ベゾスの言葉に隠された「高速意思決定」の秘密

アマゾン,スピード経営
(画像=The 21 online)

アマゾンのCEOであるジェフ・ベゾスがこだわってきたことの一つに、イノベーションを経常的に生み出す組織であり続けることを目的として構築してきた「大企業病を回避する仕組み」が指摘できます。

では、アマゾンはどのような組織的・制度的な工夫によって大企業病を回避しているのか。

その「仕組み」には、ベゾスのこだわりや創業から20年あまりが経ってなおアマゾンがアマゾンであり続ける秘密が隠されています。アマゾンがイノベーションを生み出し続けている秘訣といってもいいでしょう。そして、それはアマゾンの「スピード経営の秘訣」でもあるのです。

アマゾン,スピード経営
(画像=The 21 online)

上図は、2017年のアニュアルレポートをもとに私が整理したものです。ここでいう「4つの法則」とは、「本物の顧客志向「『手続き化』への抵抗」「最新トレンドへの迅速な対応」「高速の意思決定システム」です。以下、アニュアルレポートの記述をもとに解説します。

本物の顧客志向 ベゾスがこだわる「DAY1」とは

ベゾスは「顧客への執着こそがDAY1のバイタリティを保つもっとも効果的な方法」だと語っています。彼が口にする「DAY1」とは「(創業して)まだ1日目」という意味合いがあります。

創業間もないアマゾンが出した最初のアニュアルレポートに書き、自分のデスクのある建物には必ず「DAY1」と名付け、今なおアニュアルレポートには「今日がアマゾンにとってのDAY1」と書いた手紙を添付しているほど、ベゾスはこの言葉にこだわっています。

対照的に「DAY2」は、創業当時精神を忘れ衰退していく「大企業(病)」を非難する文脈で、やはりベゾスがよく口にする言葉です。

アニュアルレポートのなかでベゾスはこう続けました。

「顧客は、常に、美しいまでに、そして素晴らしいまでに不満を持っている。顧客が幸せで、ビジネスは順調というときでさえも」

その顧客を喜ばせることに執着する文化は、DAY1にとどまる条件を作り出すにあたって何より大切なもの。ベゾスは「失敗を受け入れ、種を蒔き、若木を育て、顧客を喜ばすことができれば、実りは倍になる」と確信しているのです。

「手続き化」への抵抗 ルール化は顧客志向の障害になる

企業が大きくなり、組織構造が複雑になるほど、仕事はルール化、手続き化されます。それは同時に効率化を進めるものであり、一般的には推奨される傾向であるはずですが、ベゾスは「危険でとらえがたく、そしてこれがまさにDAY2なのです」「若いリーダーが悪い結果が出たときに、自らを正当化するために『プロセスに従っただけ』という言葉を使うのをよく聞きます」と戒めています。

そして、ベゾスが手続き化に抵抗する一番の理由は、それが本物の顧客志向の障害になると考えているためです。市場調査、顧客調査は顧客理解の助けになりますが、それは顧客の平均的情報に過ぎません。ベゾスはこう言います。

「優秀な開発者や企画者はより深く顧客を理解します。彼らは、直感を伸ばすことに多くのエネルギーを費やします。彼らは、ただ調査で得られる平均的情報よりも顧客が実際に語る多くの話を学習し理解します」

最新トレンドへの迅速な対応 「天の時」を味方に

外部トレンドを迅速に取り入れようとしなければ、すぐにでもDAY2へ押しやられる、とベゾスは語っています。「私たちは今、明確なトレンドの真っ只中に置かれています。機械学習(ML)と人工知能(AI)です」。

アマゾンはまさに、そのトレンドを「天の時」として活かしてきたのです。

高速の意思決定システム それを実現する「4つのルール」

アマゾンが大企業病を回避するにあたって最も貢献しているのが、この点であると私は考えています。ベゾスはアニュアルレポートのなかで「DAY2の会社の意思決定は遅い。DAY1のエネルギーとダイナミズムを維持するには、質のよい迅速な意思決定が不可欠である」と結論づけています。

しかし常識的に考えて、創業したばかりで小回りの利くベンチャーにはそれが容易にできて、大企業になるほど難しくなるのは避けがたい。そこでアマゾンでは意思決定において4つのルールを定めています。

