この先15年、「営業職」の未来予想図

AI,仕事,海老原嗣生
(画像=The 21 online)

AIで仕事の49%が消滅する……。そんな議論がここ5年ほどで盛り上がり、「AI時代に生き残る仕事は?」、「AIに負けないスキルを身につけよう!」といった話題が絶えない。しかし、そもそも「AIで仕事消滅」という話はどこまで妥当なのだろうか?

『「AIで仕事がなくなる」論のウソ――この先15年の現実的な雇用シフト』の著者であり、雇用のカリスマとして知られる海老原嗣生氏は、すぐに雇用崩壊が起こることなどなく、まずやって来るのは「すき間労働」化だと言う。営業職を例に解説する。

一見「無用」な営業行為の持つ意味

ちまたの「AIで仕事がなくなる」論には、各職種ごとの仕事内容への精査が欠けている。そこで、AIによる営業職への影響を考える前に、そもそも営業行為の内実を考えよう。

まず、なぜいまだに人は「訪問して」営業行為をするのか。その理由は、「相手の時間と空間を押さえられるから」である。メールなら読まずに捨てられ、電話なら切られる。一方、訪問をすると、必然的に「ある一定の時間、同じ場所に一緒にいて」逃げられない状態になる。その状態なら、必ず交渉が行える。だから、アポイントを取る必要があり、そのためには一見「無用」な儀礼的行為も重要となるのだ。

良い営業マンはそこを理解して、儀礼的行為をあくまでも手段としてとらえている。だから、目的である「時間と空間」をもらうためには、どのような儀礼が必要か、相手に合わせてしっかりと手はずを整えるのだ。

たとえば、単に肌合いを重視するタイプのクライアントであれば、「ちょっと近くまで来たから寄りました」、「来週空いている夜があったら一杯行きませんか」、などが重要な儀礼となる。一方、そういう肌合いが嫌いで、とにかく合理性を重視する相手であれば、詳細なシミュレーションデータをそろえて、相手が疑問に思っている要素に対して、かゆいところに手が届いた資料を作り、メールで送る。

そうやって、相手に合わせてアポをもらうために意味のある「汗かき」をするのが良い営業といえるだろう。逆にできの悪い営業は、儀礼的行為を「それさえすればいい」と考え、意味のない行為をする。だから売れない。

この一連の「儀礼的行為→時間と空間をつかむ」というプロセスは、それ自体が1つのプロジェクトでもあり、それをつつがなくこなす行為は、AIで代替しにくい「クリエイティブ(顧客への有効打を考える)」と「マネジメント(儀礼からアポまでのプロジェクト管理)」が必要となる。だから、こうした営業行為は、そう簡単にはAI化できないのだ。

意外と侮れない「肉声」という需要

それでは、定型的な営業行為はどうだろうか? たとえば、決まった内容を顧客に伝えるだけの行為であれば、人手は不要なように思われる。しかし、実は「話の中身」ではなく、「何でそれを伝えるか」も重要な要素なのだ。

私が長く勤めていた転職エージェント業界は、特化型AIの研究に古くから多大な資金を投じてきた。こうして生まれた求人推薦エンジンを用いて、リクルートグループでは、以下の3つの方法で、どれが推薦効率が良いか調べるというフィジビリティスタディがなされたことがある。

(1)自動マッチングで選んだ最適求人を、メールで自動推薦する。
(2)自動マッチングで選んだ最適求人を、未熟練のアシスタント・アドバイザーが紹介する
(3)熟練アドバイザーが手マッチングして、直接、求職者に紹介する。

一番応募率が高かったのはやはり、(3)の熟練アドバイザーの手マッチングだった。ただ(2)の自動マッチングを未熟練アシスタントが紹介した場合でも、応募率はそこそこ高く、(3)比6割程度の数値を示している。一方、(2)と全く同じものを機械送付した(1)は、(2)比100分の1程度しか応募を得られなかった。

そう、同じ内容でも機械が直接伝えると業務成果は格段に落ちる。そこへ間に人を介すだけでも成果は飛躍的に伸びる。それが端的にわかる事例だろう。要は、「伝える中身」ではなく、「何で伝えるか」なのだ。

そのため、AIと話していると相手が気づかないくらい高度なレベルに自動音声の技術が進まない限り、こうした面での「肉声需要」にもとづいた人の介在は、当分の間続くだろう。

個人営業は減少しても、営業職種全体の雇用は減少しない理由

営業に付随する一見無用な行為にも意味があると理解できたところで、営業職の雇用がAIによってどう変化するかを検証しよう。

・高額かつ専門的な知識が必要な営業領域
・個人向けの廉価で定型的な営業領域

営業領域を2つに分けたとき、前者は儀礼的行為が必要な領域である。一方後者は、すでにどんどん自動化が進んでいる。例として、「旅行代理店や保険会社」が挙げられる。これらの分野は、ネット取引による効率化によって大幅に営業が省略化されてきた。もっとも、電話で応対するオペレーターの需要は残るだろう。ここまでの話を整理すると、営業職の未来は以下のように考えられる。

