政府(内閣府)による中長期の経済財政推計の問題
亀井 先ほど、小黒さんから長期の財政推計の必要性についてご指摘がありましたが、1月23日の経済財政諮問会議に、内閣府が作成した「中長期の経済財政に関する試算」が提出されました。
これは毎年出されるものです。年によって違いもありますが、基本的に、1月と7月の経済財政諮問会議に提出されます。
中長期の試算と言いながら、推計期間が2018年から2027年と9年間しかないと言うのは、小黒さんがこれまでも指摘してきた問題です。経済学の世界では長期とは言えませんし、日本の財政の現状、さらには、今後さらに深刻化する高齢化による財政負担を考えれば、2027年までの推計しか存在しないというのは深刻な問題と言えましょう。なにより、これまでお話してきた将来世代のこともこれでは考えることができません。
情報共有の大切さもお話してきましたが、これでは、政治も、社会も、ある種の共通理解を促すことも、考えを深めることができませんし、ましてや、合意を形成していくこともできません。
このような、将来に関する推計や数字が存在しない、出てこないのはなぜなんでしょうか。社会の理解が得られないから出てこないのか、政治の意志がはっきりしないから出てこないのか、どちらなのでしょうか。
また、この推計では、「成長実現ケース」と「ベースラインケース」と二つのシナリオが示されています。「成長実現ケース」がより楽観的なシナリオだというのはわかりますが、こういう場合、私たちはどちらを見るべきなのでしょうか。また、それぞれにはどのような意味があるのでしょうか。
過去のトレンドから外れた、楽観的な前提の採用を継続
小黒 政府(内閣府)が中長期試算を出すこと自体はたいへん重要なことだと思います。しかし、この推計、過去をしっかり省みていないという問題があります。この推計は、すでに出し始めて10年ぐらい経っているにも関わらずです。
推計に使われる重要なパラメーターの一つに「名目GDP成長率」があります。内閣府の資料2-2(中長期の経済財政に関する試算のポイント)の右上のグラフを見ましょう。名目GDP成長率について、前回と今回のものを比較できます。
前回(2017年7月)は、経済再生ケース、全てうまくいった場合のバラ色のケースですが、3.9%に上昇していくシナリオをとっていましたが、今回(成長実現ケース)は3.5%にしています。
他方、ベースラインケースという、どちらかといえば慎重シナリオと呼ばれる低成長ケースの場合、前回は1.2%でしたが、これを1.7%に上方修正しました。
これはこれでよいように見えますが、もっとも重要なのは、経済成長率を短期的に当てるのは難しく、長期的に見た場合、自分たちが予測したレンジの中に平均的に見てどれぐらい収まっているかということなのです。次に、私が作ったグラフ(図1:「名目GDP成長率の推移」)を見てください。
名目GDP成長率の1995年から直近までの推移を見たものです。高い時期もありましたし、そうでない時期もありますが、経済成長は上下します。結局、平均で見ると、ファクトとしては、年率0.3%ぐらいの成長しかないわけです。この成長率が日本の近年の実力です。
ちなみに、過去、内閣府が予測してきた成長率というのを、ここにプロットしてみると、これがほとんど外れているわけです。例えば、1998年度からの17年間で、政府見通しの予測が実績を上回ったのは3回のみで残りの14回は全て外れです。だいぶ楽観的な予測をしてきたということです。
そうすると、ベースラインの1.2%でもどうなのかという議論がなければいけないのですが、そういう議論を聞くことはできません。
何が言いたいかというと、将来のことはどうなるかわかりません。大切なのは、過去を振り返り、科学的に、なぜ予測が外れたのかということをフィードバックしながら、また、今後のことを考え、数字を出していくことがまずひとつ重要かなと思います。
もうひとつ指摘しておくべきは、内閣府の今回の中長期試算でも、メディアでは、必ず財政で注目されるのは、まず基礎的財政収支(プライマリーバランス)であるということです。
資料2-2の3ページの一番左側のグラフですが、いつも、成長実現ケースや経済再生ケースといった楽観的なシナリオを前提にして議論することが多いのです。
これですと、前回の試算では2025年で黒字化という形になっていましたが、今回は2027年度になりましたと言われています。確かに2年間遅れるだけですが、最終的には消費税を10%に引き上げて、それなりに経済をちゃんとうまく循環させていけば黒字化できますというようなメッセージになっています。しかし、これは、4%近い、きわめて高い経済成長率を前提にしているわけです。
でも、先ほど申し上げたとおり、実際の成長率はもう過去20年間、平均すれば0.3%なので、青いほうのベースラインケースですら危ういかもしれない。それなのに、これで議論してよいのでしょうか。
加えて、もし経済が循環し、景気が良くなれば、金利が上がり、債務の支払金利も増えていくので、真ん中のグラフの財政赤字こそ見ておかねばならない数字です。