〈ルール1〉意思決定方法を2つに分類する

意思決定には後戻りできるものと、できないものがあります。後戻りできるものに関しては失敗する可能性も織り込みつつどんどん決定すればいいが、後戻りできないものは深く議論するという方針を取ります。ベゾスにしてみれば、これは「小さな意思決定はメンバーに任せる、大事な意思決定のみ自分もコミットする」という態度の表明でもあるのでしょう。

〈ルール2〉70%の情報から意思決定する

情報が集まるほど意思決定の精度は高まりますが、100%の情報を集めようとすると、いつまでも意思決定できないままになってしまう。そこで、70%程度の情報が集まった時点で意思決定すると割り切るのです。「軌道修正が得意ならば、間違えるコストは大したことがなく、遅いことのほうがよほど高くつきます」とベゾスは言います。

もっとも、アマゾンにおける「7割の情報」がどれだけの情報量になるか、ちょっと想像がつきません。普通の会社にとっての10割以上の情報であっても何らおかしくありません。世界一のIT企業にとっての7割である、という点は心に留めておくべきだと思います。

〈ルール3〉反対してからコミットする

「簡単に合意するな、意見があれば妥協せず議論なさい、しかし一度決まったことにはコミットしなさい」とベゾスは語っています。

つまり、徹底的な議論をしたのなら、その結果がベゾス自身「ちょっと違うな」と思っても、そう決まるならコミットしよう、ということです。

〈ルール4〉部署間の利害対立を理解する

チーム間で意見の相違があり、議論してもそのギャップを埋めがたいことがあります。そんな場合は議論を繰り返して疲弊する前に、上層部に判断させること、とレポートにはあります。

ベゾスは意思決定を明快に2つに分類したように、部署間の調整についても2つに分類しています。部署間の利害対立による意見の相違は部署間では調整困難なものと明快に定義し、それは早急に上層部に判断させるとしているのです。経営者である自らが関与すべきものとそうではないものを明確にし、関与すべきものに集中、そうでないものは現場に任せる。これが、まさにアマゾンにおける高速の意思決定システムの秘訣なのです。

権限委譲を進め、「後戻りできない」意思決定のみ行なう

それにしても、大企業病を予防し、つねにDAY1であろうとするベゾスの執着心は、やはり尋常なものではありせん。

4つの秘訣のなかでも、ここではとくに高速の意思決定システムのルール1について解説しておきたいと思います。それは、このルールが日本企業においても、スピード経営とそれを実現するための組織における権限委譲の秘訣になると思うからです。

先に述べたように、ベゾスは「自分自身は賛成しないけれど、みんながそう決めていくのであれば、決めた以上は自分もしっかりコミットする」ことがあると言っています。

それは、ルール1で規定されている「意思決定方法を2つに分類する、つまりは、意思決定を後戻りできるものと、できないものに分類する。そして後戻りできるものに関しては失敗する可能性も織り込みつつどんどん決定すればいいが、後戻りできないものは深く議論する」という内容から理解すべきなのです。

つまり、「後戻りできる項目」については部下に権限委譲を進めて、「自分自身は賛成しないけど、みんながそう決めていくのであれば、決めた以上は自分もしっかりコミットする」と言っているのです。

ベゾスが「後戻りできない項目」についての意思決定に深く関与しているであろうことは容易に想像できるでしょう。「組織のなかでできるだけ現場に近いメンバーに意思決定を委ねたい、でもそれは後戻りできることに限定するよ」ということなのです。

[第3回目のディスカッションテーマ]

今回の内容については、みなさんの組織においても十分に活用することができるものが含まれていると思います。特に「高速の意思決定システム」には見習うべき点が多いのではないかと思います。自分の組織における意思決定システムと比較し、それぞれの長所や短所を挙げてみましょう。また、自分の組織における意思決定システムで改善できる点にはどのようなことがあるでしょうか。

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。戦略論を専門として、経営を中核に政治・経済・社会・技術の戦略を分析する「戦略分析コンサルタント」でもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長などを歴任。現在、株式会社マージングポイント代表取締役社長。著書に、『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)など。『2022年の「自動車産業」―異業種戦争の攻防と日本の活路(仮題)』(PHPビジネス新書)が5月中旬に発売予定。(『The 21 online』2018年05月21日 公開)

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