◎廉価な定型サービスについては自動化が進み、人手は少数の電話オペレーターに集約されていく。
◎高額かつ専門性の高い領域は、将来的にも人手を介した営業が残る。
◎結果、個人向け営業職で残るのは、一部の富裕層向けの仕事か、もしくは、キャッチセールス的な属人ノウハウが強烈に必要な仕事となり、あとは衰退していく。

とすると、多くの個人向け営業職の雇用が消失するため、営業職全体の雇用も今後減っていくように思える。しかし、すでに個人向け営業職の多くがネット取引で省力化されてきたにもかかわらず、この20年間、営業職従事者は減るどころかむしろ増えている。この間に生産年齢人口は約1,000万人、総人口も100万人減っているにもかかわらず、だ。

日本社会は、どこかで営業職の余剰が生まれれば、それをさらに営業職が必要な領域で吸収してしまうのだろう。このメカニズムは、日本型と欧米型の営業を比較することで見えてくる。

たとえば、日本のメーカーの場合、個々の営業員が担当する小売店に対して、売上アップのために即興提案を行う。だから中堅社員ともなれば、けっこうな営業スキルが求められる。対する大手外資系メーカーの営業はというと、中央コントロールによる画一的な提案書を営業員に配布する。非常に良くできているが、それを配るのは非熟練の若手営業だ。そして、提案したキャンペーンなどへの詳細問い合わせはコールセンターが受ける。

欧米型の「下は考えず、上が作ったルーティンを黙々とこなす」方式だと自動化は早い。一方で、日本型だと、熟練が必要でなかなか自動化や非正規化がままならない。だから、営業領域の雇用が一向に減らないのだろう。

しかも、日本型の「末端営業員まで頭を使って工夫をする」型の営業は、顧客の売上を増やすことよりも、「頑張ってくれてるね」という顧客の信頼獲得が主目的となっていることが多く、そうすれば数字が伸びなくとも、顧客は「仕方がないね、ありがとう」と言ってくれる。つまり、「汗かきのための汗かき」が日本ではまだまだ通用してしまう。いくらグローバル化が叫ばれようが、日本国内に特化したドメスティックな営業では、こんな商習慣が支配的となる。だから一向に生産性は上がらず、その裏返しで雇用も減少しないと予測できよう。

営業職は二極化し、「すき間労働」化が進む!?

ただ、営業職全体の雇用は減らないとはいえ、法人向けの営業領域で職務が二極化していくのではないだろうか。一方は、儀礼的な営業作法を、「時間と空間をつかむ」ための手段として使いこなすデキる営業。もう一方は、汗かきを見せればそれで許してくれるという、儀礼的な営業(とそれを求める顧客)。この2層に分かれて、後者もすたれることなく生き残るのではないか。

AIが進化すれば、ビッグデータを自由自在に操って、効果的かつ顧客の度肝を抜くような提案もできる。それが、デキる営業の近未来の姿だ。ただ、こうしたハイレベルな営業には、ライバル企業もハイレベルな営業を充てるため、どちらも一歩も退けない状態が続き、業務の効率化など図れないだろう。いわば「刀がレーザーソードに変わっただけで、チャンバラを続けている」ような状態だ。

一方で、そこまでの技量を持たない多くの営業職は、従来通り、顧客が多々要望を出し、それを社に持ち帰ってAIに入力し、生み出されたご託宣をありがたく顧客に持っていく。それを、メールや電話ではなく、対面で「人が話す」という行為で営業が成り立つ。顧客としては、あれこれ注文をつけ、そのすべてに忠実に応えることで信頼感が醸成される、というメカニズムだ。

肝心な部分はAIが考え、顧客へ伝える部分だけを人が担う……。これは、AIの力が及ばない作業だけを人間が担う「すき間」労働に他ならない。結果、「AIによって営業職の雇用が奪われる」といった時代が来る前に、多くの営業職の「すき間労働」化が進むのだろう。

海老原嗣生(えびはら・つぐお)雇用ジャーナリスト
雇用ジャーナリスト、ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア社フェロー(特別研究員)。
1964年、東京生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(リクルートエージェント→リクルートキャリアに社名変更)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計などに携わる。その後、リクルートワークス研究所にて人材マネジメント雑誌『Works』編集長に。2008年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』の主人公、海老沢康生のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)、『仕事をしたつもり』(星海社新書)、『経済ってこうなってるんだ教室』(プレジデント社)などがある。(『The 21 online』2018年05月25日 公開)

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