の企業が震災前の売上水準を回復できていないといいます。ということは、産業自体も以前と比べてかなり落ち込んだ状態のままということですね。

熊谷:たとえば水産業でいうと、津波の被災地となった岩手、宮城、福島の3県で、全体を均して見ると漁獲量は震災前の7割から8割は戻ってきているんですが、個別に見ると福島はほとんど戻っていないんです。宮城で8割くらい、岩手は6割くらいという数字になるんですが、水産加工業などではまだまだ再建が厳しいところが多い。復興支援に乗っかって、第二創業のようなかたちで新しい取り組みを始めた地元の会社も倒産しはじめています。

永久:新しい取り組みをして、結果倒産しているんですか?

熊谷:地域内外のいろんなところから支援を受けて、販路開拓をしたり一生懸命がんばっているんですけど、結局よそとの差別化がうまくいかなくて、第二創業の資金を回収できずに倒産という企業が増え始めているんです。

永久:宮城県の村井知事が、水産業復興特区を提唱していましたよね。震災前は小さい港がたくさんあって、それぞれに漁協があったんだけど、後継者もいないし、規模が小さすぎて震災のダメージを考えると廃業せざるを得ないような状況だった。そこで、水産業復興特区を設けて、企業をつくって、みんなで力を合わせて復興しようという試みだったと思います。農業の企業化ということもよく聞きますが、震災復興をきっかけとした漁業の企業化は、あまりうまくいかなかったということでしょうか。

熊谷:石巻市の桃浦という浜が、水産特区の制度を活用して、漁協にも所属しつつ会社化して、そこに仙台水産という大手の水産卸業の会社が出資して、国や県のいろんな補助金も活用しながら、加工施設をつくってやっているんです。 おととしから全国チェーンの定食屋「大戸屋」で桃浦の牡蠣のフェアをやったりもしているんですけど、貝毒が出て出荷ができない状態になってしまった時期もあったりして、経営的には厳しい状態が続いているという話は耳にしました。

永久:つまり、水産業として新しい仕組みをつくった。ところが水揚げのほうがうまくいっていないということですね。販路は確保されていたんですか?

熊谷:出資元の仙台水産がとても熱心に支援されていて、大手の百貨店で売るための商品開発や加工食品の開発、生食用の処理の仕方などを指南されたので、販路を含め環境は整っていました。なのに海や天候の状態が原因で、出荷そのものが追い付いていない。

永久:貝毒や天候などの要因があったけれど、見込通りの漁獲量があれば、牡蠣に関していえばうまく機能していく可能性があるということですね。

同じように、復興庁などで、お金を出してモデル事業をやってみて、それがうまくいったら別のところにも展開するというやり方はよくありますよね。そうした実験的な試みは、宮城県の水産業復興特区以外にもあるんですか?

熊谷:あまりフォローしきれていないのですが、先ほどの桃浦のように、瞬間的にはうまくいったんだけど、2~3年という流れでとらえてみると、順調とは言えない、というケースが多いように感じられます。

経産省の事業でグループ補助金といって、いくつかの業者さんが提携して申請すれば、何社かまとまって入れるような設備をつくる補助金を出してもらえるというものがあったんですが、被災直後はそれでよかったものの、復興が進んで実際の商店街の再生に取り掛かろうとすると、今度はグループになっていることが足かせになって、一社だけ抜けるということもできず、商店街に戻ることができないという例も見かけます。

永久:生産の問題が解決したとして、それから共同で店舗を立ち上げるところまではできて、しばらくは生業として成立する。ところが、少子高齢化や人口減少が加速している状態では、小売の場合はとくに、マーケットが近場にないか、あっても震災前より小さくなっているから、同じようなかたち・規模では維持しづらくなっているということですね。

熊谷:食堂とか小売とか、エンドユーザーに近い商売は身軽に動ける分、最初に立ち上がったんですけど、この5年間の変化についていけていないんですよね。震災前から行き詰っているところはたくさんあったんですが、震災が起きて、外から支援等でやって来た人々で瞬間的にユーザーのボリュームが増えたので、一見なんとかやっていけるように見えた。しかし5年経って外からやって来た人たちが帰ってしまうと、震災前よりさらにボリュームは減って、震災前と同じでは経営的に立ち行かなくなっている。

永久:厳しい言い方ですが、ある意味自然な現象ですよね。そうなると、新しいマーケットの開拓を含めて、違うビジネスモデルを考えなければならないわけですね。東日本大震災の被災地の場合、よそにマーケットをもつ場合に考えなければいけないのが、「風評被害」だと思うんです。いまは少し規制が緩くなったかもしれませんが、とくに国外で、日本の生鮮食品は買わないという状況がありましたよね。

熊谷:水産品の場合は、韓国ではいまでも青森県から千葉県まで、東北から関東の8県で獲れたものは買ってくれません。福島の水産品に関しては、いまのところセシウムの残留値も0%という試験結果は出ているんですけど、実際に市場に流通しているものはほとんどないので、水産業の復興というものは、まだまだ時間がかかると思います。

宮城のほうは近海よりも遠洋から獲ってきたりして、漁獲量はだいぶ戻ってきています。港によって差はありますが、いちばん落ち込んでいた気仙沼も回復してきているので、国内的には宮城はなんとか持ち直しつつあると言えると思います。 農産物に関しては、相変わらず売り上げも落ち込んでいて厳しい状況ではあるんですが、「放射能を警戒して買ってもらえない」という状況は以前ほどではなくなってきています。

永久:スーパーマーケットなどで、のぼりを掲げて東北の商品のプロモーションをしているのを見かけたりしますが、行政が本来やるべきことは、風評被害を払拭するような、客観的なデータを示してあげることだと思うんですよね。それを見せないで購入だけ促されても、効果は見込めない。そのあたりの政策がすごくちぐはぐだったような印象があります。

熊谷:丸川環境大臣の「除染基準に科学的根拠はない」という発言にもつながる部分だと思いますが、その辺りの認識が福島の人々の心を逆なでするようなことがあるような気がします。

実際福島の人々にどれだけの影響があったのか、客観的に捕捉できているのかというと、そうではない。甲状腺がんの検査では、全国平均を上回っていますが、それだけ広く丁寧に住民を検査している例はほかにないから、単純に比較できるものでもなく、放射線の影響とは言い切れない。放射線の影響で実際に「罹患している」数が増えているのか、検査の密度や精度が上がって「見つかる」数が増えているのか、その違いの有意性がどこにあるのか探っていくことが大切だという話は、まさにそういうところにあるように思います。

永久:福島に限らず、東北産の食料品に関して言うと、放射性物質の濃度がよその産地のものと変わらないということが検証できれば、風評被害はなくなると思うんです。きっと検査されて合格したものだけが出荷されているんだと思いますが、その検査の存在や数値が明確に示されていないから、いまだに気にする人がいるんだと思うと、個人的には残念に思います。

熊谷:たとえばお米は全量検査されて、放射能が検出されていないものしか出荷されていません。その辺りはJAなどを含めしっかりフォローされているはずですが、受け入れられない人にはどこまでいっても受け入れられないし、あまり気にしない人は気にしないし、という差がはっきり出ているような気がします。