シルバー民主主義の虚構

変える力,負担の先送り
(画像=PHP総研)

亀井 次は「シルバー民主主義」についてお話を伺わせてください。先ほど、島澤さんからお話いただいたように、高齢者の政治圧力だと言われていて、これが、あるべき政策変更を妨げているという認識が拡がっています。

選挙の時、高齢者に「私の年金を下げるつもりか」と政治家がおどされて、結果的にそれが公約に反映されて、みたいなことをずっと言われているわけですよね。

島澤さんの『シルバー民主主義の政治経済学』では、いやいや、実は、そういう単純な構造ではなくて、もう少し違う構造の中で、特に政治の忖度について、ご指摘されていたと思います。この点について、お二人のご意見を伺います。

小黒 「シルバー民主主義」という言葉に対する、世間一般のイメージは、いま、亀井さんが例として挙げたような、高齢者の人たちがアクティブに政治に働きかけて、他の世代からお金を引っ張ってくることだと受けとめています。高齢者による「搾取」のイメージが強いように感じます。

しかし、私自身の認識は、少し違っていて、「搾取」というよりも、「負担の押し付け合い」をしているのが本当の実態に思います。まず、人口増加の時代には経済のパイが拡大していたので、政治は「正の分配」を担っていました。

現在は、経済成長率も落ちて、その一方、高齢化のスピードのほうが速くて、財政赤字がどんどん膨らみ、日本財政は「バケツの底に大きな穴が空いた」ような状況になっているわけです。

本来、それを閉じようとすれば、増税をする、あるいは、年金や医療をスリム化するというような、いわゆる「負の分配」をしなければいけません。

その場合、選ばれた代表者である政治家は、誰かに負担を引き受けてもらわなければいけない、お願いしなければならないという問題に直面します。

そこで、誰にお願いするかと言えば、高齢者世代、現役世代に面と向かって「では、負担を引き受けてくれますか?」と面と向かって言えるかというと、選挙で落選したり、政権を失う可能性があり、それはできない状況に陥っているのが、いまの日本の政治の現状と思います。

なお、財政による世代間移転はゼロ・サム・ゲームであり、将来世代の負担を改善するためには、現役世代や受益超過の高齢世代が追加負担をする必要がありますが、年齢が上の世代ほど投票ボリュームが多く、「負担の押し付け合い」ゲームでは政治的に強い。結局、いま、そこにはいない、まだ生まれていない将来世代に負担をお願いする、借金の形になってしまうわけです。つまり、「搾取」というよりも「負担の押し付け合い」ゲームであり、若い世代よりも「逃げ切り世代」が高齢世代に多いと思われることから、それをシルバー民主主義と呼び始めているのだと思います。

負担できる高齢者も限られている

もっとも、考えておくべきは、では、高齢者が負担できる状況にあるかと言えば、そこにも限界はあります。

同じ世代の内にも、いろんな高齢者がいますが、日銀の統計等を見ても、2,000~3,000万円の金融資産を持っている人が一定割合いる一方、大半は持っていても数百万円程度で、まったく金融資産が無い人も2~3割いるわけです。高齢者が資産を持っているという認識は安易で、実際に負担をお願いすれば、自分が生活できなくなるから、それはもうできませんよという形で拒否されてしまうでしょう。

現実は、そうした、負担を受けない拒否権みたいな形で主張されていると私は理解しています。

あなたたちは、これまでに貰ったのだから、それを負担してくださいと言ったとしても、これは経済学でいうと行動経済学の知見で考えればすぐわかるのですが、100万円もらった時は例えば5という喜びを感じるけれども、100万円損すると痛みは2倍とか3倍、10や15になってしまうんです。そういう構造にあるのだと思います。

そうした構造の下で、島澤さんは、政治が高齢者を忖度する「シルバーファースト現象」と呼んでいますが、私は、それも少し違っていて、「負の分配」を引き受けることが現実的に難しくなっていて、現役も雇用や賃金の問題で余力がなくなっているので、結果として将来世代に負担が付け回される状態になっているし、政治もしようがないからでは財政赤字を続けましょうという形で思考が停止してしまっているのだと思います。

けれども、裏側では時限爆弾みたいな形で、政府の債務がマグマのように溜まってきてしまっている。そういう状況なのではないかと思っています。

島澤 「シルバー民主主義」という言葉についてですが、世代の間で対立があるような感じではなく、先ほど小黒さんからもありましたが、結局、あらゆる世代で貧困化が進んでいて、そこが問題なのだと思います。

加えて、小選挙区制になっていて、民意を聞かない限り政権の座に就けない政治になっているので、これは高齢だろうが現役だろうが、結局、政治は民意ファーストになっているだけであり、わざわざ「シルバー民主主義」という言葉を使う必要はないと思います。