財政赤字(対GDP)に注目しますと、前回の経済再生ケースでは最終年度の2025年度で2.8%の赤字でした。今回は場合、2027年度2.3%の赤字に改善しているように見えますが、じつはよく見ると、もっとも改善しているのは2025年あたりで、そこから悪化していくようなトレンドに入っているのです。
ベースラインケースも同じで、2027年、-3.3%で切れていて、前回の-4.4%に比べると、これも改善していますが、やはり、2023年度以降の流れとしては悪化する方向に行っています。これでは、債務の収束は見込めません。
先ほど、亀井さんが指摘されたとおり、推計期間はせいぜい10年弱で、もっと先を示すとどうなるかということが出てきません。いま、日本にある公式推計はこれだけですので、政治家も、メディアもそうだし、政府の公式推計を見て議論するのですが、これ以上の議論ができない状況にあります。そこから先は見えないので、アカデミアでも、学者も、民間のエコノミストも議論ができないような感じになってしまっているというのはもっとも大きな問題だと思います。
島澤 そうですね、今、小黒さんが言われたような、内閣府自身で過去の数字等を検証していない、さらには、あらゆる情報を公表していないので外部から検証できないというのが、内閣府の推計の一番の問題だというのは同じです。
二つのシナリオの位置付けの不明確さ
もう一つの問題は、そもそもシナリオが「成長実現ケース」と「ベースラインケース」と2本示されていますが、その2本の意味がよくわかりません。
成長実現ケースというのは、内閣府、あるいは、政府がこれからやろうとしている政策が全てフルに効果を発揮したら多分実現される成長率なのだと思いますが、もしそうであるとすると、政府はそれが一つの目安になって、政策運営しているはずなので、それから外れた成長率になると、現実の、ほとんどが現に外れているわけですが、では、その外れた責任はどこにあるのかというのがよくわからないですし、何が足りなかったのかも全くこれまで出てきてないのでわかりません。これは、検証していないからでもありますが。
小黒 島澤さんが言われたように、今回は「成長実現ケース」になっていますが、以前は「経済再生ケース」という名前だったのですけどね。
亀井 成長を誰が実現するのか、主語が全くわかりません。
島澤 これは政府の意思なんだと思います。成長実現してやるんだ、するんだっていう、多分そのあらわれなのでしょう。そうなると、これがだめだった時というのは、一体どういうケースを想定しているのでしょうか。その場合、どこに責任の所在があって、どうなるんだというのがわかりません。
では、政策を実現していくというのは当然なので、そのシナリオ一本なのかと思うと、いや、ベースラインというのがまた実はあるのです、何もやらなければこうなんですというのが多分ベースラインなのでしょう。
多分、その差が政策の効果なわけですが、本当に何もしなくても、先ほど小黒さんが言われたように、これが維持できるのかはよくわかりません。
現実の、過去のトレンドと比べてすごく高いのに、何もしなくても実現できる成長率が、そもそもあなた方の認識は合ってるんですか、というところが全くわかりません。なぜ、それを根拠にその数字がベースラインだと言えるのでしょうか。
ですから、成長実現シナリオの位置づけも、ベースラインシナリオの位置づけもわからないものが政府から出されて、これがこういう見通しなんだと。それがプライマリーバランスの試算に使われたり、債務残高比率の試算に使われたりしているのが全く理解できなくて、そもそも何なのかわからないものが、永遠に出され続けているのかなと。
まずは推計の前提を議論する場を開いてはどうか
小黒 私は、厚生労働省で5年に一度行う年金の財政検証の経済前提に関する委員を務めていますが、年金の財政検証の場合、以前は、幾つかシナリオあるうちの、これが政府の標準ケースですよというふうに決め打ちしていたのですが、前回の2014年の検証では8つのケースを出しました。8ケースは、政府内の整合性もありますから、内閣府の出した数字を途中までは前提にして、そこから先は8ケースに分けてやるようにしていますね。楽観的な前提もありますが、かなり厳しい前提も置いています。
厚労省の前提の置き方も一定の課題はありますが、それでも、彼らは委員会を設置し、前提を検討する場があるのです。それが内閣府の場合はまったくありません。年金財政検証は5年、内閣府は半年に一度と、頻度の差はあるにせよ、少なくとも、過去の数字を検証し、今後の前提を先回りして検討する場を作り、公開するとか、やり方はいろいろあるはずです。
亀井 まずは、前提について、学者やエコノミストと議論する場を設けるだけでもずいぶん違ってきますよね。
島澤 半年前に出たばかりの試算と今回で何が違うのかが見えません。これまでも試算が新しくなる度、新しい情報や前提がほんのいくつか変わっただけで、今回の場合はもしかするとSNAの変更が影響しているかもしれませんが、ガラッと推計の値が変わってしまうのです。非常にあやうい推計をもとに中長期の姿と言われても、これでは意味がありません。
(次回に続く)
(『政策シンクタンクPHP総研』より転載2018年02月08日公開)