強硬化する中国と日米がとるべき態度
前田:では次に、中国の台頭と日米同盟に話題を移します。中国の強硬な政策は、地域の中で大きな懸念を引き起こすようになっています。日本はその中でも特に強い懸念を持っているほうだと思いますが、米国内でも、中国に対する懸念の声というのは強くなっていっています。やや大ざっぱな質問ですが、自国の主張を強める中国に対し、日米はどのように対応していくべきと考えておられるでしょうか。
ブレア:とても重要な問題で、我々がやるべきではないことと、反対にやるべきことがあります。まず、我々は中国を必然的な敵と見るべきではありません。なぜなら中国でも多くの人々が米中、日中の協力が可能だと考えているからです。特に経済や、気候変動、環境保護などグローバルな問題については協力の大きな可能性が存在しています。日米中三カ国の経済を合わせると、世界GDPの45%を占め、その三カ国が協力してできることの可能性は非常に大きい。
中国が海洋において自国の主権と主張している領域の問題は、現在もっとも意見が対立している分野です。中国の海洋の国境線における立場は、奇妙なことに、大陸における国境線に対する態度と異なります。陸におけるロシアとの国境問題では、中国は(譲歩も行うことにより)問題を解決して、それで構わないという姿勢を示したのです。他方、海洋の国境線に関しては、彼らはある領域を完全に支配できなければ脆弱なままであると考えているように思えます。たとえば第一列島線や第二列島線の内側において、完全に軍事的優位を獲得しなければ、自分たちは安全ではない、というような考え方です。そんなことは中国にとって脅威とはなりませんし、それは非常に奇妙な態度だと私の目には映ります。彼らはかつて海洋から列強諸国によって攻撃されたという歴史的記憶から、そのような考え方を持っているのかもしれません。しかし、当時の中国は後進的で弱い国でしたが、いまの中国はパワーをもった大国で、それが他国からいつ攻撃されるかも分からないと心配しているのは、他者から見ると不思議です。
問題は中国のそのような態度が今後どれくらい続くかということです。中国の場合、海洋における彼らの行動を決める要因として、国力が増大するにつれ主張を拡大する、逆にもしそれほど力がなければ、そのような行動はとらない、というところがあります。
前田:人民解放軍海軍の近代化を指導し、中国の海洋戦略家として有名な劉華清は、「戦略的辺疆」という言葉を用いて、国力が大きくなれば「戦略的辺疆」は拡大し、小さくなれば縮小すると言いましたが、現在の中国の行動を見ていると、確かにそのような考え方がある気がします。
ブレア:我々からすると奇異な考え方に感じられます。多くの西洋の戦略家は、それぞれの国家がもつ死活的利益は、国力が変化したからといって変わるものではないと考えるからです。 :中国の政策、またその性質が今後どのようになっていくか。いま中国は「我々は強くなったのだから、そちらが譲歩すべきだ。過去、我々が弱かったときには、こちらが譲歩することを強いられたのだから、次はそちらの番だ」というかのような態度をとっています。
前田:ときに問題なのは、中国が「これはあなたにとっても良いことなのですよ」と本気で信じていることです。「我々はあなた方より強くて賢いのだから、我々に従ってさえいれば、あなたも幸せになれる」とでもいうような。
ブレア:おっしゃる通りです。しかし、それは本当におかしな話で、中国は過去、自国の国力が小さかったときに、譲歩を“強いられた”ことに非常に強い不満を抱いているわけです。自分たちが他国に対し、同じように主張の押し付けを行えば不満を招くということが、どうして理解できないのでしょうか。中国であれ、あるいは他のどの国であれ、自国の意思を無理に押し付けようとすれば、否定的反応が返ってくるのは当然のことです。
問題は、そのような状況下で、米国や日本、他の国々はどう対応すべきかです。台湾問題は例外ですが、領土問題というのは、実際には現実的な利益とはほとんど関係がなく、面子や誇り、自己イメージの問題です。周辺国は、(中国の)不合理な要求には抵抗しないといけません。同時に可能な分野での協力は続けるべきです。
前田:中国は2000年代後半から海洋政策をより強硬なものへと転換させましたが、それ以前から、中国の台頭が、経済的な意味だけではなく、軍事的プレゼンスの拡大も伴うことは想定できました。米軍の存在は、日本の防衛のためだけではなく、地域の安定にとっても今後も不可欠です。ではこの地域において、米軍と、活動を拡大してくる中国人民解放軍がどのように平和的に共存していくか。かつて私は、この問題は真面目に議論される必要があると考えていましたし、今でも、いつか取り組まなければならない問題だと思っていますが、中国が高圧的な政策をとっている現在は、ふさわしいタイミングではないと思います。というのも、いま中国にそのような対話を持ちかけると、中国は、「自分が強く、相手は弱いから、譲歩してきた」と誤解するかもしれないからです。
ブレア会長は、かねてより「我々は中国のことを過剰に恐れてはならず、適切に心配する必要がある」とおっしゃっていて、私もその意見に賛成です。これから十年ほどの間は、日米にとって、(中国との関係は)もっとも忍耐を要する期間になると思います。経済成長のスピードは鈍化するとはいえ、中国はそれなりに高い成長を維持する。しかし民衆の将来や生活に対する不安や不満は増していく。そういう状況下で、共産党指導者らは国内の問題から民衆の目をそらすため、より攻撃的な対外政策をとる誘惑にかられる危険が大きいからです。しかし、中国には国内に解決すべき問題が山積しており、特に人口問題が深刻だと思いますが、20年ほどすれば、中国民衆も、自分たちにとっての脅威は国外ではなく国内に存在することに気づくでしょう。中国の指導者らも、国内の安定に集中して取り組むため、再び平和的な国際環境を求めるようになるかもしれません。
ブレア:加えて、現代社会においては、戦争は必ずしも国家に利益をもたらしません。人的コストや経済的コストという巨大な損失を引き起こし、しかもそれらの損失は、たいていが戦争を始めたときの予想よりも悪化するのです。ですから、中国が実際に、事態を武力紛争にまで至らせるというのは、中国人にとっても非生産的ということでしょう。また、もしも中国政府が軍事的侵略や軍事的紛争を引き起こし、しかもそれが成功しなかった場合には、民衆は政府に反旗を翻すかもしれません。ですから、中国が望んでいるのは、戦争を起こさず、その国力を拡大することだと思います。もちろん、中国が他国に圧力をかけるため、軍事力を利用するのは間違いありません。軍事力という棍棒を振り回しながら、しかし実際には棍棒を使いたくないと考えている。ですから、中国は、自分たちの軍事力が日本やベトナム、フィリピンなどから譲歩を引き出すのに役立っていない現状に大変苛立っていると思います。
前田:中国は、それらの国が譲歩しないのは、アメリカの支援を得ているからだと考えています。
ブレア:それは彼ら自身にとっての説明かもしれませんが、では北朝鮮はどうでしょうか。北朝鮮は(中国以外の)どの国からも支援を得ていませんが、中国の言うことをきかないでしょう。いかなる国も、他国から強制されて譲歩するのは嫌ですし、中国もいずれ、日本や他の国に効果がなかったということから、教訓を学ぶでしょう。