小黒先生は異論がおありだと思いますが、さまざまなファクトから総合的に判断すると、私はシルバー民主主義が存在しているとは考えていません。

亀井 世代間の問題ではないし、かつ、世代間対立をあおる必要もないし、やはり全体として負担力が落ちているという日本経済全体の問題を忘れてはいけません。

変える力,負担の先送り
(画像=PHP総研)

プラスを分配する政治からマイナスの分配を担う政治への転換に向けて

しかし、日本経済全体の停滞と負担力の低下は仕方ないことで、政治家も身動きがとれないほど、どうにもならないことなんでしょうか。すでにご指摘があるとおり、世代に関わらず、負担できる人がまったくいないわけではないわけですよね。私は、途上国型のプラスを分配する政治から、成熟国家型のマイナスの分配を担う政治に転換する、そもそもの政治の役割が変わってきていることを政治家が自覚できているかどうかも忘れてはならないことだと思いますが。

小黒 亀井さんのご指摘はたいへん重要で、全くそのとおりだと思います。その自覚はまだ見えてきませんね。

あとは、それに気付いたとして、そうした負の分配について、選挙で有権者に正論をぶつけて戦えるのかという、これまた難しい問題もあります。

私は、政治家だけがこの問題を背負うよりも、社会全体、国民全体が理解していくためには、世代会計や財政の長期推計のような、大切な問題をうまく伝え、オーソライズする仕組みを活かしていかねばならないと思っています。それはアカデミアの役割でもあると思うのです。

世代会計は、かつて、島澤さんが、世代間の所得移転だけではなくて、世代内でどうなっているかについても、推計する試みをされていたのですが、そういうアプローチもたいへん重要です。ファクトがどうなっているのかを見せて、それから、負担能力がある人はどこだから、ここら辺の人たちに我慢してもらおうというような説得をしていくことができるわけです。

ただ、前提としてもっとも重要なのは、財政が本当に持続可能な経路にあるのかも見せなければいけなくて、財政の長期推計の必要性にもつながってくるわけです。

亀井 ネガティブと思われる情報も含めて、社会や政治が情報を積極的に共有していくということであり、アカデミアがさまざまな知見を活かして、いろいろな切り口を見せるということですね。

生まれていない人の負担を知ること、財政が長い目で見るといかに厳しいのか、まずは、そうした情報を共有していくことが、世論の醸成、政治の決断につながっていくということだと思います。

負担できる人を見い出す工夫も必要

小黒 シルバー民主主義の存在を否定するのは、そう簡単ではないと思っています。繰り返しになりますが、財政による世代間の所得移転はゼロ・サム・ゲーム的な性質をもち、将来世代の負担改善には、現役世代か引退世代の追加負担が必要です。その際、負担の問題で言えば、よく見ておかねばならないのは、すべての高齢者がそうではないですが、世代会計が示すとおり、受益超過や生涯純負担率が低いのは高齢世代が中心で、世代としてひとくくりで見ると、高齢者にまだ負担能力があるはずというファクトです。だけど、負担はしてくれないという問題をどう見るのかは忘れてはいけません。

島澤 そこは多分、大きく分かれるところがあるかもしれないですが、高齢世代の富裕の人だけではなくて、若い世代でも富裕の人はいて、別に彼らの大半も負担から逃げようとしているわけではないので、そこは年齢というよりは、持っている、持っていないで分けてみたほうが、今後の日本の政治を考える上では生産的なのかなと思います。

亀井 同感です。経済構造の変化を捉える必要がありますね。フロー型からストック型に変わってきていることもそのひとつだと思います。いかにストックをベースにした課税ができるかが重要なのですが、いまの税制はそこができていません。

小黒 私も若い世代の裕福層は追加負担をするべきと思いますが、人口減少でボリューム的に限界もあると思うので、全体として、どういう方向性に向かうか、そこを考えておくとすれば、この島澤さんが作られたグラフで示された問題をどうしていくのか、そのための基本的な考え方と具体的なデザインが求められているように思います。

その際、島澤さんが指摘した85歳や90歳以上の「戦争世代」の扱いをどうするかについての議論はあると思いますが、財政や社会保障改革で、各世代の負担を平準化する政策を考えていくことが最も重要に思います。これは、私の以前からの持論ですが、世代間格差の主因は財政赤字や賦課方式の社会保障で、このうち財政赤字の主な原因は社会保障の給付と負担が中長期で一致していないことにあります。ですから、増税や給付削減で社会保障の給付と負担を一致させ、年金の積立方式への移行や医療・介護に事前積立を導入すれば、現在世代内の格差や、現在世代と将来世代の格差を縮小することは容易に可能です。現状では、各世代の負担平準化に関する議論がなかなか出てきていませんが、そうした政策についても、改めて考えていく必要があると思います。